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Aging in place  作者: 九条アベル


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いつか



 ない。

 懐中時計がない!


 いつもポケットに入れてたはずなのに!

 着替えるたびに手に取って、金色の丸い、チェーンのついた、綺麗な懐中時計、持ち歩いてたはずなのに。

 

 どこだ。

 どこにおき忘れた?


 カバンには入れない。

 机の上?

 ベッド?

 ない。

 ない。

 ない!

 どこだよ!


 あれがないと


 あれがないと……


 なんだ?

 何んだっけ!?


 ないといけないものなんだよ!

 なのになんであれがないといけないんだ!?


 あれがないと


 あれがないと……



 違う。

 俺は懐中時計を探してたんじゃない。

 もういいんだ。

 終わったんだよ。

 もう終わったんだ……


 でも……あれは今どこにあるんだろう……。


「思水」


 パパンに呼ばれ、後ろから抱きつかれた。

 包み込むような、優しくて大きいパパン。


 俺は顔を上げて目の前の惨状が目に入った。


 パパンとママンの寝室。

 机と大きなベッド、本棚がある部屋。

 机の上の花瓶は床に倒れて、割れて、絨毯が濡れている。花だけは綺麗に横たわっている。

 本棚に綺麗に並べられてた本は床に散乱されて、破れてるページも見える。

 ベッドの枕はビリビリに破かれてて、見た瞬間わかった。


 俺がやったんだ。


 血の気が引いた。

 

 何となくわかる。


 この手がそうしたんだ。

 この頭がそうさせたんだ。

 俺の心がそうしたんだ。


「ごめ……っ」


 俺がそう言い切る前に、パパンは俺の手を取って見た。


「大丈夫!?痛いところない?足の裏切ってない?」


 俺はパパンに何も言えず、でもパパンは俺の顔を見て安心したように笑った。


「大丈夫だよ。掃除が終わるまでリビングにいようね」


 パパンは俺の背中を押して部屋の外へと誘導した。

 俺は逆らうことなくパパンと一緒に部屋の外に出たけど、廊下から見る部屋の中はあんまりだった。


 二人が大切にしてたものを壊した。


 海外旅行で買ったと聞いたガラスの文鎮、ママンが明日着ると言ってた綺麗なワンピース、傷一つ無かった壁、ずっと指輪家にあるという大きな壁がけ時計、何もかも、俺が壊してしまった。


 涙が出た。


 何してんだろう。


 何がしたかったんだ。


 こんなことして何になる?


 こんなことするためにここにいるんじゃない。

 ずっと気にかけてくれた二人に何でこんなことしてしまうんだ。

 

「思水、大丈夫だよ?今日はゲストルームで寝ようね」


 パパンは頭を撫でてくれたし、いつもの優しいパパンだった。

 それがめちゃくちゃ、苦しい。

 俺、どうしてこんなのなんだろう。


「いつか本当の俺に戻るから」


 俺はそう言ってパパンを突き放した。


 パパンが何か言ってたの、全部無視して駆け出した。

 走って止まれなかった。

 止まってしまったら何もかもが終わる。

 

 気づいたら家を飛び出してた。

 



 自分が何をしているのかわからない。


 気づいた時には知らないところにいる。


 起きたら知らないところで立っている。


 目を閉じると不安がなくなる。


 気がついた時にはいろんなことが終わってる。


 何も考えずにいると時間が溶けていく。


 どうして気づかなかったんだろう。


 俺はパパンやママンの大事なものを壊してしまう。

 一緒にいたらダメだ。


 それから雨が降っているのに気づいた。

 地面が濡れてて、俺も濡れてて、もうずっと雨に打たれてたはずなのに、気づかなかった。


 外は夜で暗くて、地面は靴を履いていないからか痛いくらい冷たい。

 その冷たさが頭の先まで伝わってくる。

 服が雨で体にへばりつく。


 閑静な住宅街は、雨の音に包まれてた。

 雨量がすごくて、シャワーのように振り続ける。


 気持ちがいい。


 あんなことしたのに。


 酷いことしたのに。


 絶対パパンとママンを困らせたのに、足取りが軽い。


 どこまでも行ける。


 しばらく歩くと、橋の下の川が増水して、勢いよく流れているのが見えた。

 上流の方に歩いた。


 誰もいない。


 遠くで救急車の音が聞こえる。

 どんどん遠ざかっていくのがわかる。

 

 病院に着いたらきっともう何も心配いらない。


 そこには師匠がいる。

 俺の膝の上で眠って、たまにため息みたいに「フー」って鳴いて、俺が撫でたら、余計なことすんなって目で見てくる。

 

