68 自分にできることは………
医師にばあちゃんの病状を知らされてから俺たちはばあちゃんの待っている病室に入った。
中に入ると、ベットが一つ用意されていて、ばあちゃんがそこで横になっていた。
「お、おう。洸夜か………」
起き上がれないのか、視線だけこちらに向けて喋るばあちゃん。
いつもとは異なるその弱々しい姿を見て俺は泣きそうになった。
「まさか、「がん」とはのぉ……全然わからんかったわ……」
いつも元気なばあちゃんが珍しく作り笑いをしている。
「手術をうけるらしい…………もう、転移してるのに、こんなことして、意味があるのかのぉ………」
「あ、ある、あるに決まってる!」
反射的に、俺はそう答えた。
「そうかのぉ………わしとしては………もう、これ以上、洸夜の足かせにはなりたくないんじゃが………」
ばあちゃんの瞳から一粒の涙が零れた。
ばあちゃんの涙は初めて見た。あんなに強い人が………弱いところを絶対に見せない人が……
「足かせなんて…………」
「もう、努は帰ってこんのだろ?」
ばあちゃんから衝撃の言葉が放たれた。努とは、俺たちのことを見捨てた叔父の名前である。
ばあちゃんからしたら実子。このことは絶対に言っていなかったのに………
「そ、そんなこと…………」
「隠さんでも、もう、わかっておる…………自分一人で動けなくなってからは、わしも随分迷惑をかけた………帰って来なくなるのも当然じゃ………」
「そ、それは………」
ばあちゃんは、間違ったことを言っていないのに、間違っている。
内心、俺も、もう意味がわからない。ばあちゃんの言っていることは十分理解できるし、叔父さんの心情も理解できる。
だけど、ばあちゃんの言っていることはなんか違う気がしてならなかった。
「お前には、色々迷惑をかけた…………両親の離婚から始まり、その後すぐに病気で親が死んで、中学生で両親もいなくて、悲しかったじゃろ。わしとしても親代わりを務めてきたはずじゃが、迷惑ばかりかけてしもうた………」
「め、めいわくなんてかけて……」
「お前は、Uー15の日本代表候補じゃったじゃろ。クラブでも、ユース昇格は確実視されていたはずなのに、金のせいでお主の未来を閉ざしてしまった………」
「別に気にしてなんか………」
「たとえ、気にしてなかったとしても、高校一年生でバイトに励みすぎて倒れさせてしまった………」
「それは、俺の体調管理ができていなかったせいで………」
「洸夜、お前には、様々な未来がある。勉強もできて運動もできて、文句の付け所がない自慢の孫に育ってくれた」
「そんな、俺は………」
「だからこそ、言わせてくれ、
――もう、わしはお前に迷惑は掛けたくない」
すごく切なそうな顔をしてそう言う、ばあちゃん。
普段なら、「大丈夫じゃ!心配するな!」と元気で逆にこっちが元気をもらっているのに、、、
それに、やはり、ばあちゃんは、間違っている。
迷惑とか、俺がいつ言ったんだ?
