六十六話 今河の誤算と最後の望み
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「あ~! 神楽と三島がイチャついてるぅ~っ」
手をつなぐ武瑠と一颯の後ろから場の雰囲気にそぐわない明るい声が聞こえたのは、そろそろ船まで行かなくてはならないと、佳菜恵と真治に声をかけようとしたそんな時だった。
「み、皆本!?」
振り向いた武瑠の前には皆本がいた。
上半身は裸。
由芽をお姫様抱っこしながらにやにやした顔で、武瑠と一颯の繋がれた手を凝視している。
「あ」
「あ」
と、武瑠と一颯の声が見事にハモり、ふたりは慌てて手を離す。
「もう離しちゃうの~? そのままでもよかったのに~……あれ? ひょっとして俺、お邪魔だった~?」
「なっ、なに言ってんだよ皆本っ!」
「そ、そんなことないよっ」
顔を真っ赤にするふたりに、皆本は「ふ~ん」と意味深に口を弛めた。
「あれれ。ひょっとして、真治くんは改心したのかな~?」
武瑠の隣に立った皆本。佳菜恵と真治の姿に感嘆の声を出す。
「ああ。三島さんや佳菜恵ちゃんのおかげで、真治の誤解は解けたよ」
「そんな、私は何も……。先生の言葉が心に響いたんだと思う。それに、坂木原くんに話を聞いてもらえるように武瑠くんが頑張ってくれたから……」
「なんとなくわかったからもういいよ~。聞いてると背中が痒くなるからさ~」
由芽を抱いているので背中を掻けない皆本は、肩をムズムズと動かしてそれを表現した。
「さすが神楽ってところかな~。俺が見込んだだけはあるよ~! ようするに、真治くんのキレっぷりに業を煮やした神楽が何かを言って、猪突盲進になった真治くんにきつい一撃をお見舞いして、説得したってことでしょ~?」
「まるで見ていたかのような解説だな……」
その推測はほぼ的中しているのだが、「なぜわかる?」そう思ってしまう。
それを察したのか、
「真治くんから勝機を見いだせるとしたら、彼が執着していた神楽だけだったしね~。俺と戦う時の真治くんは格闘家になっちゃうけど、神楽となら感情がむき出しになって冷静でいられないだろうな~とは思ってたし……ま、うまく行ったんだから良かった良かった~!」
皆本は笑い「可能性は低かったけど、頑張った頑張った~!」と武瑠を称賛する。
同じ言葉を二回続けて言われると
バカにされていると思ってしまうのはなぜだろう?
と、武瑠は苦笑いしてしまう。
「それにしても、皆本くんも無事で良かった」
今さらだが、一颯は皆本の無事を喜ぶ。それは武瑠も同じだった。
「あの大きなトニトゥルス……ギガンストルムは倒したのか?」
皆本は由芽と桃香を救うための時間稼ぎのため、ギガンストルムを引き付けてくれていた。
その皆本が戻ってきたということは……。
もしかしたらという期待を抱く。
「無理無理。やってみたんだけど倒せなかったよ~。あいつは今河を追いかけて行ったからさ、その隙に逃げてきた~」
「今河のやつ生きていたんだな」
「ああいう奴はゴキブリ並みにしぶといからね~。運が良ければ、島が沈んでも泳いで戻ってくるんじゃないかな~?」
今河ならもしかして……。と武瑠もそう思ってしまう。
彼に対しての心境は色々と複雑ではあるが、今から探しに行く時間は残っていないので無事を祈るしかない。
「由芽は? 気絶しているみたいだけど大丈夫なの?」
一颯は皆本に抱かれる由芽を心配そうに見つめた。
「大丈夫って言われても……。心配はありがたがっていると思うけどさ、もう死んじゃってるから、返事は出来そうにないよ~」
え?
ごく自然な……。まるで日常会話のような言い方に、武瑠と一颯がその言葉を理解するのに数秒かかった。
皆本に抱きかかえられている由芽は眠っているように見えるが、胸の辺りが血に染まっている。
「今河がマシンガンを乱射したもんだから、流れ弾に……ね」
そうつぶやいた皆本は、いとおしそうに由芽の〝寝顔〟を見つめた。
「そんな……」
一颯は小さく息を漏らし――何も言えなくなった。
それは武瑠も同じだったが、
そうか、だからみんなと一緒にいたのか……
夢の中で、貴音たちの中に由芽もいたことを思い出す。
桃香や美砂江と仲良く寄り添っていた彼女も、武瑠を励ましてくれたのだ。
「皆本、すまない。俺……」
武瑠は胸が押し潰されそうな思いだ。
皆本がギガンストルムを引き受けてくれた時、由芽と桃香を守ると約束した。それなのに桃香は間に合わず、由芽は――
「俺がひとりにさせなければ……」
由芽をひとりにさせたことを心から後悔する。
あの時はそれが最善だと思ったのだが、それでも「もっと他にやりようがあったのではないか?」と思ってしまう。
どんな謝罪をしてもし足りない。失った命は決して戻っては来ないのだから。
「別に神楽が悪いわけじゃないだろ~? それに、何があったのかは一目瞭然だしさ~」
皆本は、二匹のトニトゥルスの死体と真治の姿から、ここでの出来事を察していた。
「神楽に恨み言なんてないよ~。もちろん、由芽だってそんなこと思ってない。俺が保証するよ~」
「で、でも、俺はお前と約束を……」
「ちょっと待ったっ!」
まだ謝ろうとする武瑠に皆本は声を張って止める。そして懇願するような目を向けてきた。
