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片翼の悪魔  作者: 紀國真哉
第一章 シェルターの天使たち
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第1話 天使が空から降ってくる ②

「誰かやられた!」

「デビルはまだ来ないの? 誰か連絡した?」


 怒号が飛び交う中、さっきまで外にいた少女たちは、部屋の隅に固まって「スミレちゃん、スミレちゃん……」と震えながら泣いていた。

 建物の中からは、外の様子を心配そうに見つめる人々が強化ガラスに張り付いていた。焼けただれた男を見て悲鳴をあげる人たち。その中で、まだ少年といえるほど若いエイジは、B.A.T.に出動要請するため、軍本部に通信していた。エイジの父もまた、スミレ救出のために出ていったのだ。


「なんであいつらがここに近づけるんだ? どんどん数が増えてきてんだよ! ここはアウターウェブで守られてるんじゃねえのか? 子どもがひとり、コロニーの庭で動けねえんだ! 大人たちが助けに出たけど、勝てるわけなんかない。このままじゃ外にいる奴らは全滅だ。子どもは絶対に死なせちゃならねえんだろ? 頼むから早く来てくれ!」


 エイジが通信ボタンから手を離す直前、エンジェルがやってきた同じ空に、七つの黒い点がコロニーを目指して急降下してくるのが見えた。


「くっそ! まだ増えんのかよ! これじゃ奴らが中に押し入るのも時間の問題だ。俺が行ってくる。父さんを助けてくるからな」

「お兄ちゃん、パパ大丈夫?」

「お兄ちゃん、パパを助けて」

「おにいちゃんもきをつけてね」


 泣きそうな顔で、弟妹は口々に言う。


「大丈夫だよ。心配しないで待ってろ」


 三人の頭を順に撫で、エイジはやさしい笑顔を見せる。そして壁から火炎放射器を取り外すと、ストラップを肩から斜めにかけて開錠のスイッチを押す。不安そうな顔で庭での惨劇を見守っていた人々は、エンジェルに侵入されたらどうするつもりだ、とエイジが扉を開けるのを阻もうとした。


「このままじゃみんなやられちまうって! 子どもだけでも助けなきゃならねえだろ! あんたらそれでも大人かよ!」


 自分の身の安全しか考えられない大人たちには、いつもながら反吐が出そうだと、エイジは苦々しい顔で睨み返す。だが、庭に降り立ったエンジェルを見てヒステリックに叫ぶ女もいた。


「ちょっと待ってよ! 扉を開けてエンジェルが入ってきたらどうすんの! あんた責任取れるの?」


 庭にいる人たちは今にも殺されるかも知れないというのに、こんな身勝手な人間がいるからエンジェルが発生したのではないかと、エイジは女を睨み返した。


「そうだ、俺たちは一般人なんだぞ。戦うよりじっとしているべきだ」

「だからってただ待ってるなんて出来ねえよ! 俺たちの父さんも外にいるんだ。助けに行くに決まってんだろ! 揃いも揃って腰抜け野郎が……。それから、小さい子たちに外の様子を見せないようにしてくれ。リビングに集合させて、まともな大人がついててやってくれ」


 エイジは手のひらを叩きつけるようにして開錠スイッチを押した。三重の扉が一枚ずつ開くのももどかしいというように、瞳をギラギラさせて庭へ飛び出す。そして、少女たちを助けようと外に出た男たちに目を遣り、自身が「父さん」と呼んでいる父親代わりの男を見つけると、彼を助けるために猛然とダッシュした。彼は、もともと左脚を引きずっているのだ。そんな身体で助けに向かっても足手まといになるだけだと、誰もが思うかもしれない。だがきっと彼は、エイジの弟妹たちにスミレの顔が重なったのだ。そして、自分を囮にしてでもスミレが助かればいいと、そう思ったに違いないのだ。


「父さん! いま行くから動かないで」

「エイジ! 来なくていい。子どもたちと一緒にいてやってくれ」


 だが、降下中の、新たな脅威となる黒い点が地上に近づいて来ると、エンジェルたちの動きがいっそう騒がしくなった。七つの点は白いエンジェルではなく、B.A.T.の隊員だったのだ。エイジは火炎放射器のトリガーから指を離し、B.A.T.を目指して次々と庭から飛び上がるエンジェルたちを見つめた。


 庭から上昇したエンジェルは、バラバラになりながら降下するB.A.T.めがけて襲いかかった。十体ほどのエンジェルに囲まれた隊長のブリクサは、火炎放射器でそれらを焼いて言う。


「俺はコロニーの周囲に奴らが散らばっていないか確認してくる。お前らは庭とそこいらにいるクソどもを処理してくれ。それからドローンが全体の数を計ったら報告しろ。あとは……まあいい、いつも通りにいけ」

