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十一話  皆本の実力

 □◆□◆


 ★


 武瑠たちは娯楽施設に来ていた。

 まだこの島がにぎやかだったころ、ここは人々の憩いの場だったのだろう。

 ボロボロになった数台のビリヤード台や卓球台が残されている。受付前を通ったその奥は、ボーリング場になっているようだ。


「神楽、船長さんいないよ。ほんとにここにいるの?」


 倉庫から出てきた武瑠に、由芽はブラウスのホコリを掃いながら不信な目を向けてきた。

 ビリヤード台に触れて汚れてしまったらしく、ご機嫌斜めなご様子だ。


「どこにいるか判らないから探しているんでしょ。それに、この建物が怪しいって言ったのは由芽だよ?」


「そうだっけ?」


 たしなめるような桃香の目に、由芽は笑って誤魔化す。


「こっちには誰もいないみたいだ。武瑠、そっちはどうだ?」


 手作りの槍を片手に、直登が受付横のトイレから出てきた。


「倉庫にも誰もいなかった。望みは薄いけど、誰か隠れてるとしたらあとは奥のボーリング場だな……」


 倉庫には、ボーリングの玉や予備の卓球台などがしまってあるだけだった。

 もしかしたら、奥のボーリング場に船長の中森が隠れているかもしれないし、クラスメイトの誰かが隠れているかもしれなかった。


 しかし、別のなにかが潜んでいるかもしれない。


 武瑠は両手で角材を握って、慎重にボーリング場へと入った。

 後ろに皆本が続く。


 暗くがらんとしたボーリング場だが、電灯の明かりがないのでよく見えない。


「だ、だれかいますかぁ~?」


 武瑠と皆本の後ろ、ボーリング場の入り口から覗き込んだ由芽の静かな声が、高い天井にあたってこだました。

 ・

 ・

 ・

 返答はない。


 物音ひとつしない場内、誰かが隠れているとは思えなかった。


「だれもいないみたいだな。別の場所を探してみよう」


 ボーリング場に背を向けようとした武瑠を、皆本の木刀が止める。


「ストッ~プ。 気をつけろよ~神楽、ナニかいるぞ~ここ……」


 あいかわらずなやる気のない声を出し、皆本は暗がりのある一点を見つめていた。


「皆本、だれがいるって?」


 皆本の視線を追った武瑠は、レーンの奥、投球した玉やピンが落ちていく穴からこちらを窺う人影に気がついた。


「いまがわ?」


 そこに隠れていたのは今河辰好だった。


「い、今河なのぉ……」


 後ろで由芽が、心底嫌そうにつぶやいた。



 今河は、学園のタチの悪いグループに属する一人だ。「No2」を自称し、グループを仕切っていた座間功にはご機嫌を取ろうとするが、他の人は見下してやたらと偉ぶる自己中心的な男だ。

