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10.城下町の魔神官

 城に戻る途中、気が早い城下町では既に魔神官復活祭の準備が進められていた。

 もしモナに認められず、魔神官になれなかったら、と考えるだけでゾッとする。


 魔神官になった事で、聖女の臭さも大分消えたらしい。魔力の制御をしなくても、チューズ達が鼻を押さえて逃げなくなった。


 でも、その代わりに――、


「サン、すきですー」

「我が対です。けっこんですー」


「えっと……こ、困りましたね」


 二匹にべったりくっつかれて、求愛されるようになった。

 サツリが確認をするように私を嗅いで、眉間に皺を寄せる。


「これは……モナを大幅に上回る、マタタビ状態ですね」

「だろ? 中毒性があるっつーか……たまんねぇよな?」


 フライは顔を近づけ、匂いを嗅ぐふりをして私の首筋を舐める。


「な、何をするんですかっ!?」


「フライ様、ずるいですー」

「我もたべるですー」


 チューズとサースが、同時に私の腕を齧りだした。

 可愛い二匹の甘噛みが、次第に本噛みへと変わっていく。放っておくと、肉まで本当に食べられそうで怖い。


 ただでさえ魔神官は『いい匂い』らしいのだけれど、聖女の匂いと混じった副作用で、中毒性がかなり増しているのだとか。


 聖女の匂いは魔力制御で押さえられたけど、魔神官の魔力は強くて上手く制御ができない。試してみたのだけど、聖女臭が濃く出るか、求愛行動に拍車がかかるか、のどちらかだった。


 視線で助けを求めると、サツリが慌ててチューズ達を引き剥がす。


「はいはい、おやめなさい。サンは食べ物じゃないですよ。

 これは、想定外にまずいですね……城下町に出ると、昔の誰かのように、対のいない魔族がサンを『自分の対』と勘違いして、襲うか奪い合い始めるでしょうね。下手をすれば、食べられますよ。本当の意味で」

「……本当の意味で、って。魔族は人族を食べる事もあるんですか……?」


 サツリの真面目な顔に、思わず首元を押さえた。どうやら、私は魔神官と同時に食材になったらしい。



 あっという間に、魔神官復活祭の準備が整った。

 魔族に襲われるかもしれないけど、魔神官本人が復活祭に出ないわけにもいかない。結局、フライ達の護衛で教会まで向かう事になった。



 ――城下町に出た瞬間、花吹雪が舞い、大歓声が上がる。


 人族も魔族も、私を一目見ようとこぞって身を乗り出し、対のいない魔族からは「自分が対だ」と次々に求婚された。

 チューズとサースは、いつものようにお菓子を与えられ、フライには女性陣から黄色い声が投げかけられる。


「レモアでもそうでしたけど……フライって、人気があるんですね」


 ヘラヘラと女に手を振っていたフライがニヤリと笑うと、私の肩に腕を回す。


「まぁ、魔王様ですから。そういうお前だって、俺に惚れてんだろ?」

「……そうですけど」


 真正面から言われるとは思わなかった。悔しいくらい、相手にされていない。

 じろりと睨み上げると、フライは余裕たっぷりで、私の胸元をジロジロと見定める。


「それだと……早くて、あと七十年後だな。その頃に相手してやるよ」

「その頃なんて、もう私はこの世にいませんよ。これが私の精一杯です」


「は? あれ……人族って、そんなに寿命短いの?」

「は……え? 知らなかったんですか?」


 フライが驚いている事に、逆に私が驚いてしまった。



 教会は以前訪れた時とほぼ変わっておらず、怪我や病気をした魔族が床に並べられていた。苦い想い出が蘇って、なかなか足を踏み入れずにいる私の背中を、フライがトンと押す。