 師匠はツンデレだ。

 かまったらツンとして、ほっとくとスリスリ頬擦りしてくる。


 俺、師匠とずっと一緒にいたかった。

 みんなが寝てる夜中でも、師匠は俺が起きてたら一緒に起きてくれた。


 師匠の寝息を聞いてたら、俺も眠れた。


 よくどうしたら眠れるのか考えてた。

 目を瞑っても、日中たくさん動いても頭を動かしても眠れない時は眠れない。


 でも師匠がそこにいてくれるだけで、夜が終わる。


 師匠


 今何してるかな。











「思水」


 にーやんの声で起きた。


 夜じゃない。

 青い晴天の空。


 俺は公園の砂場に潜って寝てた。

 にーやんは、俺を起こして着ていたコートを俺にかけた。

 そして抱きしめられた。


「心配した!!!!!」


 めちゃめちゃでかい声でそう言われた。


 何だっけ。


 どうしてここで寝てたんだっけ?

 なんかの罰ゲーム?


「父さんに迎えに来てもらおう。電話するから動くなよ……?」


 こんな逃す気なさそうな腕を振り払えるものだろうか。

 

 でも何だろう。

 心がそわそわして落ち着かない。

 動きたくて、逃げたいような。どこかに行かないと……。


 だめだ。

 俺はパパンと会えないよ。

 だってなんか……苦しいから。


「俺……」


 そう言いかけると、にーやんは電話しながらこちらを向いた。


「もういかないと」


 俺がそう言うと、にーやんは俺を掴む力が強くなった。

 にーやんは電話口のパパンより、俺のほうに向かって話した。


「どこか行きたいのか?」


 電話の向こうで、パパンが心配そうに、焦った感じで話してる声が聞こえてたのに、俺はパパンの顔を想像したくなかった。


「帰らないと……」

「お前の家はお前が燃やしたじゃん!無いよ……」

「でも……いかないと……」

「ずっとうちにいればいいだろ。永遠も堆紀もいて、退屈しないだろ?」

「そこには未来がない」

「悪かったな!うちにあるのは端金くらいだよ!」

「あっちかも」

「行くのはいいけど、一旦家帰るぞ。靴履いて、着替えて、それからだ!」

「何もないんだよ……」

「お前はっさきか何の話をしてるんだよ!!」

「いかないと……」


 行かないと。


 あっちだ。


 もっと奥。


 もっと向こう。


 歩きたいのに、足に力が入らない。

 立ち上がりたいけど、にーやんが俺を抱きしめて離さない。


「おんぶ」


 俺がそう言うとにーやんは、「永遠が乗り移った!?」と、驚きながらも背負ってくれた。

 さっきまでぐっすり眠っていた気がするのに、体が重い。

 全身が痛くて、にーやんが歩く振動だけで気絶しそう。

 いや、ぐっすり眠れそう。

 にーやんの背中あったかい。

 もう目覚めなくていいかも。


 にーやんは俺が行きたい方へ歩いてくれる。

 道なんかなくて、俺らの腰くらいある草木を踏み倒しながら歩いていく。

 怪獣からしたら、人間もビルもこんな感じなのかな。

 歩くのに邪魔だから踏み倒して、逃げ惑う人間なんて虫同然。

 そこで暮らすものからしたら、何でって思うかもしれないけど、怪獣にだって行きたいところがあるんだ。


「だーーーーーーーー!!!蜘蛛の巣ヤバい!!」


 にーやんは別に虫嫌いってこともないけど、この森の異常な蜘蛛の巣の多さで、顔に蜘蛛の巣が引っかかるたび俺をおろし、服で拭っていた。

 もう何度目だろう。


「なんでこんなにあるかな!?思水、お前平気か?」

「怪獣はそんなこと気にしないよ」

「光の加減で見えなくて避けそびれたやつが顔につくたび不快だわ」

「まだ?もっと向こうがいい」


 俺がそう言うと、にーやんは落ちてる長い木の棒を拾って俺に持たせた。


「それを俺の前で振ってろ!!」


 ちょっと怒ってるっぽい。

 俺が急かしたからだけど、蜘蛛の巣で人格変わっちゃったかも。


 蜘蛛以外にも見たことのない知らない虫やキノコや花がそこら辺にたくさんある。

 人の手が入ってない自然そのものだ。


 俺はずっと後ろを振り向けないでいた。

 後ろにはきっと光がない。

 太陽も、草も木も、花も何も、何もない。

 だから胸がザワザワして落ち着かない。


 こんな時は永遠がそばにいてくれたらなんかいいんだけど。


 腕が重くて振るのも一苦労だけど、運賃だと思ってにーやんの前で棒を振り続ける。


 にーやんは元運動部ってのもあるけど、ペースを落とさずにズンズン奥に進んでいく。

 にーやん車みたいだ。


「ありがと」


 俺がそう言うと、にーやんは笑った。


「満足したらちゃんと帰るからな」

「うん」

「この先に何があるんだ?」

「秘密」




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