元カレ 1
お昼ご飯を買いにビルを出てオフィッス街を歩いていた。お昼ご飯を一緒に食べる予定だった同僚の久美子は先週提出した資料の変更を少し前に頼まれてしまったためお昼の休憩時間中も働かないといけなくなったからだ。『先週提出しておいたのに。今頃になって午後一番の会議で必要になるからここ変えておいてとか言ってくるって信じられない。自分でやれよって突き返してやろうかと思った。』怒りがさく裂していた久美子をなだめて会社を後にした。彼女の分も何か買って持って帰ってあげようと少し先にある安くておいしいお弁当屋さんへと足を延ばしていた。5月ももうすぐ終わりを迎える。梅雨が始まる少し前の気持よく晴れた日を太陽の日を浴びて気分良く歩いていた。
『本当にごめんね。焼肉弁当があったら買ってきて欲しい!売り切れてたら唐揚げ弁当で。本当にありがとう!!お昼ご飯、ごめんね。パスタのレストランは明日絶対に行こう!!』
仕事の都合なので仕方ない。だから、そんなに謝らなくてもって、思い出しながら笑ってしまった。今日行く予定だったレストランは少し前から楽しみにしていたところだったので悔しがる久美子を見ていてかわいらしいと思った。
「有紀?」
突然名前を呼ばれてびっくりして足を止めて周りを見回したら、懐かしい顔が懐かしそうな顔をして私を見ていた。
「洋二・・・・だよね。久しぶり。」
今までの楽しかった気分が霧散する。
「3年ぶり位だよな。」
「びっくりした。」
少しこわばりかける顔に必死に笑顔を浮かべて言う。
「俺も。有紀、このあたりに就職したんだ?」
「あ、うん。少し先のビル。洋二も?」
「俺は外回り。就職先はここから30分くらいのとこ。このあたりに来たのは2回目くらいかな。ほんとに偶然だ。びっくりしたよ。有紀変わってないね。相変わらずかわいい。でも、なんかちょっときりっとした感じになった。」
にっこりと笑って近づいてくる洋二にどくん、と心臓が跳ねる。そう、洋二はこんなだった。とても自然に相手との距離を縮める。
「洋二も、変わってないって言いたいけど、なんか、大人になった感じだね。ごめん、お昼買って職場に戻らないといけないから、またね。」
「あ、ああ。またな。」
ふたりとも、”また”なんてないとわかっている。そんな、”また”。有紀は足早に弁当屋へと足を向ける。
大学生の時に一年半ほど付き合った相手。一緒にいる時はとても大切にしてもらった、と感じていた。いつでも優しい、思いやりのある彼氏だった。
その場をすぐに離れたくて、洋二との距離をできるだけ早く広げたくて、必要以上に足が速く動く。それが功を奏したのか、一番人気の焼肉弁当はまだ売り切れていなかった。二人前の焼肉弁当を持って急いで職場へと引き返す。いらいらしながらバシバシとキーボードをたたいているであろう久美子の姿が目に浮かぶ。
来た道を戻っているとさっき別れたはずの洋二が同じ場所に立っていた。遠くからこちらを見ていたようで、今さら手前の角で曲がるなどというあからさまに避けるような真似はできない。片手をあげて私に向かって振っている。昔デートの待ち合わせをしていた時のように。
「どうしたの?」
「なんか、懐かしくて。電話番号も変わっちゃってるみたいだから連絡も取れなくなってたし。俺の番号は昔のままだけど。良かったら、連絡先の交換ができないかなって。」
今さら。という言葉が真っ先に浮かぶ。
「別にいらないでしょ?懐かしかったってそれでいいじゃない。」
そのまま歩き出す私に洋二は横に並んでついてくる。
「外回りなんでしょ。仕事はいいの?」
少しばかりイラっとした私は少しばかり強い言い方になる。
「今、昼休みだし。俺も昼休みだから、どこかでご飯を食べようかと思ってたら有紀に会って。」
