六十七話 決断
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「神楽くんいいわよ、三島さんを連れてきて!」
先に船内に乗り込んでいる佳菜恵の声。
「三島さん、手を出して」
上部のハッチで待機している武瑠は、一颯へと手を差し出す。
「あ、ありがとう武瑠くん」
「え。あ、うん。あ、足元滑るから気をつけて」
顔を赤くして手を握ってきた一颯に、おもわず武瑠も赤面してしまう。
「さっきも手を握り合っていちゃついてたのに……。なんで今さら恥ずかしがるかな~」
皆本がそんなふたりに楽しそうな視線を送る。
「い、いちゃついてなんかいなかっただろ、いちゃついてなんか!」
あせって抗議する武瑠に、真っ赤な顔でうつむく一颯。
皆本と直登が顔をあわせて笑った。
そんな様子に、政木がわざとらしいため息を吐く。
「どうでもいいけどよ、後がつかえているんだ。早く乗ってくれねえか?」
あきれるような声だが、笑いをかみ殺している。
「わ、わかってるよ!」
波に揺れる船上で赤面したままの武瑠が、同じように赤面している一颯を支えてハッチの中へと送る。
外の声が聞こえていたのか、一颯を受けた佳菜恵も意味深な笑顔を見せていた。
「つ、次は直登だろ、はやく来いよっ!」
気恥ずかしさから乱暴に手を出す武瑠に、微振動が続く地面に座っている直登が手を上げた。
「はやく来いって言われても、俺立てないしぃ」
それは武瑠をからかう意味だったのだが、そうとは取れない男がいた。
「ごめん、僕のせいで……。相模くんには、本当に申し訳ないことをしてしまって……」
真治は、腹部を押さえながら深々と頭を下げた。
「あ、いや、俺はそんな意味で言ったんじゃ……」
これには直登も、気まずそうに頬を掻くしかなかった。
右足の骨折も左足の捻挫も、原因は真治だったのだから。
「そんな話はあとにして、相模を持ち上げるのを手伝ってよ真治くん。さっさとこの男を船に入れて、俺は由芽を連れてきたいんだからさ~」
皆本の言葉に頭を上げた真治がうなずこうとした時、武瑠の名を叫ぶ聞き覚えのある声がした。
「神楽……か、神楽ぁぁぁッ、たすけて――たすけてくれぇぇぇッ!」
その叫び声に武瑠は反応する。
「今河?」
「どうしたの神楽くん、何かあったの?」
ハッチの上で立ち上がった武瑠に、佳菜恵が不安そうな声をかけた。
「佳菜恵ちゃん、今河だ! あいつまだ生きてたよ!」
興奮した口調で言い返し、船から飛び下りる武瑠。
50メートルほど離れた所にギガンストルムが立っている。
その手に捕らわれている今河が助けを求めていた。
「悪運が強いとは思っていたけど、ほんとうに生きていたとはね~……」
武瑠の横に並んだ皆本が、げんなりとした表情を浮かべた。
「俺、あいつをこのまま置いて今すぐ脱出……ってのに一票なんだけど~」
「おいおい、それはあんまりなんじゃないか?」
皆本の冷たいひと言に、武瑠は少しだけ今河に同情してしまう。
確かに、今河の行動を思い返せば気持ちはわからなくもない。
美砂江や桃香が死んでしまった原因を作ったのは今河であり、皆本にとっては大切な人を……由芽を殺されてしまったのだ。
しかし、それでも助けを求めるクラスメイトを見捨てることは出来ない。
武瑠はどうやって今河を救うかを考えていたのだが、
「僕も皆本くんに賛成だよ」
真治も皆本に賛同してしまう。
「お前までなに言ってるんだよ真治。俺だって今河は好きじゃないけど、それでもあいつはまだ生きているんだぞ! このままじゃ……」
「待って、落ち着いてよ神楽くん! なにか勘違いしているよ」
「勘違い?」
真治は真剣な表情で頷く。
「僕も皆本くんも、今河くんのことは嫌いだよ。けど、助けたくないわけじゃないんだ」
「だったら……」
なぜ見捨てるなんてことをいうのかと言おうとする武瑠を、真治は制した。
「助けようとしても助けられないんだよ……」
「なんでだよ!? やってみなきゃわかんないじゃないか!」
真治はルベルスに背中から腹を貫かれるという大怪我をしているので無理はさせられない。
でも、皆本とふたりならなんとか活路を見いだせるのではないかと思っているのだ。
真っすぐな眼差しで見てくる武瑠の目を、真治は哀しそうに見つめ返す。
「神楽くんは気付いてないみたいだけど、皆本くんはお腹に銃弾を受けているんだ。どれだけ強靭な精神力をしているのか知らないけど、平然とした顔で立っていられるのが僕には信じられないよ……」
「じゅ、銃弾って……ほんとうなのか皆本!?」
「ま、まあね~。俺も流れ弾に当たっちゃってさ~」
皆本は「そんなに見つめるなよ~。メタボがばれるだろ~」という冗談を言いながら笑顔を見せる。
よく見れば皆本の下腹部。ズボンのベルト下には小さな穴が開いている。
由芽の血だとばかり思っていた武瑠は愕然とした。
「冷静に戦力分析をすれば、あのバケモノを倒すことは出来ないよ。それどころか助けに行った僕たちの方が殺されることになっちゃう……」
「そ、そんなこと言われても……」
おそらくは真治の言うことの方が正しい。
今河を助けるために行動したとしても、返り討ちになったあげくに結局は今河も殺されてしまうだろう。けれども――頭では納得してしまっても心が納得できない。
現に今河は生きていて、必死に助けを求めているのだ。
「ぎゃあああああああああああああッ!」
今河の絶叫が響き渡った。
ギガンストルムがその鋭い爪を、今河の太ももに突き刺したのだ。
「あの野郎~。俺たちを誘っているってか~?」
皆本の顔が苦くなる。
頭を掴まれて持ち上げられている今河は、さらに反対の太ももにも爪を突き刺された。
それでも必死に助けを求めて悲鳴をあげる。
拳を固めて前へ出かけた武瑠を真治が押し止めた。
「ダメだよ神楽くんッ、皆本くんは今すぐ脱出しようって言ったでしょ!? 物部さんを置き去りにしてでも、ここは逃げなきゃダメなんだって判断した気持ちを考えてあげてっ!」
「ぅぐッ!」
唸った武瑠は前へ出ようとする気持ちを抑えた。
物部由芽は、皆本にとってかけがえのない存在だ。
銃弾をその身にうけていようとも、一緒に帰るためにここまで連れて来た大切な人である。
皆本は何も言わない。
向こうに寝かせている由芽の方を見ようともしない。ただ真っすぐにギガンストルムを見据え、その動向を警戒している。
◇
激痛に悲鳴を上げながら助けを求めている今河。
なにやってんだよあいつらはッ!?