 普段の素行からクラス以外でも嫌われているが、何かあれば座間の名を勝手に使い、不良たちをけしかけてくるので文句も言いにくいという厄介な男だった。



 由芽や桃香の顔は渋かったが、武瑠は生きているクラスメイトがいたことを素直に喜んだ。


「今河じゃないか、なんで返事しないんだよ! はやくこっちに……」


 迎えに行こうとした武瑠を、再び皆本の木刀が止めた。 


「あせるなよ~神楽。俺は『誰か』じゃなくて、『ナニか』いるって言ったんだぞ~」


「え? それって……」


 どういうことなのか聞く間もなく、手荷物を置く棚の影から黒い物体が飛び出して来る。


「ッ! うわあぁぁぁッ!」


 眼前に迫るのは『コウモリ顔』のバケモノ。

 武瑠はその鋭い牙を前に、気を抜いてしまった自分を呪った。


 隠れているクラスメイトの姿が見えたからといって、バケモノがいないとは限らない。

 それは頭では解っているつもりだった。

 油断から、手にする角材を下ろしてしまったのは迂闊以外のなにものでもない。今から角材を振り上げようにも、身体は恐怖で硬直してしまっている。


 武瑠は〝死〟という恐怖から、固く目を閉じる。



 ――喉に牙が喰い込む。

 もがいても、バケモノは決して離れてはくれない。

 自分の血で窒息するのが早いか、バケモノに止めを刺されるのが早いか……。

 どちらにしても、武瑠の命の灯はここで消える――。



 そうなってもおかしくはなかった。


 皆本の木刀がバケモノを弾かなければ……。



「ィー―ヤァッ!」


 気合いとともに突き出した皆本の剣先は、バケモノの喉元を捉えた。


 カウンターを喰らったバケモノは、喉を支点に大きく反返って背中から床に落ちる。が、すぐに起き上がると、長い触角を忙しく動かしながら後退する。


 それでも、素早く詰め寄った皆本の方が速かった。

 振り下ろされた木刀がバケモノの頭を打つ。しかし、


「あっちゃ~、浅かったか~。思ったより速いねキミ~」


あたったのは剣先だった。


 皆本は、緊張感のない声で苦笑いする。


 額の産毛を血で濡らし、飛びかかってくるバケモノ。

 皆本は床に転がって逃れる。


「皆本ッ 逃げろ!」


 武瑠は、皆本に追撃をかけるバケモノの背中へ角材を投げた。


 だがそれがマズかった。

 飛び上がって角材を避けたバケモノは、そのまま中腰状態の皆本の後ろに回り込む。

 結果として皆本の無防備な背中を晒させてしまった。

 皆本を助けるつもりが、逆に窮地へと追い込んでしまう。


 武瑠の全身から血の気が失せる。しかし皆本は、


「ナ~イスフォロ~だな神楽~」


嫌味はなく、さわやかに笑った。


 左足を支点に、コマのように回った皆本は横一線に木刀を振る。


 バケモノは身を反って避けようとするが、攻撃態勢に入っていたために反応が遅れた。

 それでも、被害は断ち切られた触角一本で済ませたようだ。


「反応速度も一級品か~」


 皆本は、飛び退いて後退するバケモノを素直に褒める。


 着地したバケモノがよろけた。倒れそうになるのを数歩かけて堪えるその姿は、まるで酔っぱらいのようだ。


「なるほどね~。そういうことなのかな~?」


 何かに納得したように、ニヤリと口を緩ませながら皆本が動く。


 バケモノは正面から迫る皆本から逃れようとするが、短い足をもつれさせておぼつかない。そして――


 縦一線に振り下ろされた皆本の木刀は、今度こそバケモノの頭を直撃した。


 キュュュュ……


 それが悲鳴だったのかはわからない。

 だが、数回痙攣したバケモノの身体は力を失い、動かなくなった。


 武瑠は、絶命したバケモノを呆然と見下ろしている。


 長年剣術を磨いたような皆本の剣技は、見事にバケモノの頭を割った。

 剣道部でも強い方だとは聞いていたが、これほどまでとは思っていなかった。

 みんなで協力すれば、なんとか追い払うことくらいは出来るだろうくらいにしか思っていなかったのだ。



「神楽、コレありがとな~」


 皆が言葉を失うなか、皆本は回収した角材を武瑠に差し出した。


「あー―ああ……」


 気の抜けた返事で受け取った武瑠。


 一度は〝死〟を覚悟しただけに、命を救われたのは幸運としか言えなかった。

 しかも、バケモノを倒すというおまけ付きなんて予想だにしない結果だった。


「皆本っ、おまえスゲエな!」


 興奮した直登が沈黙を破る。


「このバケモノをやっちまうなんて、お前スゲエよ!」


 大きな声を出してしまう気持ちはよくわかる。

