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片翼の悪魔  作者: 紀國真哉
第一章 シェルターの天使たち
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第1話 天使が空から降ってくる ②

 庭から上昇したエンジェルは、バラバラになりながら降下するB.A.T.めがけて襲いかかった。十体ほどのエンジェルに囲まれた隊長のブリクサは、火炎放射器でそれらを焼いて言う。


「俺はコロニーの周囲に奴らが散らばっていないか確認してくる。お前らは庭とそこいらにいるクソどもを処理してくれ。それからドローンが全体の数を計ったら報告しろ。あとは……まあいい、いつも通りにいけ」

「イエッサー!」


 空中戦を繰り広げる際の乗り物であり、武器置き場も兼ねている「ボード」に立つ隊員は、全員が同じ型番を支給されている火炎放射器とは別の、それぞれ自分専用の武器を取り出す。声を張り上げて気分を高め、いつものようにここにいるエンジェルを残らず処理するまで戦うのだ。

 ブリクサ以外の六人は散り散りになって、まず救助対象の一般人がいるかどうか確認する。だが、そのうち副隊長のラウラだけは、ブリクサがあまり無茶をしないよう、いったん引き留めた。これ以上「悪魔」と呼ばれるような大殺戮をさせるのは、いくら相手がエンジェルでもマズいと、先日ゲンシュウに呼び出されてさんざん言われたのだ。その苦い記憶がよみがえり、ラウラは眉を下げて困ったような顔をする。


『ブリクサ、奴らの数はまだ把握できていないわ。ドローンの到着を待ってからでも遅くはないはずよ。一人でフラフラして、大量の敵と出くわしても対処できるの? 捕獲して本部に持ち帰ることも重要な任務の一つよ』


 まるで無鉄砲な弟の心配をする姉のような言葉が、イヤホンから聞こえた。


『──あぁ、心配するな』

『わかったわ。何かあったらすぐに連絡してちょうだい』


 ブリクサへの言葉を切ると、ラウラは一度小さく息をつき、気持ちを切り替えるようにしてマイクに叫ぶ。


「さあ、みんな、いつものようにそれぞれやってちょうだい。私は先にあそこにいる人たちを中に誘導する」


 スミレを助けるため、庭に出ていた男たちを指してラウラが言う。一人は熱傷を負った男を介抱し、他の数人は空に向けて火炎放射器を構えていた。そしてそこから少し離れた位置には、他の男たちと同年代と思しき男が、一人の少年と向き合って何か話している。


「了解!」 


 メンバーの力強い声が響く。専用のボードは、色・柄が個人の好みによって塗り分けられており、シアラのそれは「ガーリーな」ピンク地に白い小花模様が描かれていた。戦闘の場においてそのような道具を使えるのも、敵が人間ではないからだろう。迷彩色でカムフラージする必要などないのだ。


「あんたたち! どうやってシェルターの中に入ったのよ!」


 シアラの声が聞こえ、エルははっとして敵を見た。


──そうだ、大きな町全体をすっぽりと覆う『アウターウェブ』で守られたシェルターに、このエンジェルたちは一体なぜ侵入できたのだろう。どこかに欠陥が発生したのか、それともこいつらがアウターウェブに何かしたのか……。


 シロヒトリに似たエンジェルたちは、バラバラになった隊員一人一人を数匹から十数匹で囲むように飛び、時折り翅を立てては威嚇してくる。

 シアラはそんなの慣れっこだと言いたげに奴らを横目で見ると、研磨された鋼のような翅での攻撃を屈んで避けた。そしてボードに装備された専用の武器である、三日月形の巨大な鎌『ファルチェ』を構えると、それをヒュンヒュンと空を切るように振り回す。

 華奢なシアラが持つには似つかわしくないが、彼女はそれを頭上で軽々と振っては、飛びかかってくるエンジェルの翅を容赦なく切り裂いた。




 庭に出ていた男たちを建物内に誘導するため、ラウラはボードから降りて彼らの元へと走った。しかし、数体のエンジェルに追尾され、全員を建物にいれることは困難だと判断すると、彼らを建物の外壁にぴったり沿って待つように指示する。そして熱傷を負った男だけは別にして、全員をシールドで覆った。いや、全員ではない。少年と会話中の二人は少し離れた場所にいたため、そちらに近い壁面に新たなシールドを張るつもりだった。


