第八十一話 『ポストに手紙入れるのって何だかエッチぃですよね』
陽光照らす樹木の軒。木製のポストの手前で、二人の少女が言い争っていた。
「め、メル姉、さっさと投函しなよ……」
一人は短い藍髪の少女。ともすれば少年にも見える中性的な容姿。
「なっ……。ルカこそ早く入れたらどうなの?」
もう一人は黒のセミロングヘアをした少女。目もとの涙ぼくろが印象的。
「んぐっ。ぼ、ボクは妹だからねー。姉貴の次に入れるんだ」
「はぁぁあ? あんった、こういうときだけ妹面を出してからに……」
「はぁ……早くしてくれよ」
俺はそんな二人のやり取りを少し離れたウノロス車の上で静観していた。
「あの、ゆーとさん……?」
もぞっと膝の上に座らせた狐娘、テトが動く。翠の目が不思議そうな色を乗せて俺に問いかけた。
「お二人はあそこで何をされてるんでしょうか……?」
白い人差し指の延長線上には、大絶賛掴み合いをやってる凹凸姉妹が。
「知らん。ガチョウ倶楽部の真似事でもやってんだろう」
「がちょう……? 絶対押すなよーって人達ですか?」
テトが腕を広げて飛行機のような形を作った。
不可視の浴槽が目の前に浮かぶようである。
「うん。なんで知ってんの?」
小さな両手を捕まえて、笑顔で尋ねる。
「あれ? 今、すっごく流行ってるんですよ? 私、ポスター持ってるんです。今度ライブやるんです。すごく行きたいです!」
もさ尻尾が楽しげに躍動した。
「へ、へぇえ、そりゃまた……」
意外な流行に若干引き笑いになりかけた所で、女の叫び声が向こうで炸裂する。
「あああ! ルカッ! あんた、私のだけ先にぃ!!」
「へへーん。こういうのは年上が先にやるもんだもんねーだっ。悔しかったらボクのを取ってみろ!」
「こら! ルカ! 待ちなさい!! ちょっと待って! 待ってってば……! ねぇ……待って……ぐすっ……うぇえ……わぶ」
足の速いルカに追いつけずコケてしまったメルは、若干涙目である。額は木の根に打たれ、腫れていた。可哀想に。しかし、金髪ロリを膝に乗せているので助けに行きたくない。
「なっはっはっは! 妹だからって甘く見てるからこんなことになるんだ! どうだ、参ったk……ってあれ、ボクの手紙は?」
ふんぞり返っていたルカの様子が途端に慌て気味の表情へと変わる。
どこかへ落としたのだろうか。そういえば、さっきからルーニィの姿が見えない。
「無事にルカ君のご両親へ届きますヨーニ」
居た。ポストに二礼二拍手一礼して、ルカの手紙を奉納するところだった。
「ぎゃああああ!」
ルカの悲鳴も虚しく、昨晩じっくり推敲されたのであろう、嬉し恥ずかしレターがポストに飲み込まれていった。
「ルーニィ! なんで挿れた! なんで挿れたんだ!!」
「べ、別にイイジャナイカ……。私も初めてだったし、それに、挿れるの気持ちよさそうダッタカラ……てへへ」
「ボクだって初めてだったのにぃ! 酷いよ!」
聞きようによっては凄く卑猥な会話だが、ご安心頂きたい。ちゃんと履いてますよ。
と、そんな下らぬことを考えながら、ウノロス車を発進させた。
荷台では、褐色少女とボクっ子少女が言い争い、その隣では意気消沈した土方女が。
膝の上では、ケモ耳を生やした少女が寝息を立て始めていた。
「さて、今日の晩飯は何を買って行こうかなー」
「ボクはカレーが良い」
「しちゅーが良いカナ?」
「アタシはビール……」
「ゆーとさん……が、いい……です……」
予想はしてたが、バラバラの返事が返って来た。少しはまとめろ。しかも、約一名、俺を食おうとしてねぇか。
「じゃー、間を取って今日は焼肉なー」
「「「「わーい」」」」
大正義・YAKINIKU
※
「ユウト、大変だ!」
マックスギルドの朝は遅いのが恒例だが、しかし、その日は早かった。
何か二通の便箋を携えた、ルカが部屋へと転がり込んでくる。
「なんだ、どうした」
「いだっ、ひど! ひどいよ、古谷くん!」
「ムニャムニャ」
俺はテト以外の二人の女をベッドから叩き落して、起き上がった。
パジャマ姿のルカは胸がかなりはだけているが、近頃何とも思わなくなってきた。しかし、狐幼女をセミのように俺の正面にぶら下げているのだけは、そろそろ貞操観念の観点から見てもヤバイ気がする。
「なんとっ! お父さんとお母さんから返信が返って来てた!」
「ああ、そう……」
くっそどうでもいい知らせに俺はベッドにすごすご戻ろうとしたが、
「えぇっ?! 嘘ぉっ!!」
「わっ――へぶ!」
ガバッと起き上がったメルに足を引っかけて、ベッドの柱に顔を打ち付けた。
「嘘じゃないよ、姉貴! 見ろよコレェ!」
「きゃー、ホントだぁーっ。うわ、やっば、手油が滲み出てきたぁ」
手油って何スカ。そこは手汗じゃねぇんスカ。それとも長いこと鉄打ちをやってると、そういう体質になるんですかね。
「ちょっ?! ボクのパジャマで拭き取るなよ!」
「えっとぉ、ハサミハサミ」
「はぁ? まどろっこしいな。炎魔法で封を焼いちゃえばいいじゃん!」
「あーそっかぁ♪」
おや、これは……。
「えいっ! ファイア!」
「あ」
ぼん。
巨大な火球が膨れ上がり、『手紙だったもの』が床に黒々と散らばった。
恐らく、メルの手油が便箋に付着し、火力の調整をミスったのだろう。
まぁ、便箋の封を火炎で破ろうとしたあたり、ルカの奴もだいぶだが。
「……ユウト、蘇生魔法って使える?」
ルカが唖然とした顔をこちらに向けて問うてきた。
「使えません」
メルが何度もまばたきしながら、何が何だか分からなくなってるものを拾い集める。
「だ、大丈夫よ。つなぎ合わせれば、まだイケ――ぶぇっくし!!」
イケなかった。逝ってしまった。
トドメの一撃が焼け焦げた紙を霧散させた。
南無南無。