そんなこと、思ったことがないし、むしろ今まで、大切に育ててもらって感謝しかないのに。
「もう、わしは十分生きた………だから手術はしないつもりでいる」
「それじゃあ、転移は………」
「進行するばかりじゃが………こればかりは仕方ない。天のお告げじゃ」
もう覚悟が決まっているのか、ばあちゃんの瞳は揺らいでいなかった。
俺は、今の状況を飲み込めずに、なんと返せばいいのかわからなかった。
○
病室から出て、下の売店にでも、行こうとしていた時、夏帆が付いてきた。
「洸夜のおばあちゃん本当に手術受けない気かな?」
「どうかわからないけど、あれは本当に覚悟を決めた感じだった」
「じゃあ、死んじゃうの?」
「やめろよ……そんなこと言うの………」
「もう、みんなで旅行とか、花火とか……」
「やめろって!!」
大きな声が病院内に響き渡る。
「ご、ごめん………」
俺の声にビクッとした夏帆はすぐに謝ってきた。
「いや、俺の方こそごめん………理性を保ててなかった。まさか、ばあちゃんがそこまでわかってたなんて……」
「洸夜はおばあちゃんを迷惑に感じたことがあるの?」
「いや、全然ない」
「それを伝えればんじゃない?」
「きっと信じないだろ。あんだけ覚悟を決めた顔されたら」
「もう、生きたくないのかな……そんな風には思えないけど」
夏帆の言う通りだ。幼少期や病気になる前は意地でも100まで生きてやると謳っていた人なのに、生きたくないはずがない。
「私は、洸夜のおばあちゃんには、まだまだ生きて欲しい。まだ、なんの報告もできていないし………」
隣でそう言う夏帆。
そうだよ………俺たちの関係だって…………
「あ、そうだ……」
「どうしたの?洸夜?」
「思いついた」
「な、なにが?」
「ちょ、ちょっと付いてきてくれ!」
俺は夏帆の手を引っ張り、走り出す。
「え、ちょ、ちょっと、洸夜!?どうしたの!?わかんない!」
夏帆は動揺しまくっているが、思いついた………いや、思い出したんだ。
これなら、
この今の俺の気持ちをばあちゃんにぶつければ、きっと………
○
「ばあちゃん……」
俺は病室に入ると、真っ直ぐにばあちゃんのところに向かった。
「おう、どうしたんじゃ?洸夜」
「やっぱり、手術うけて長生きしてほしい」
「手術を受けたとしても、治る保証はないんじゃよ?やってることはただの延命………わしも先はそう長くない………」
やっぱり、ばあちゃんの意思は全然変わってない。
確かに手術をしたとしても、高齢者だからもう治らないだろう。
ただの延命にしかならなくて、病気の進行は少しずつでも進んでいくだろう。
きっと治療費だってかかるし、大変だろう。
だけど!
俺は、どんなことよりもばあちゃんに長生きしてほしい。
ばあちゃんの願いを俺が叶えてあげたい。
立派な職について、安心させてあげたい。
そして、
ばあちゃんが、切に願っていた………
「ばあちゃん、実は、俺、恋人がいるんだ」
「こんなときに、…………嘘ならやめとくれ………」
俺がそう言った瞬間、少しばあちゃんの瞳が揺らいだ。
「嘘じゃない」
「ならば、それを証明しろと言われたらできるか?」
「もちろん」
そう言って俺は夏帆をこっちに呼んで、
「この人が、俺の彼女。西条夏帆さん」
「夏帆さんが?冗談は――」
「冗談じゃありません!!」
笑おうとする、ばあちゃんに夏帆が大声でそう言った。
「私は、洸夜くんを愛しています。彼はとっても優しくて、私のことを常に考えてくれるとってもいい人です!!嘘なんかじゃありません」
夏帆の本気度がいつにも増して違った。
「ほ、ほんとなのかの?」
「はい、ホントです!私は洸夜を愛してます!キスだってしました!」
なんか、凄い恥ずかしいことを言われてしまったが俺も夏帆のあとに続いた。
「前、ばあちゃん言ってたよな?誕生日プレゼントは『自分の孫の愛人』だって」
「それは、そうじゃが…………」
まだ、わかってくれないのか………
ならば………
俺はスゥッと息を吸い込み、自分の本音をぶちまける。
「俺は、夏帆さえ良ければ、将来、一緒になりたいと思ってる。だから、ばあちゃんはそれを見届けるまで死なないでほしい。
だって、ばあちゃんは、
――世界に一人しかいない俺の親だから」
その言葉を放った瞬間にばあちゃんの瞳から涙が流れてきた。
「ば、馬鹿なことを言う、息子じゃな……こんな子に育てたつもりはないぞ」
「おばあちゃん………いや、お義母さん死なないで、生きてください」
隣で夏帆も一緒に泣いていた。
涙声になりながらも夏帆も必死に訴えかける。
「か、夏帆さんに、そんなこと言われちゃ………し、仕方ないのぉ!がんなんてクソ食らえじゃ!ちょちょいと手術して、完治させてくるのじゃ!」
そう言うばあちゃんは、いつも通りの表情だった。
二日後、
ばあちゃんはがんの手術をした。
結果は成功。
転移したものはほとんど取り除けて、まだ闘病生活が必要だが、見事に延命に成功した。
残り一話になりました。
(改)いつも通りの時間に投稿したいと思っております。
短編の新連載の執筆が難航しておりますので息抜きとして、他の新作を投稿しました。
読んで頂けると嬉しいです!