「ここで静かにしていてください。この中にいれば絶対に安全です。奴らが襲ってきても、このシールドは特殊な素材でできていますので、破られることはありません。エンジェルを片づけたらすぐに迎えに来ます」


 男たちは神妙な顔で頷くが、そのうちのひとりがパニック寸前の顔で言う。


「ここは本当に大丈夫なんだろうな? もし奴らが襲ってきたらどうすればいいんだ! あいつは瀕死の重傷を負ってるんだぞ」


 自分たちとは別のシールドで覆われた、顔に酷い熱傷を負った男を指差してまくし立てる男に、ラウラはゆっくりと含めるように言う。


「大丈夫です。奴らは絶対にこれを破ることは出来ません」


 どんなに怖くても不安でも、ここはラウラの言葉に従うしかない。それしか生き残る道はないのだと知り、男は不安な顔を向けながらも黙った。ラウラは壁沿いに固まって座る男たちをシールドでぴったりと覆う。重症を負わされた男を彼らの隣に一人だけで覆うと、隊員それぞれの戦闘をひとしきり見渡し、飛びかかってきたエンジェルを焼いてからボードを急発進させた。



 大きな翅を切り落とし、いくつもの白い胴体を地面に落としても、また別の個体がシアラを取り囲み、そしてファルチェに切り裂かれて破れてゆく。


「どんどんかかってきなさい! ラウラ副隊長の手を煩わせることなく、私が全部ぶっ殺してやるから!」


 高揚した顔をエンジェルたちに向け、ファルチェを振り回しながらシアラが叫ぶ。

 無残にも翅を根元から切り取られたエンジェルの胴体は、コロニーの庭にぼたっ、と重そうに落下すると、赤い脚をモゾモゾと蠢かせたまま仰向けで身悶える。頭をもたげては黒い大きな眼で空中にいる仲間を見上げ、グギュッと呻くように鳴いている。シアラはその胴体に灼熱の炎を浴びせ、ふたたびファルチェを振るって首を落としていった。処理したエンジェルたちを見下ろし、シアラは眉根を寄せて呟く。


「焼いただけで死ぬなら、なにも首を落とす必要はないよね。念には念をいれて、と思ってたけど、中身がでてお庭が汚れちゃう」


 敵の死骸を見てしみじみ言うと、シアラはふたたび上空へと飛び上がった。




 純白の専用ボードに乗ったエルは、飛び回るエンジェルに的確に炎を浴びせ、たちまち十数体を焼いていった。いつも冷静で状況判断力に優れたエルは、現B.A.T.の中でも五本の指に入ると囁かれている実力者だ。


──空中には残り約百体、庭は三十体というところか。こいつらが地上に降りようとする前に全滅させておいた方がいい。


 辺りを見渡して静かに頷くと、エルは火炎放射器を構える。デビルが持つ火炎放射器は、一般人に支給されているものと比べ、その威力は格段に上だ。一般人用のものは、女性や子どもでも扱えるよう小型軽量化されているので、噴射される炎は最長で約九メートルの距離までしか伸びないのに対し、デビルが持つそれは、約五十メートル先の対象をも瞬時に焼くことができる。一般用の燃料にはエタノールが使われ、タンクの容量は二リットルほどのため、炎の噴射時間は約三十秒と短い。言うまでもなく、それで複数体のエンジェルを倒せるはずはないのだ。あくまでもB.A.T.が到着するまでの一時しのぎ、あるいは気休めにしかならない。だが、ないよりはましだと、コロニーの男たちはそれを構えて庭に出た。


 エルはジェット機が飛べるのではないかと思えるほどの炎を放ち、近距離まで飛んできていたエンジェルを一度に二十体ほど焼き払った。だが、何度も襲来しているうちに敵の戦闘力も上がってきたのか、それまでのエンジェルより飛翔速度がはるかに速い個体も多く見受けられ、逃げ去る後ろ姿を何体か見た。


──奴らが学習してる? まさか……。


 次の瞬間、ふたたびエルの乗る白いボードめがけて十体以上のエンジェルが急襲してきた。円を描きながらエルを取り囲んだ敵は、ホバリングしながら翅を細かく震わせ、鱗粉をまき散らす。この鱗粉は、人体に有害な成分を含んでいるという報告もあり、吸い込んだり皮膚に付着したりすると危険であると、先日の集会で研究棟の化学者から聞いたばかりだった。