「イエッサー!」


 空中戦を繰り広げる際の乗り物であり、武器置き場も兼ねている「ボード」に立つ隊員は、全員が同じ型番を支給されている火炎放射器とは別の、それぞれ自分専用の武器を取り出す。声を張り上げて気分を高め、いつものようにここにいるエンジェルを残らず処理するまで戦うのだ。

 ブリクサ以外の六人は散り散りになって、まず救助対象の一般人がいるかどうか確認する。だが、そのうち副隊長のラウラだけは、ブリクサがあまり無茶をしないよう、いったん引き留めた。これ以上「悪魔」と呼ばれるような大殺戮をさせるのは、いくら相手がエンジェルでもマズいと、先日ゲンシュウに呼び出されてさんざん言われたのだ。その苦い記憶がよみがえり、ラウラは眉を下げて困ったような顔をする。


『ブリクサ、奴らの数はまだ把握出来ていないわ。ドローンの到着を待ってからでも遅くはないはずよ。一人でフラフラして、大量の敵と出くわしても対処できるの? 捕獲して本部に持ち帰ることも重要な任務の一つよ』


 まるで無鉄砲な弟の心配をする姉のような言葉が、イヤホンから聞こえた。


『あぁ、心配するな』

『わかったわ。何かあったらすぐに連絡してちょうだい』


 ブリクサへの言葉を切ると、ラウラは一度小さく息をつき、気持ちを切り替えるようにしてマイクに叫ぶ。


『さあ、みんな、いつものようにそれぞれやってちょうだい。私は先にあそこにいる人たちを中に誘導する』


 スミレを助けるため、庭に出ていた男たちを指してラウラが言う。一人は熱傷を負った男を介抱し、他の数人は空に向けて火炎放射器を構えていた。そしてそこから少し離れた位置には、他の男たちと同年代と思しき男が、一人の少年と向き合って何か話している。


『了解!』


 メンバーの力強い声が響く。専用のボードは、色・柄が個人の好みによって塗り分けられており、シアラのそれは「ガーリーな」ピンク地に白い小花模様が描かれていた。戦闘の場においてそのような道具を使えるのも、敵が人間ではないからだろう。迷彩色でカムフラージュする必要などないのだ。


「あんたたち! どうやってシェルターの中に入ったのよ!」


 シアラの声が聞こえ、エルははっとして敵を見た。

 そうだ、大きな町全体をすっぽりと覆う『アウターウェブ』で守られたシェルターに、このエンジェルたちは一体なぜ侵入出来たのだろう。どこかに欠陥が発生したのか、それともこいつらがアウターウェブに何かしたのか……。


 シロヒトリに似たエンジェルたちは、バラバラになった隊員一人一人を数匹から十数匹で囲むように飛び、時折り翅を立てては威嚇してくる。シアラはそんなの慣れっこだと言いたげに奴らを横目で見ると、研磨された鋼のような翅での攻撃を屈んで避けた。そしてボードに装備された専用の武器である、三日月形の巨大な鎌『ファルチェ』を構えると、それをヒュンヒュンと空を切るように振り回す。

華奢なシアラが持つには似つかわしくないが、彼女はそれを頭上で軽々と振っては、飛びかかってくるエンジェルの翅を容赦なく切り裂いた。



 庭に出ていた男たちを建物内に誘導するため、ラウラはボードから降りて彼らの元へと走った。しかし、数体のエンジェルに追尾され、全員を建物に入れることは困難だと判断すると、彼らを建物の外壁にぴったり沿って待つように指示する。そして熱傷を負った男だけは別にして、全員をシールドで覆った。いや、全員ではない。少年と会話中の二人は少し離れた場所にいたため、そちらに近い壁面に新たなシールドを張るつもりだった。


「ここで静かにしていてください。この中にいれば絶対に安全です。奴らが襲ってきても、このシールドは特殊な素材で出来ていますので、破られることはありません。エンジェルを片づけたらすぐに迎えに来ます」


 男たちは神妙な顔で頷くが、そのうちのひとりがパニック寸前の顔で言う。


「ここは本当に大丈夫なんだろうな? もし奴らが襲ってきたらどうすればいいんだ! あいつは瀕死の重傷を負ってるんだぞ」


 自分たちとは別のシールドで覆われた、顔に酷い熱傷を負った男を指差してまくし立てる男に、ラウラはゆっくりと含めるように言う。


「大丈夫です。奴らは絶対にこれを破ることは出来ません」


 どんなに怖くても不安でも、ここはラウラの言葉に従うしかない。それしか生き残る道はないのだと知り、男は不安な顔を向けながらも黙った。ラウラは壁沿いに固まって座る男たちをシールドでぴったりと覆う。重症を負わされた男を彼らの隣に一人だけで覆うと、隊員それぞれの戦闘をひとしきり見渡し、飛びかかってきたエンジェルを焼いてからボードを急発進させた。



