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ベータだった俺が後天性オメガになったら、幼馴染アルファがもっと過保護になりました  作者: 一ノ瀬麻紀


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21/45

21 浅はかベータ

 胸ぐらを掴まれた手を振り払い、目の前の男を睨みつけた。


「なんのことだ!」


 男が突然胸元を掴んで声を荒らげたから、さすがに周りはざわざわとし始めた。けど俺は、そんな戸惑いの混ざったざわめきなど関係なく、目の前にいる男を睨みつけたままだ。


「覚えてるわけないか。お前はあの時、すぐ気を失っちまったもんな」

「……!?」


 あの時……気を失った……?

 俺の胸は急にざわめき出した。鼓動もどんどん早くなる。


「せっかくのチャンスだったのに、あいつがすぐ来るしさー。オメガに誘われたって言ってんのに、だーれも信じなくてよー。挙げ句の果てに、即退学だぜ?」


 何を言ってるんだ、この男は。意味がわからない。

 俺の中の記憶と、こいつの言っていることが、つながりそうでつながらない。


「何がオメガだ、ふざけんなよ。お前のせいで、俺の人生全部めちゃくちゃになったんだよ!」

「どういう、ことだ……?」


 俺のせいで、人生めちゃくちゃ……?


 俺はその答えを知りたくて、無意識にそいつに手を伸ばそうとしたけど、俺の背中ですすり泣く声に気づいた。


(しゅう)!」

圭太(けいた)……くん」


 ひっくひっくとしゃくりあげる声と、弱々しい柊の言葉に気づいて、俺は振り返って思い切り抱きしめた。


「ごめん、柊。大丈夫だ」

「でも、圭太くんが……」

「俺は大丈夫。……柊は見なくていいし聞かなくていい」


 抱きしめた柊は、小さく震えていた。俺が守るって決めたのに、何やってんだ!


「はっ。こんな時もお涙頂戴ってか?」

「柊、動けるか? 雨降ってるけど、外の空気を吸いに行こう」

「また無視かよ。なぁ、ちょうどいいや。あの時の詫びでさ、ちょっと付き合えよ」

「もうすぐ泰雅(たいが)も来るし、龍星(りゅうせい)も来る」

「へー、やっぱりあいつがお前のアルファか。……俺はあいつにも恨みがあるんだ。あとで礼を言わせてもらうかな」


 俺たちがこんなに無視を続けても、懲りずにこいつは話し続ける。相手をしないまま、少しずつ場所を移動してこの場を離れたい。

 こいつが言っていることの真相は知りたいけど、今はそれどころじゃないんだ。柊の安全を確保しないと。


「その前に……」


 男がそう言って舌なめずりをしながら、一歩近づこうとした瞬間、周りの空気が一気に張り詰めた。


辻本(つじもと)!」


 それと同時に聞こえてきたのは、低く怒りに満ちた泰雅の声だった。


「泰雅、待て! 柊が怖がる! 落ち着け、俺たちは無事だ」


 泰雅の(つがい)の俺でさえビビってしまうような圧を感じ、俺は慌てて泰雅に声をかけた。

 ここは駅構内で、他のオメガだっているはずだ。こんな威圧をフェロモン出されたら、みんな倒れてしまうかもしれない。


「怖がる? ああ、アルファの威圧フェロモンか? ……でも残念だったな。俺はベータだから、これっぽっちも効かねーんだよ」


 辻本は、声をあげておかしそうに笑った。

 俺の記憶と違いすぎて半信半疑だったけど、確かに泰雅も『辻本』と呼んだ。そうか、あんなに大人しく穏やかだった辻本が、こんなに人を小馬鹿にしたような人間になってしまったのか。


「あんただって俺のことを殴ったのに、俺だけ人生ぐちゃぐちゃにされたんだ。天下のアルファ様は何をしても許されるとか、不公平すぎて笑えてくるわ」


 俺が意識を失っている間に、泰雅と何かあったんだろうな。……けど、辻本のこの話しぶりだと、どう考えても逆恨みだろう。


「さっきから、アルファだからとかオメガだからとか、何ごちゃごちゃ言ってんだよ! 俺らはなぁ――」

「圭太」


 俺が前に出て反論しようとしたら、泰雅が手で静かに制した。

 そして、俺たちを守るように一歩前に出ると、辻本を睨みつけた。


「今すぐ消えないと、警察を呼ぶ」


 泰雅は、低く唸るように辻本に向かって言った。


「……ふん、やっぱりアルファがいないと何もできねーんだな。圭太、またな。お前の『幸せなオメガごっこ』がいつまで続くか楽しみにしてるぜ」


 小馬鹿にしたような捨て台詞を吐くと、辻本は雨の雑踏の中へ消えていった。


「大丈夫か、圭太。……柊くん」

「ああ、ありがとな」

「っ、だいじょ……ぶです」


 辻本が見えなくなったのを確認したら、急に体の力が抜けてしまった。柊を抱きしめたまま、へたへたと壁に寄りかかった。


「まだあんな偏見持っている奴がいるんだな……」

「……仕方がないよ。……オメガ、だから……」


 鼻をすすりながらそう答える柊は、今までどんな人生を送ってきたのだろう。

 俺がベータとして自由にのびのび暮らしていた時、もうすでに柊は世間の偏見に晒されて生きてきたのかもしれない。


「大丈夫。これからはどんどん変わっていくさ」

「そうだと、いいな……」


 抱きしめていた柊を体から離すと、頭をそっと撫でた。


 それから龍星が来るまでは、そう時間はかからなかった。

 二人で気持ちを落ち着かせようと、他愛もない話をしていたら、柊の顔がパァっと明るくなった。……うん、龍星が来たみたいだ。


「遅くなっちまってごめん! ……柊? 何かあったのか?」


 急いだ様子で近づいてきた龍星は、柊の様子がいつもと違うのを素早く察知し、顔を顰めた。


「詳しくは後で話す。今は、柊くんのそばにいてやってくれ」


 こういう時は、過保護なアルファ同士のアンテナが働くのかもしれない。二人は無言で頷き合って、アイコンタクトをとっていた。


「圭太くん、今日はありがとう。またお出かけしようね」

「俺も楽しかった! また遊びに行こうぜ」


 柊は、龍星の腕に自分の腕を絡め、ピッタリと寄り添い、手を振りながら帰って行った。


「俺たちも帰ろうか」

「そうだな」


 今日は色々あった。楽しいことも不愉快なことも。

 話したいことも聞きたいこともたくさんあるけれど、とにかく今日はもう疲れた。ゆっくり休んで、また日を改めて、泰雅と話をしないとなって思った。

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