プロローグ
人は生まれる瞬間にすべてを決められる。
どんな人生を歩むか、どこまで届くか、誰の記憶に残るか。その答えはただひとつ――「能力」だった。
炎を生み出す者は戦場へ。未来を読む者は王の側へ。
傷を癒す者は神に近い存在として崇められる。力は価値になり、価値は人生になった。
だから、赤子に向けられる最初の言葉は決まっている。
「この子の能力は何だ?」
祝福であり審判でもあるその問いに、部屋の空気が凍りついた。
「……転生、だと?」
抱き上げる母の腕が強くなり、父は言葉を飲み込んだ。
まだ赤子だった俺の能力は『死んだら記憶を保持したままレベル1で転生する』、それだけだった。
誰かの乾いた笑いの後、部屋には俺の泣き声だけがやけに響いていた。
◇
戦えない、守れない、何も変えられない。ただもう一度生きられるだけ。
その能力に価値を見出せないまま、俺は朝から晩まで畑を耕した。
能力者なら一瞬で終わる仕事で誰も憧れない仕事だった。
一度だけ崖の上に立ち「死ねばもっと良い能力で生まれ直せるか」とも思ったが、死ぬのが怖くて足は動かなかった。
英雄になるわけでもなく、ただ飯を食い、季節を眺め、気づけば老人になって死んだ。
◇
次に目を開けたとき、そこは能力のない世界だった。
生まれで人生が決まらず、努力で未来を変えられる世界。
俺はその世界で、普通の人間として生きた。
中堅芸能事務所『スターリーフプロダクション』のタレントマネジメント部。
怖くて不器用で、でも絶対に責任を取ってくれる頼もしい上司・神谷由紀。
俺は何百回も怒られながら仕事を覚えた。
苦手意識はあったが、理不尽でもなく成長もを喜んでもくれていた。
だから嫌いにはなれなかった。
俺が担当したのはアイドルグループが1組と1人の俳優。
5人組アイドル『Lumiere』で新人から関わってきてやっと軌道に乗ってきた。
よく世話をしていたのはセンター・桜庭ミユ。
「ラーメン食べたい」「ライブ前だぞ」「大丈夫です、なんとかなります!」
いい加減に思えるやつだったが仕事で失敗している姿は一度も見たことはない。
ただ1回、「アイドル、〇〇系ラーメンを一人で並ぶ」といった週刊誌に載せられたときはみんなでなんて声かけていいか分からなかったが本人は顔を真っ赤にして「すいません」と声にならない声を挙げていたのを覚えている。
二人目は、顔もアクションも一流だが、セリフが出た瞬間にすべてを台無しにする俳優・黒崎連。
「お、おまえを……たお……す」
棒読みの彼を見つめながら、監督も俺も連も、現場全員で天井を仰いだ。
今は売れていないのは分かる。ただ光るものはあったし努力家なのを知っていた。
絶対売れると信じて必死に伴走したものだった。
前世で何もできなかったから、今度こそ誰かの力になりたかった。
ミユが笑えるように、連が前に進めるように。
あるライブ後、珍しく「私、向いてないのかな」と落ち込むミユに、俺は「大丈夫だろ」と返した。
「適当ですね」「まあ、そうかもな」
ミユは吹き出し、「でも相沢さんが言うなら信じます」と立ち上がった。
その背中を見ながら、前の人生よりずっとマシだな、と誇らしく思っていた。
◇
――その帰り道だった。
強い衝撃。揺れる視界。流れる血の暖かさと、すぐに訪れる寒さ。
ミユはもっと売れるだろう。連もいつか売れるかもしれない。
神谷さんには、結局一度も感謝を言えなかった。
少しだけ心残りはあったが、畑しかなかった人生より、ずっとたくさんの人に出会えた。
それだけでも悪くなかった。
(……まあ、いいか)
意識が沈む。ああ、また、死んだ。
◇
を開ける。
苦しい。狭い。押し潰される。
体が動かない。手はどこだ。足は――ない。
(……は?)