 エルはシールドのスイッチを押し、自身が乗るボードごと電磁波で包んで鱗粉攻撃から身を守った。だが、シールドを張ったままではエル自身も敵に攻撃を加えられない。火炎放射器の炎や火炎弾など、どんな武器でもシールドを通すことは出来ない。


──内側からの攻撃は通し、受けた攻撃は通さないという、一方通行のシールドは発明されないものか。


 もどかしい思いで敵と睨み合うエルは、シールドの上部だけを解除すると、ボードの上から大きく跳躍した。ぐるりとエルを取り囲んでいたエンジェルは、スピードをあげて突進してきた。奴らがあと数十センチの距離にまで接近したとき、エルはそこに火炎弾を出してさらに跳躍する。空中に置き去りにされた火炎弾だけが残る場所をめがけて飛んできた十体ほどのエンジェルは、まるで自爆するように空中で散った。


「飛んで火にいるなんとやら……だな」


 ボードに降りてその様子を見ていたエルは、そういえばエンジェルに外見がそっくりだと言われる「シロヒトリ」は、「白灯蛾」と書くのだと思い出しながら、次のターゲットへと狙いを定める。




 庭の上空を旋回していたエンジェルたちは、得意の空中戦を諦めて地上の人間を襲うことに目的を変えた。まだラウラのシールドで守られていないエイジとその養父は、いつの間にか見失ってしまったスミレを探し、大声でその名前を呼ぶ。だが次々と着地するエンジェルがこちらに向かってくるのに気づき、エイジは火炎放射器の燃料カートリッジを急いで交換した。


「あなたたちも建物の壁沿いに寄ってください! そこは危険です」


 ラウラがボードで接近しながら叫んだ。それに気づいたエイジは、強い怒りを表した。


「やっと来たか! 遅えんだよ。おっさんが一人死んじまったじゃねえか!」


 ラウラの指示には応えず、エイジは養父の腕を取ったまま上空のエンジェルを睨みつけている。


「死者は一名も出ていません。重症の男性は、すぐにB.A.T.が治療に当たります。さあ、早く避難してください」


 熱傷を負った男が生きているとラウラから聞き、エイジと養父は少し安心した。だが、本来の目的はスミレを助けることだ。


「俺たちも避難するけど、小さな女の子が庭に取り残されてたんだ。みんなはその子を助けるために外に出てたんだよ。でも、その子がいつの間にかいなくなって……。この辺にいたはずなのに。まさかエンジェルの奴らにさらわれたりしてないよな? あいつらを殺すより先に、その子を探してくれ。スミレっていうんだ。たぶん、五歳くらいの」

「わかりました。全員に伝えます」


 エイジに短く返事をすると、マイクに向かって話しながらもラウラは二人のためのシェルターを準備していた。


『全員聞いて。五歳のスミレという女の子が庭から行方不明になりました。エンジェルにさらわれた可能性も含め、大至急探してちょうだい。女の子を抱いて飛んでいるエンジェルがいるかもしれない。火炎弾その他の武器での攻撃の際は、対象が女の子を連れていないかよく確認すること。最優先すべきは、彼女の命よ』


 隊員の耳に、緊張気味のラウラの声が届く。ラウラには、シアラの息を呑むような気配が伝わり、エルは低く唸った。レイは「はい」と短く答え、イザークは「ちくしょう!」と怒る。カルマは口笛を吹き、ブリクサは……「了解」と舌打ちをしてから言った。


『隊長、怒ってますね』


 シアラが、ラウラにだけ聞こえるようにマイクを切り替えて言う。


『そうね。ブリクサは子どもが犠牲になるのをたくさん見てきたから、余計に許せないのだと思う』


 ラウラが応えると、「わたしも許せないです」とシアラは辛そうに言った。


『スミレちゃんを全力で助け出しましょう!』


 シアラは全員に向けて言うと、周囲のエンジェルの全身を注意深く見る。


──人間の子どもひとりを、身体のどこかに隠すなんて出来ないはず。さらったとしたら、あの赤い腕に抱いて飛ぶしかない。あいつらの胸をよく見なくちゃ。


 敵の一体一体を確認してから攻撃するのは、効率が悪いことだと初めて知った。何十体もまとめて焼き払ったり爆破したりができないのだ。これは参ったと、全員が感じた。発見するのが遅くなれば、それだけスミレの生存確率は低くなる。早く見つけ、早く救出しなければ戦いも不利になるのだ。