さっさと助けに来いよッ!
これだけ叫んでいるのに動こうとしない武瑠たちに怒りを爆発させている。
「おい神楽ぁッ、お前は仲間を見捨てないんじゃなかったのかよッ!」
鷲掴みにされている頭、爪で貫かれた両足が痛くて堪らない。自力で逃げ出すことが出来ないとわかっているからこそ誰も来てくれないことがもどかしい。
「俺を見捨てる気かッ! おまえら最低だッ、人間のクズだッ! 死ねッ、俺の代わりにお前らが死ねばいいん……ッ!」
罵詈雑言を叫ぶ今河だったが、ギガンストルムに喉笛を潰され声が出せなくなった。
なんだよその目はよぉ……。やめろ、やめてくれ……
うるさく騒がれ、怒りに満ちた顔のギガンストルムに恐怖で震え上がる。
こ、殺さないで……死にたくない。た、頼むから殺さないでくれぇッ!
涙と尿を垂れ流し、声にならない声で懇願するが――
シュッ
と紙を切ったかのような音と同時に、今河は腹部に熱さを伴った痛みを覚えた。
なんだ? なにが起きたんだ!?
ボタボタとなにか濡れたものが地面に落ちる音。そして、身体が少し軽くなったような気がするが、頭を鷲掴みにされている今河はそれがなんなのかを確認できない。
「あー―」
不意に拘束から解放された今河が地面に落ちた。
しめたッ、今のうちにっ!
逃げ出そうとするが――身体はピクリとも動かず、顔もベタベタする。
ちくしょうっ、水たまりができてんのか!?
髪が水分を吸収しているのを感じる。ここで、目の前にある「異物」に気がついた。
なんだよー―これ……
動揺はしているが、ソレが何なのかを今河は知っている。想像していたよりもピンク色で細長いソレは、まるで大きなミミズのようだった。
なんとか動いてくれた首でうつむくと、ソレが自分の腹部からこぼれているのだと知ってしまう。
う、うそだろ――な、なんで――なんで……
不思議と痛みを感じないことに疑問を持ちつつ、その『内臓』を拾い集めようとするが、やはり身体は動いてくれない。
そんな今河を跨いで前へ出たギガンストルムは、猛スピードで武瑠たちへと走り出した。
身体は動かず声も出せないが、意識だけははっきりとしている今河は無音の叫びで助けを求め続ける。だが――――その声は絶命するそのときまで、誰にも届くことはなかった。
◇
「来たよ神楽くん、急いでッ!」
真治がそう叫んだのは、武瑠が皆本と一緒に船の『運転手』である政木を船へと運んでいる最中だった。
今河を見捨てることに抵抗はあったが、助けに行けば全滅しかねない。
「神楽だけが背負う問題じゃないぞ~。逃げるっていう決断が罪なら、それは俺たち全員で背負うべき罪なんだ。今は、ここにいる俺たちが生き残ることを最優先にしなきゃ~」
皆本にそう促され、武瑠は心を鬼にしてこのまま逃げるという決断をした。
「おっさん。さっさと入っておくれよ~」
腰を痛めていて動きが鈍い政木を、皆本が強引に船へと押し込んだ。「こらっ、もっと丁寧に扱えッ!」といった抗議の声が聞こえたが、それを無視した皆本は船から飛び降りる。
「ぐッー―ぃつぅ~~……」
着地した途端に腹部を押さえてうずくまった皆本。
「大丈夫か皆本!」
武瑠も船から飛び降りる。
「なんだ、神楽も降りてきちゃったの~? あのまま船に乗り込んでてもよかったのに~」
「バカなこと言うな。そんなこと出来るわけないだろ」
皆本はかなり痛そうではあるが、軽口を言えるくらいの余裕を見せてくれたことに、武瑠はひとまず安堵した。
まだ両足を負傷している直登を運ばなければならない。無茶を承知でもうひとがんばりしてもらわなければならないのだ。
だが、ギガンストルムはすぐそこまで迫って来ている。
「僕が時間を稼ぐから、ふたりは相模くんをお願いッ!」
そう言った真治が、返答を待たずにギガンストルムへと駆け出した。
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