10.城下町の魔神官
城に戻る途中、気が早い城下町では既に魔神官復活祭の準備が進められていた。
もしモナに認められず、魔神官になれなかったら、と考えるだけでゾッとする。
魔神官になった事で、聖女の臭さも大分消えたらしい。魔力の制御をしなくても、チューズ達が鼻を押さえて逃げなくなった。
でも、その代わりに――、
「サン、すきですー」
「我が対です。けっこんですー」
「えっと……こ、困りましたね」
二匹にべったりくっつかれて、求愛されるようになった。
サツリが確認をするように私を嗅いで、眉間に皺を寄せる。
「これは……モナを大幅に上回る、マタタビ状態ですね」
「だろ? 中毒性があるっつーか……たまんねぇよな?」
フライは顔を近づけ、匂いを嗅ぐふりをして私の首筋を舐める。
「な、何をするんですかっ!?」
「フライ様、ずるいですー」
「我もたべるですー」
チューズとサースが、同時に私の腕を齧りだした。
可愛い二匹の甘噛みが、次第に本噛みへと変わっていく。放っておくと、肉まで本当に食べられそうで怖い。
ただでさえ魔神官は『いい匂い』らしいのだけれど、聖女の匂いと混じった副作用で、中毒性がかなり増しているのだとか。
聖女の匂いは魔力制御で押さえられたけど、魔神官の魔力は強くて上手く制御ができない。試してみたのだけど、聖女臭が濃く出るか、求愛行動に拍車がかかるか、のどちらかだった。
視線で助けを求めると、サツリが慌ててチューズ達を引き剥がす。
「はいはい、おやめなさい。サンは食べ物じゃないですよ。
これは、想定外にまずいですね……城下町に出ると、昔の誰かのように、対のいない魔族がサンを『自分の対』と勘違いして、襲うか奪い合い始めるでしょうね。下手をすれば、食べられますよ。本当の意味で」
「……本当の意味で、って。魔族は人族を食べる事もあるんですか……?」
サツリの真面目な顔に、思わず首元を押さえた。どうやら、私は魔神官と同時に食材になったらしい。
◇
あっという間に、魔神官復活祭の準備が整った。
魔族に襲われるかもしれないけど、魔神官本人が復活祭に出ないわけにもいかない。結局、フライ達の護衛で教会まで向かう事になった。
――城下町に出た瞬間、花吹雪が舞い、大歓声が上がる。
人族も魔族も、私を一目見ようとこぞって身を乗り出し、対のいない魔族からは「自分が対だ」と次々に求婚された。
チューズとサースは、いつものようにお菓子を与えられ、フライには女性陣から黄色い声が投げかけられる。
「レモアでもそうでしたけど……フライって、人気があるんですね」
ヘラヘラと女に手を振っていたフライがニヤリと笑うと、私の肩に腕を回す。
「まぁ、魔王様ですから。そういうお前だって、俺に惚れてんだろ?」
「……そうですけど」
真正面から言われるとは思わなかった。悔しいくらい、相手にされていない。
じろりと睨み上げると、フライは余裕たっぷりで、私の胸元をジロジロと見定める。
「それだと……早くて、あと七十年後だな。その頃に相手してやるよ」
「その頃なんて、もう私はこの世にいませんよ。これが私の精一杯です」
「は? あれ……人族って、そんなに寿命短いの?」
「は……え? 知らなかったんですか?」
フライが驚いている事に、逆に私が驚いてしまった。
◇
教会は以前訪れた時とほぼ変わっておらず、怪我や病気をした魔族が床に並べられていた。苦い想い出が蘇って、なかなか足を踏み入れずにいる私の背中を、フライがトンと押す。
「もう前とは違うんだろ? 俺に仕えたなら自信持て」
「……はい」
覚悟を決めて頷くと、深呼吸をして教会の中心に足を踏み入れた。
前回訪れた時よりも、魔族達の症状は悪化している。新たに怪我をした人族もいる。両手を掲げ、教会全体に行き届くように範囲魔法を展開する。