 武瑠も同じ気持ちなのだが、バケモノを倒したという現実があまりにも信じられなくて、心がマヒしているような――そんな感じで興奮出来ずにいた。


 皆本は興奮する直登を気にする様子もなく、いつも通りの態度で眠そうな目をこすっている。

 さっき見せたの気合いがウソのようだ。


「こ――これが、相模くんと神楽くんが言ってたバケモノなの?」


 由芽の腕にしがみつきながら、おそるおそるバケモノを覗き見た桃香。

 頭を割られたその形相と目が合ってしまい、慌てて目を逸らす。


「ほ、本当にこんなのがいたなんて……。目の前にいるのに、まだ信じられないわ……」


 由芽は現実を受け入れようと、しっかりとバケモノを見据えている。


「は、はははは。これなら島を脱出しなくても、バケモノはみんな皆本がやっつけてくれるかもな」


 そう直登が笑った。

 もちろん冗談ではあるが、少なからず期待もあるようだ。


「それは無理~。今のは運が良かっただけ~」


 皆本はパタパタと手を振る。


「そうなの? 油断さえしなければ簡単なんじゃないの? 私たちには余裕~って感じに見えたけど……ねぇ?」


 由芽に同意を求められた桃香は頷く。

 しかし皆本は首を横に振った。


「神楽たちの話で想像していたより、ずいぶんと動きが速かったからね~。 最初から俺を狙ってきたのなら、あんなにうまくいかなかったんじゃないかな~。1対1ならなんとかなるかもしれないけど、二匹以上いたら……。 残念ながら期待にはこたえられそうにないよ~」


 そう言ってボーリング場を出て行く。

 つられた武瑠たちもその後を追った。


「お、おい、まて、待てよッ! おれも 俺も一緒に行くって!」


 あわてて穴から這い出てきた今河が駆け寄って来る。


「あちゃ~、そういえば今河がいたんだっけ。 忘れてた……」


「おれも……」


 顔を見合わせた由芽と武瑠は苦笑いした。

 皆本は先に行ってしまったが、武瑠たちは今河を待つ。


 今河は絶命しているバケモノの傍で立ち止まる。汚いものを見る目で見下ろし、恐る恐るつま先で蹴った。

 そして、本当に死んでいると知った途端、その体や顔を何度も踏みつけだした。


「なんだコイツッ! 弱いくせに人のこと追いまわしやがって!」


 狂ったようにバケモノを踏みつける。

 今河に何度も踏まれるバケモノの顔が、ぐちゃぐちゃになっていく。


「お、おい今河。そのへんにしておけよ」


 武瑠は今河を止めた。

 バケモノに同情したからではない。

 絶命しているバケモノを、嬉しそうに踏みつけるその姿が見るに堪えられなかったからだ。


「ああ、今行く。――もう一発だけッ!」


 肩で息をしながら、最後に一蹴りした今河は満足そうな顔で歩み寄ってきた。


「なんだよ、桃香も一緒だったのか! 探しに行こうとしてたんだ、俺がいなくてさみしかったか? ん?」


 桃香の姿を見つけた今河は、怯えるその肩を嬉しそうに抱いた。


「い、今河くん。ぶ、無事で良かったね……」


 愛想笑いで誤魔化して逃れようとする桃香だが、


「バケモノがあんなに弱かったなんてな、とんだ見かけ倒しだ。桃香、これからは俺が守ってやるからな」


 今河は気にもしない様子で顔を近づける。


 由芽が、あきらかに嫌がる桃香の手を引いて助けだし、


「ちょっと今河何やってんのよッ! 桃香はあんたの彼女じゃないのよッ!」


 桃香と今河の間に入る。

 助かった桃香は由芽の後ろに隠れた。


 普通なら嫌がっているとわかるものだが、今河の見解は違った。


「桃香は気持ちを素直に表せないだけさ。そんなに照れなくてもいいんだぞ」


 全てを自分に都合のいいように解釈する。当然自分を睨む由芽は視界に入っていない。

 今河はいやらしい笑みを浮かべながら桃香を覗き込むが、気の弱い桃香は震えている。


「今河、お前いい加減に……」


 見るに見かねた武瑠より先に、直登が今河に声をかけていた。


「今河、お前無事で良かったなぁ!」


 大袈裟に喜んでみせた直登は今河の肩を組んだ。再会して早々のケンカを避けたのだろう。


「なんだよ相模! 気持ち悪いからくっつくなッ!」


 桃香に近づくのを邪魔されて不機嫌になった今河。


 直登に気を取られている隙に、武瑠は桃香たちを下がらせる。


「兵藤から話は聞いているぞ。 お前たちも大変だったみたいだな」


 気を使う直登だったが、


「あ? 兵藤は生きてんのか? ……ああ。いきなりバケモノが襲ってきやがったんだ。俺はうまく逃げたけど……他のやつらはどうなったって? 誰か死んだのか?」


 今河のその言い方に武瑠の頭に血が上る。


 「誰か死んだのか」だって? 仲間だろ?