 大きな翅を切り落とし、いくつもの白い胴体を地面に落としても、また別の個体がシアラを取り囲み、そしてファルチェに切り裂かれて破れてゆく。


「どんどんかかってきなさい! ラウラ副隊長の手を煩わせることなく、私が全部ぶっ殺してやるから!」


 高揚した顔をエンジェルたちに向け、ファルチェを振り回しながらシアラが叫ぶ。無残にも翅を根元から切り取られたエンジェルの胴体は、コロニーの庭にぼたっ、と重そうに落下すると、赤い脚をモゾモゾと蠢かせたまま仰向けで身悶える。頭をもたげては黒い大きな眼で空中にいる仲間を見上げ、グギュッと呻くように鳴いている。シアラはその胴体に灼熱の炎を浴びせ、ふたたびファルチェを振るって首を落としていった。処理したエンジェルたちを見下ろし、シアラは眉根を寄せて呟く。


「焼いただけで死ぬなら、なにも首を落とす必要はないよね。念には念をいれて、と思ってたけど、中身が出てお庭が汚れちゃう」


 敵の死骸を見てしみじみ言うと、シアラはふたたび上空へと飛び上がった。



 純白の専用ボードに乗ったエルは、飛び回るエンジェルに的確に炎を浴びせ、たちまち十数体を焼いていった。いつも冷静で状況判断力に優れたエルは、現B.A.T.の中でも五本の指に入ると囁かれている実力者だ。

 空中には残り約百体、庭は三十体というところか。こいつらが地上に降りようとする前に全滅させておいた方がいい。


 辺りを見渡して静かに頷くと、エルは火炎放射器を構える。デビルが持つ火炎放射器は、一般人に支給されているものと比べ、その威力は格段に上だ。一般人用のものは、女性や子どもでも扱えるよう小型軽量化されているので、噴射される炎は最長で約九メートルの距離までしか伸びないのに対し、デビルが持つそれは、約五十メートル先の対象をも瞬時に焼くことができる。

 一般用の燃料にはエタノールが使われ、タンクの容量は二リットルほどのため、炎の噴射時間は約三十秒と短い。言うまでもなく、それで複数体のエンジェルを倒せるはずはないのだ。あくまでもB.A.T.が到着するまでの一時しのぎ、あるいは気休めにしかならない。だが、ないよりはましだと、コロニーの男たちはそれを構えて庭に出た。


 エルはジェット機が飛べるのではないかと思えるほどの炎を放ち、近距離まで飛んできていたエンジェルを一度に二十体ほど焼き払った。だが、何度も襲来しているうちに敵の戦闘力も上がってきたのか、それまでのエンジェルより飛翔速度がはるかに速い個体も多く見受けられ、逃げ去る後ろ姿を何体か見た。


 奴らが学習してる? まさか……。

 次の瞬間、ふたたびエルの乗る白いボードめがけて十体以上のエンジェルが急襲してきた。円を描きながらエルを取り囲んだ敵は、ホバリングしながら翅を細かく震わせ、鱗粉をまき散らす。この鱗粉は、人体に有害な成分を含んでいるという報告もあり、吸い込んだり皮膚に付着したりすると危険であると、先日の集会で研究棟の化学者から聞いたばかりだった。


 エルはシールドのスイッチを押し、自身が乗るボードごと電磁波で包んで鱗粉攻撃から身を守った。だが、シールドを張ったままではエル自身も敵に攻撃を加えられない。火炎放射器の炎や火炎弾など、どんな武器でもシールドを通すことは出来ない。内側からの攻撃は通し、受けた攻撃は通さないという、一方通行のシールドは発明されないものか。


 もどかしい思いで敵と睨み合うエルは、シールドの上部だけを解除すると、ボードの上から大きく跳躍した。ぐるりとエルを取り囲んでいたエンジェルは、スピードを上げて突進してきた。奴らがあと数十センチの距離にまで接近したとき、エルはそこに火炎弾を出してさらに跳躍する。空中に置き去りにされた火炎弾だけが残る場所をめがけて飛んできた十体ほどのエンジェルは、まるで自爆するように空中で散った。


「飛んで火にいるなんとやら……だな」


 ボードに降りてその様子を見ていたエルは、そういえばエンジェルに外見がそっくりだと言われる「シロヒトリ」は、「白灯蛾」と書くのだと思い出しながら、次のターゲットへと狙いを定める。

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