『おい、みんな聴いてるか? 子どもを抱いたエンジェルを発見した。建物の裏手だ。今から奪還しに行く』


 焦りと不安が頭をもたげそうになったとき、隊員の耳にブリクサの不機嫌そうな声が届いた。


『隊長、他の敵は何体ほどいますか? 応援は?』


 エルはスミレが発見されたことに安堵しつつも、ブリクサを案じて問う。


『十体程度だろうな、……応援なんかいるかよ。俺一人で充分だ』


 隊長はきっと、唇の端をあげて微笑っているはずだと、皆が想像した。そんな時のブリクサは、最強の上をゆく最強なのだ。


『ブリクサ、ではスミレちゃんのことは任せるわ。私たちは他の奴らを処理します』


 ラウラが言うと、スミレが捕らわれていると想定した、不自由な戦い方をしなくて済むと解った全員は、弾丸のようにボードで散っていった。


「あなたたちは、こちらへ!」 


 エイジとその養父をシールドに入れるため、ラウラは建物の外壁に寄るように指示する。熱傷を負った男のシールドにはレイが入っていった。


「B.A.T.です。この場で応急処置をします。一番辛いところはどこですか」


 きびきびと機械的に話すレイだが、男は医療従事者に対する絶対的な安心感のようなものを持つ。遠のきそうな意識の中、途切れ途切れながらも応えるが、顔を酷く焼かれているため、溶けて癒着した皮膚で口がうまく開かなかった。


「うぅ……、さっき、内臓を口から引き出されて、すごく苦しいです。胸が……吐き気もします」

「顔は痛みますか?」


 レイの問いに、男は手を伸ばして自分の顔に触れる。


「……あぁ、いえ、火炎放射器で焼かれたはずなんですが、特に痛みはありません。私の顔はどうなってるんですか」

「Ⅲ度の熱傷です。皮下組織にまで損傷が及んでいるので、痛みを感じなくなっています。膏薬を塗りますので動かないでください」


 男の顔は、普通の人間ならとても直視できるものではない状態だ。顔面に壊滅的な熱傷を負ったにもかかわらず、レイが腰の装備から取り出した膏薬を塗ると、次第に苦しそうな呻き声を発しなくなっていった。それどころか、溶け落ちて黒く変色した皮膚が垢のように剥がれ、その下には薄いピンク色のバージンスキンが生成されている。


「胸を楽にする薬を飲んでいただきます。OD錠なので水なしで飲めます。どうぞ」


 手のひらに乳白色の錠剤を載せられ、男はそれを口に入れた。唾液で溶かし、ゆっくりと飲み下す。何度か深呼吸すると、胸の痛みと悪心がすっと楽になっていった。


「あぁ、すごくスッキリしました! ありがとう! ありがとう! あなたは命の恩人です!」


 大袈裟に感謝し、レイの手を取ろうと延ばした男の手をサッとかわし、レイはシールドを一部解除する。


「では」


 そのままボードに乗って飛び去るレイ。男は唖然としながらもすぐ横のシールドに収まっている仲間たちに笑顔を向けた。




「さあ、急いでください!」


 ラウラはエイジたちを急かすが、脚を引きずって歩く養父は、エイジの肩を借りていても歩みが遅い。彼らが今いる場所にシールドを張った方がいいのか、ラウラは迷った。


 その時、上空から急降下してくる数体が目に入り、ラウラはその敵に火炎放射器を向けるが、巧みにかわされて焼くことができない。さらに数体に囲まれ、ラウラはまずその敵を処理するべきだと判断する。


「身体を低くしていてください」


 エイジたちに言うと、ラウラはボードに乗ってエンジェルへの攻撃を始めた。高速で飛びながら火炎放射器を撃つ。だが二十体ほどに増えた敵に囲まれ、ラウラの動きは鈍くなった。

 エイジは養父を屈ませようと身体を支えるが、彼は上空に視線を移すと、ラウラから逃げ回るエンジェルに向けて両手を広げ、必死に何かを叫びだす。


「聞け! 我が兵士たちよ!」


 それは、エイジの知る彼のものではなく、初めて聞くような力強い声だった。

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