第八十話 『家出姉妹』
『メル姉』というルカの発言から察してはいたが、実際に彼女らが姉妹である、と聞かされると俄かに信じがたい。未だ驚きで頭の整理がつかないなか、俺はテーブル向こうではしゃぐメルとツンケン態度のルカを観察していた。
「なんだぁ、我が妹よー♪ 来てんなら、会いにきてくれてもいいじゃないかー♪」
メルは先刻から気持ち悪い笑みを浮かべながら、隣でぶすくれる妹の頬っぺたに指をぷにぷに押し付けている。
「やめろよ、メル姉。鬱陶しい。……それに姉ちゃんがこの街に居るなんて知るわけないだろ? まぁ、知ってても行かなかっただろうけど」
ルカは相手の手首を捻りつつ、ネチッと嫌味を叩いた。
だが、お馬……天然なメルには全く通用していない。
「えー、ひっどーい。お姉ちゃんルカが家出したってお母さんから聞いて心配してたんだぞっ★」
「うざ……。っていうか、家出と言えば姉ちゃんも似たようなもんじゃん」
「うっ……それは……」
途端に口ごもる彼女。気になって二人の会話に割り込んだ。
「家出ってどゆこと?」
「古谷くん……!」
やめて聞かないで、と目で訴えられても気になるものは気になる。
「わたし、気になりますっ」
隣に居たテトがこれでもかと言わんばかりに瞳を輝かせて腰を浮かせた。純真さはときに、罪である。
「オカワリマダー?」デデドド、チンチキ! タッタカ、ターンッ!!
既に朝飯を食べ終えたルーニィが、痺れを切らし空の皿やコップでドラムった。
『食器で遊ぶなや、この原始人が!!』
厨房からデイジーさんの怒鳴り声と葡萄パンが物凄い勢いで飛んできて、
「ブヘラッ!!」
ルーニィの顔面にクリティカルヒット。衝撃で宙を一回転したパンをテトが、犬みたいに口でキャッチした。
『おいしいですっ』『ウワァー!! 私ノ、タンスイカブツガァア!!』
満面の笑みを浮かべて口をもごもご動かす狐娘と、マジ泣きする褐色人。最近ウチのパーティの精神年齢が全体的に低い気がするのだが、それは気のせいだろうか。
「……で、どうなんだ? なんで家出なんかしたの? 親のすねをかじらないとか、ヤバスギでしょ」
「ヤバいのはアンタの方よ、クソニート」
ゴミでも見るような目つきでバッサリ。
違うぞっ、俺はニートじゃないぞっ! ちょっと不登校気味な普通の大学生だぞっ!
「いい? 嫁ぐまで実家で暮らすなんて、そんなのツマラナイに決まってるじゃん」
俺の内心の主張を無視して、メルは人差し指を立てた。
「アタシはね、自分探しの旅の最中なのよ!」
「ふはっ……げほげほ」
思わず鼻で笑ってしまった。
「レンチ投げるわよ? 真面目に言ってんだからね」
人を馬鹿にする面立ちの俺をメルはじろっとねめつけてくる。
「め、メルさんは二人いるんですか……?! ぶ、分身……」
恐らく『自分探し』の意味を分かっていないのであろうテトがとんちんかんな質問をした。
「自分探しってのはまぁ、アレだ。人間のアイデンティティーがどうのこうので、二十歳になりかけの暇な奴が陥りやすい徘徊行動みたいなもんだ。大人になりきれないガキが発症しやすい。しかし、老年になると再発するケースもある」
適当に身振り手振りを交えながら、まさに『テキトー』な説明をした。
「な、なんだか分かりませんが凄いです……」
テトは一ミリも理解できていないような表情で、相槌を打つ。
よし、作戦成功。この子に『自分探しの旅に出るから、このクソみたいなパーティを暫く抜けさせていただきますね』なんて言われる未来が来なくて済む。
「何だか納得いかない説明ね……。っていうかバカにしてんでしょ」
「まさかぁ」
肩を上げて己への刺すような視線をいなしてると、ルーニィが「ウゥン……」と唸った。
「となると、私がイマヤッテルノモ自分探しというものなのダロウカ?」
「お前のは単なる出稼ぎでは。それにいずれ出戻るんだろ?」
「いやぁ、それが案外君のパーティが楽シクッテナァ。何だか実家に帰る気が起きないンダヨ」
たはは、と笑うルーニィ。同志を見つけて嬉しかったのかメルの瞳がきらんと輝いた。
「そうよ、ルーニィさん! 家に帰る必要なんて全く無いわ! 人間自由に生きなきゃだめよ!」
若干ヒスでも入ってそうな勢いでメルが甲高く主張する。
しかし、彼女の隣で茶をすするルカの肩は重たげ。
「そうかなぁ……。僕はお父さんとお母さん心配しているような気がする」
「うぐ」
彼女の一言にメルの勢いが止められる。
一緒にうなだれる少女二人は、何だか同じことで自省しているよう。
その様子を見て俺は一つ提案することにした。
「なんだぁ、お前ら……。二人共、家出なのか?」
あまり似ていない姉妹が揃って頷く。
「んで、どっちも帰りたくないと」
『うん……』という反応が帰る。
「はぁ……、なら、手紙でも書けば? そうすれが、少しはお前らの親も安心するだろうが」
がばっとメルとルカが面を上げた。
「僕っ、デイジーさんに便箋借りてくるっ!」
ルカが席をガタッて受付の方に飛んで行った。
「ふぅ、やれやれだぜ」
俺はラノベの主人公みたいに肩を竦めるのだった。
「うざっ……」
メルが辛辣なコメントを残したことは無視しておこう。