「そこにあるパン屋さん、美味しいよ。あそこのソーセージパン人気だよ。」
にっこりと笑って通り過ぎたパン屋さんの方向を指す。
「あ、うん。」
「じゃあ、またね。」
出来るだけ、角が立たないように自分を落ち着けて柔らかくなるように言葉にする。歩き始めようとした私の腕を洋二が掴む。
「ごめん。でも、聞きたい。なんで俺と別れたの?」
めまいがしそうになった。何を今さら。
「別れる時に言ったよね。」
「言われたのは僕が君のことを好きだとは思えない。付き合ってるのに寂しいから、だと。」
「ちゃんと覚えてたんだ。で、別れて一週間くらいで誰だったっけ、吉田さん、と付き合い始めたでしょ。彼女に言われたの、別れてくれてありがとうって。ずっとあなたのことが好きだったからって。」
「あれは、そういうのじゃなかったんだ。」
「でも、彼女と付き合ったんでしょ。」
「それはそうだけど。君と別れて傷ついてたんだ。傷を癒すのは新しい恋愛って言われて。」
「だから、付き合ったんでしょ?」
「ひと月もしないうちに別れたんだよ。あの子、わがままだったし。」
なぜ、こんなところで立ち止まって昔の話を聞かないといけないのか。それに、会社の人も通りかかるかもしれない。
「それは大変だったのね。昼休みが終わる前に帰らないと。友達のお弁当も買ってるから、その子が待ってるし。」
「連絡先を教えてくれないか。」
「悪いけど、断るわ。」
「じゃあ、一度だけ、どこかで話を聞いてくれないか。というより、聞きたいことがあるから。これが僕の番号だから。必要があれば連絡して。」
このままでは洋二はあきらめないだろう、一度だけ、と約束をして今日仕事が終わってから2駅先にあるおいしいケーキのある喫茶店で待ち合わせることにした。友達も一緒に同席してもらう事を条件として。
第三者がいない状況では絶対に会うつもりがないことを明確にしたため、洋二は渋々ではあったけれど同意した。
手元には押し付けられた洋二の番号がある。この先電話をかけることなどないだろう。捨てようかとも思ったけれど、万が一今日都合がつかなかった場合には連絡を取らなければいけなくなる可能性もあると思い財布に入れて置くことにした。今夜会ってから捨てればいいと。
急いで会社に戻り、お茶を二人分入れて仕上げをしている久美子の横で焼肉弁当を食べ始めた。
「書類、間に合いそう?手伝おうか?」
「大丈夫だよ。お弁当買ってきてくれてありがとう。終わらせたら食べるから。楽しみ!!お弁当代これが終わったら払うから。ちょっとだけ待ってね。」
久美子にそう言われて、お願い事をすることにした。
「久美子、今日夜何か予定ある?」
「帰って寝るだけだよ。」
パタパタとキーボードを叩きながら画面から目をそらすことなく久美子が返事をする。
「今日のお弁当、ごちそうするから仕事が終わった後少し付き合って欲しい所があるんだけど。」
簡単に状況を説明して付き添いをお願いしたら、動かしていた手が自然に止まってしまったようで目をキラキラさせて頷いてくれた。
「なんか面白そうじゃない。こっちがお昼代を出して見学に連れてって、って頼みたくなるくらいのだよ。じゃあ、見学料ってことでコーヒー代は私が持つよ。ケーキもつけちゃう。」
気が重かったのが嘘のように心が軽くなる。ただ面白がっているわけではないとは思うけれど、久美子が一緒に来てくれる、一人で行かないで済むだけというだけでもありがたい。
「働く元気をもらった。就業がすごく楽しみになったわ。昼休みを返上して働かされたことも忘れるくらい、とはいかないけど。」
思わず笑ってしまった。
いったい、今さら。
本当に、今さら。
今さら、という言葉しか浮かばない。