「神楽は約束を守る努力をしてくれた。それで十分だし、由芽だって神楽に謝ってほしくなんかないさ。むしろ神楽が謝れば謝るほど、由芽は自分を責めることになる。そんなことはさせないでほしい……」
こんな顔でそう言われてしまっては何も言えない武瑠。
物言わぬ由芽の寝顔を見つめる。
「頑張ったことが全て良い結果になるとは限らないんだよ?」
夢の中で由芽はそう言っていた。あれは自分の行動の事も含まれていたのかもしれない。
固く目を閉じた武瑠に、皆本は少しだけ微笑んだ。
武瑠が『皆本を心配して行動した』由芽の気持ちを汲もうとしてくれているのを、十分に感じるのだ。
「でわでわ、さっさとこんな島からはおさらばしちゃおうか~!」
由芽を抱え直した皆本は、ふたりに明るく声をかけた。
涙を拭った一颯が頷く。
武瑠はふたりの前に出て振り向いた。
「そうだな、ふたりは先に船に行っててくれ。俺は直登たちを連れて来るからさ。皆本、疲れているだろうけど……」
「心配しなくても三島のことは任せとけって~。歩けないようなら抱っこして連れていくからさ~!」
皆本が親指を立てた。
「抱っこって……」
戸惑う一颯に、皆本は笑みを浮かべる。
「……おまえって、そういうこと言うキャラだっけ?」
武瑠は、冗談だとわかっていても力が抜けてしまった。と同時に、嬉しさもこみ上げてくる。
「両手に花でラッキーなんだけど……ダメ~?」
いたずらっぽく言う皆本に、
「ダメだ。三島さんを抱っこするのは俺なんだからな!」
そう言い返していた。
「た、武瑠くんまで!? な、なに言ってるのよっ!」
赤面する一颯に武瑠は微笑み、直登たちへと向かう。
ふざけているように見えても、決して慎重さを失ってこなかった皆本が浮かれている。
近くにトニトゥルスはおらず、真治も改心してくれた。
本当に助かるんだ!
俺たちは生きてこの島を出られるんだっ!
武瑠も気持ちが高ぶってくる。
歩くことが出来ない直登を船まで連れていくため、佳菜恵と真治に声をかけた。
皆本は「由芽、少しだけ待っててくれよ~」とでも声をかけたのだろうか。下ろした由芽を横に寝かせて一颯を背負っている。
あとは船で脱出するだけ。
――――しかし、事はそう簡単にはいかないようだ……。
◇
水平線へと沈みかけている夕日も、僅かに頭を残すだけとなっていた。
穏やかな波に反射する西日をその身に受けて、ギガンストルムは瓦礫の少ない海岸線の道を足早に歩いている。
シルエットになっているため表情をうかがい知ることは出来ないが、その足は確実に武瑠たちのいる港へと向かっている。
「ウ゛ー―ウ゛ぅぅ……」
低く重い呻き声が静かに響いた。
ギガンストルムに頭を鷲掴みにされ、動かない身体を引きずられている今河の絶望に満ちた声だ。
歪に変形している手足。それは追いつかれてしまった時に骨ごと握り潰されてしまったものだった。
芋虫のように身体をくねらせる気力も体力もすでになく、
殺すなら――
どうせ殺すなら、はやく殺してくれぇッ!
言葉にならない声もギガンストルムへは届かない。
歩かれるたびにその振動が伝わり、例えようのない激痛が突き抜けてくるが気絶をすることも出来なかった。
意識が遠くなると、ギガンストルムは軽く首筋に噛みついてくる。その唾液には薬のような成分が含まれているのか、なぜか強制的に覚醒させられてしまうのだ。
こ、こんなの、なぶり殺しじゃねぇかっ!
まるで苦しむ姿を楽しんでいるかのような扱いに涙があふれ出る。
なんで皆本を襲わなかったんだよ!?
わざわざ獲物を用意してやったじゃないかよぉ……
血と汗と涙でベトベトになっている自分を満足そうに見てきたギガンストルム。
今河は声にならない疑問を投げかける。
動けない皆本を囮にすれば自分は助かるに違いないと思っていた今河にとって、ギガンストルムがさっきまで戦い、何度も苦痛を与えてきた皆本を無視してこちらに向かってきたのは大きな誤算だった。
こんなことなら、余計な事をするんじゃなかったぜ……
悔やんでも悔やみきれないほどの後悔。
余計な事とはサブマシンガンを発砲したことだ。
――あの時の今河の行動は、皆本を助けようとしたわけではなく、本心は「銃を撃ってみたかった」このひと言に集約される。
強力な武器を手に入れた彼は有頂天にはなっていたが、試し撃ちのようなむやみな発砲はしていなかった。
それは、発砲音でトニトゥルスがやって来るのを防ぐためではあったのだけれども、〝撃ちたい〟という衝動を抑えるのは精神的苦痛だった。
そこへ現れたのが皆本とギガンストルム。「いいトコに来てくれたじゃねえか」と口を弛ませた今河は音を立てずにギガンストルムの後ろへと回り込み、喜びに満ちあふれた表情で引き金を引いた――。
引き摺られながら港へと入った今河は目を見張る。
あ、あれはっ!
激痛と絶望に打ちひしがれていた目に希望の光が燈った。
「神楽……か、神楽ぁぁぁッ、たすけて――たすけてくれぇぇぇッ!」
黒い船体の前にいる武瑠の姿を見た今河は叫んだ。
呻くことしか出来なかった激痛も忘れ、力の限り声を張り上げた。
最後の望みを賭けて――――。
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読んでくださり ありがとうございました。