「もう前とは違うんだろ? 俺に仕えたなら自信持て」

「……はい」


 覚悟を決めて頷くと、深呼吸をして教会の中心に足を踏み入れた。


 前回訪れた時よりも、魔族達の症状は悪化している。新たに怪我をした人族もいる。両手を掲げ、教会全体に行き届くように範囲魔法を展開する。



 初めての回復魔法に緊張はしたけど――手ごたえは、あった。

 次々と、魔族も人族も、自身の回復に驚いたように立ち上がり始める。


「……できました」


 今度こそ、人族も魔族も、全員残らず回復できた。

 その様子を見ていたフライが、くしゃりと私の頭を撫でる。


「よーし、よくやった」

「あ、ありがとうございます」


 褒められたことが素直に嬉しくて、顔が綻んでしまう。


「フライ様の横にいる方は、誰……?」


 教会に、誰かの小さな声が漏れる。

 魔王の横に立ち、人族と魔族の両方を回復した私に、外の様子を知らない教会内が次第にざわついてきた。


「まさか……魔神官様?」

「魔神官様が、戻られた……?」


「魔神官様!?」


 教会から湧き上がった歓声は波紋のように城下町全体へ広がり、盛大に復活祭が始まった。

 魔神官の私は、そのまま教会に祀られ、深夜を回るまで面会希望の列は途切れなかった。



 深夜を回り、やっと面会列にも終わりが見えた。

 最後に並んでいたのは、前回教会で会ったラナウドと、怪我をしていたその弟。


「すっかり元気そうですね、良かったです」

「はい、ありがとうございます」


 ラナウドの弟――カイルが照れたように笑う。

 カイルは魔神官に会うために村を飛び出して、崖から落ちて怪我をしたと聞いていた。


「カイルは、魔神官に用事があったのですか? 私でよければ、話を聞きますよ?」


 首を傾げると、途端にカイルが笑顔を曇らせる。


「魔神官様、お願いです。……僕達の村を、助けてください。村が、伝染病に侵されてしまったんです」

「やめろ、カイル。サン様は魔神官になられたばかりだ。無茶を言うな。……それに、もう村は手遅れだ。……諦めろ」


 制止しようとするラナウドの腕を、カイルが払い除ける。


「そんなことない、まだ間に合うよ! お願いです。魔神官様、皆を助けて。一緒に、村へ来てください!」

「え……えっと」


 その村に行ってあげたいけれど、魔神官は城下町専属の神官。自由に動き回っていいのか、よくわからない。

 おずおずとフライを見ると、フライが欠伸をしながら頷いた。


「復活祭が終わると城下町も落ち着くだろうし、数日なら、いいんじゃねぇの?

 ただ、一人で行くのは絶対だめだ。護衛にチューズとサースでも連れて行け」

「魔王様! あ、ありがとうございます!」


 カイルがフライに頭を下げると同時に、チューズとサースが嬉しそうに尻尾を振って私に飛びついた。


「我の嫁、しっかりまもるですー」

「うふふ。はねむーんですー」


「いや、だから……お前らサンを食うな」


 両腕に噛みついた二匹を、フライが引き剥がす。

 二匹の護衛は心強いけれど、魔王城に帰る頃には骨になっているかもしれない。


◇◇◇


 復活祭は夜通し続き、空が白み始めた頃やっと終盤に差し掛かった。


 次々と押し寄せる求婚魔族から命からがら逃げ出し、いつかの墓地が見渡せる丘で、静かに夜風に当たっていた。

 あの大雨の日と同じ、隣にはフライがいる。


「最初は、フライに猛反対されましたけど……魔神官の復活、皆さんに喜んでいただけました。……良かったです」

「あぁ、そうだな」


 今日は城下町全体が、心から復活を祝ってくれていた。魔神官不在は、皆も相当心細かったらしい。


「でも、匂いというのは厄介ですね。この先、私の体がどこまで持つか……」


 両腕を見るとチューズとサースの歯型がくっきりと残っている。求婚魔族が、私を連れ帰ると暴れて、引っ掛かれた傷も沢山できた。

 迂闊に一人でいると、本気で攫われて食べられてしまいそう。


「俺が守ってやるから、大丈夫だって」


 フライが私の頭を撫でるように触れ、首筋を舐める。


「あ、あの……何故、舐めるんですか?」

「ん? そりゃ、お前が美味いから」


その満面の笑みに、いつか本当に骨になる覚悟をした。


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