◇
初めての回復魔法に緊張はしたけど――手ごたえは、あった。
次々と、魔族も人族も、自身の回復に驚いたように立ち上がり始める。
「……できました」
今度こそ、人族も魔族も、全員残らず回復できた。
その様子を見ていたフライが、くしゃりと私の頭を撫でる。
「よーし、よくやった」
「あ、ありがとうございます」
褒められたことが素直に嬉しくて、顔が綻んでしまう。
「フライ様の横にいる方は、誰……?」
教会に、誰かの小さな声が漏れる。
魔王の横に立ち、人族と魔族の両方を回復した私に、外の様子を知らない教会内が次第にざわついてきた。
「まさか……魔神官様?」
「魔神官様が、戻られた……?」
「魔神官様!?」
教会から湧き上がった歓声は波紋のように城下町全体へ広がり、盛大に復活祭が始まった。
魔神官の私は、そのまま教会に祀られ、深夜を回るまで面会希望の列は途切れなかった。
◇
深夜を回り、やっと面会列にも終わりが見えた。
最後に並んでいたのは、前回教会で会ったラナウドと、怪我をしていたその弟。
「すっかり元気そうですね、良かったです」
「はい、ありがとうございます」
ラナウドの弟――カイルが照れたように笑う。
カイルは魔神官に会うために村を飛び出して、崖から落ちて怪我をしたと聞いていた。
「カイルは、魔神官に用事があったのですか? 私でよければ、話を聞きますよ?」
首を傾げると、途端にカイルが笑顔を曇らせる。
「魔神官様、お願いです。……僕達の村を、助けてください。村が、伝染病に侵されてしまったんです」
「やめろ、カイル。サン様は魔神官になられたばかりだ。無茶を言うな。……それに、もう村は手遅れだ。……諦めろ」
制止しようとするラナウドの腕を、カイルが払い除ける。
「そんなことない、まだ間に合うよ! お願いです。魔神官様、皆を助けて。一緒に、村へ来てください!」
「え……えっと」
その村に行ってあげたいけれど、魔神官は城下町専属の神官。自由に動き回っていいのか、よくわからない。
おずおずとフライを見ると、フライが欠伸をしながら頷いた。
「復活祭が終わると城下町も落ち着くだろうし、数日なら、いいんじゃねぇの?
ただ、一人で行くのは絶対だめだ。護衛にチューズとサースでも連れて行け」
「魔王様! あ、ありがとうございます!」
カイルがフライに頭を下げると同時に、チューズとサースが嬉しそうに尻尾を振って私に飛びついた。
「我の嫁、しっかりまもるですー」
「うふふ。はねむーんですー」
「いや、だから……お前らサンを食うな」
両腕に噛みついた二匹を、フライが引き剥がす。
二匹の護衛は心強いけれど、魔王城に帰る頃には骨になっているかもしれない。
◇◇◇
復活祭は夜通し続き、空が白み始めた頃やっと終盤に差し掛かった。
次々と押し寄せる求婚魔族から命からがら逃げ出し、いつかの墓地が見渡せる丘で、静かに夜風に当たっていた。
あの大雨の日と同じ、隣にはフライがいる。
「最初は、フライに猛反対されましたけど……魔神官の復活、皆さんに喜んでいただけました。……良かったです」
「あぁ、そうだな」
今日は城下町全体が、心から復活を祝ってくれていた。魔神官不在は、皆も相当心細かったらしい。
「でも、匂いというのは厄介ですね。この先、私の体がどこまで持つか……」
両腕を見るとチューズとサースの歯型がくっきりと残っている。求婚魔族が、私を連れ帰ると暴れて、引っ掛かれた傷も沢山できた。
迂闊に一人でいると、本気で攫われて食べられてしまいそう。
「俺が守ってやるから、大丈夫だって」
フライが私の頭を撫でるように触れ、首筋を舐める。
「あ、あの……何故、舐めるんですか?」
「ん? そりゃ、お前が美味いから」
その満面の笑みに、いつか本当に骨になる覚悟をした。