  無事かどうかを心配するものじゃないのかよッ!


 そう言ってしまう前に、武瑠は深呼吸して自分を落ち着かせた。


「今河、落ち着いて聞いてくれ。あのバケモノに襲われて何人も犠牲者が出てる。その……三屋と――」


 一度言葉を切る。


「――座間も――死んだんだ」


 武瑠は、今河がパニックになるのではと心配になる。


「死んだ? 座間がか……?」


 うつむいた今河は肩を震わせる。


 今河は座間と行動することが多かった。

 数少ない仲間が死んだと聞かされて悲しむ姿に、なんて声をかければいいのかわからない。


 だが、そんな武瑠の想いは意外な形で裏切られる。


 声を押し殺していた今河が、楽しそうに笑い始めたのだ。


「お、おい今河。大丈夫か?」


 気が変になってしまったのかと心配した直登が声をかけた。


「大丈夫かだぁ? これが笑わずにいられるかよっ! そうか、座間のバカは死んだのか! いつも偉そうにしてたわりには、たいしたことなかったなぁ!」


 仲間が死んだというのになにを言い出すのか。


「今河……? そんな、そんな言い方ってないだろッ!」


 武瑠は、怒りで毛が逆立つような感覚を覚えた。


「神楽さぁ、いい子ぶんなよ。お前だって座間には迷惑してたんだろ? 目障りな座間が死んだのならこれからは平和なクラスになるじゃねぇか。そうだろう?」


 武瑠は、笑いながら肩を組もうとしてきた手を払いのけた。


 たしかに座間は、お世辞にも素行が良いとはいえない男だった。

 だが、硬派を目指していた彼は、なにかとクラスメイトに絡む今河の押さえ役にさえなっていたくらいで、少なくともクラスに迷惑をかけるタイプではなかった。


 今河は手を払われたことなど気にもせず、座間の悪口を言い続ける。

 自分のことを棚に上げ、死んでしまった者を笑う今河。


 我慢の限界を超えた武瑠は拳を強く握った。

 そのまま詰め寄ろうとするが、直登の手が武瑠を抑えていた。


 落ち着け武瑠


 目がそう言っていた。


「今河、俺たちこの島を脱出しようと思ってるんだ。それでな、船を動かしてた中森さんって人見なかったか?」


 直登は今河を押すようにして、怒る武瑠の前から外へ連れ出した。



「あんなやつ連れて行くことないのに。ここに縛り付けておけばいいんだよ」


 今河の姿が見えなくなると、由芽が憎々しくつぶやいた。


 それは武瑠の頭を過った事でもあるが、本当にそんなことをするわけにもいかない。

 けれども、由芽が代わりに不満を口にしてくれたことで、武瑠は落ち着きを取り戻すことが出来た。


  まったく、武東たちの時とは逆になっちゃったな


 武東たちを説得しようとした時は、直登が怒って武瑠が止めた。

 状況に応じてお互いをフォローし合うのはいつものことだが、武瑠は自分の短気さを反省する。

 あんな今河でも貴重な生存者だ。手をだして関係がこじれてしまえば、彼は独りで行動することを選ぶかもしれない。

 すでに何人ものクラスメイトが命を落としているなか、これ以上犠牲者を出したくはなかった。


「あ、あの、神楽くん」


 ボーリング場を出ようとした武瑠は、後ろから桃香に声をかけられた。


「その……助けてくれてありがとう」


 由芽の背中から顔を出す桃香は、ちょこんと頭を下げる。


「それは直登に言ってやってくれ、動くのはあいつの方が速かった。それにしても……。気にしたことなかったけど、今河はいつもあんな感じで七瀬さんにせまってくるの?」


 桃香は脅えた顔をしながら、本当に嫌そうに頷く。


「今河のヤツ、何度も桃香にフラれてるくせに、本気でそれに気づいてないんだよ! ほんっとにウザったい! いい加減フラレてるのに気づけてぇのッ!」


 由芽が鼻息を荒くして、出て行った今河へ向かって中指を立てた。



 □◆□◆


読んでくださり ありがとうございました。

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