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後編

それ以外にも、イングリッド様はいろいろなことを話してくれました。


どうなさいました?


キャサリンと私が、いつからそのすべてを知っていたのか、気になっていらっしゃるのですか?


もう何年も前のことですよ。


確か、陛下が病に倒れ、寝たきりになられてから、一、二年ほど経った頃だったでしょうか。


イングリッド様は、とうとう陛下の疑り深さに耐えられなくなってしまったのです。


陛下はいつも、イングリッド様がほかの男性を好きになるのではないかと心配なさっていましたものね。イングリッド様が宮殿を離れることさえ、不安で仕方がなかったのでしょう?


それでイングリッド様は、宮廷での職を辞することにしたのです。


もっとも、その頃にはもう、大した仕事は任されていませんでしたけれど。

キャサリンが登用した女性官吏たちのほうがずっと有能で、政務にも熱心に取り組んでいましたから。


イングリッド様が本当に女性の権利をそれほど大切に思っていたのなら、もっと女性官吏を増やすべきだと、とっくに議会に提案していてもよかったはずでしょう?


それなのに、どうして先に思いついたのはキャサリンだったのでしょうね?


陛下も覚えていらっしゃるでしょう。


イングリッド様は公爵家の保護を断り、私たちが勧めた護衛も拒んで、身分を隠して旅に出るつもりだとおっしゃいました。

あの方は本当に大したものです。お父様やお兄様が差し向けた捜索隊を、何度も何度もかわしてみせたのですから。


残念ながら、私たちからは逃げられませんでしたけれど。


首都を出たばかりのところで、キャサリンが差し向けた者たちに見つかり、連れ戻されました。


そして、そのまま私の尋問室へ送られたのです。


陛下、あの場所を覚えていらっしゃいますか?


陛下が直々に命じて、私のために造らせた、あの尋問室ですよ。


私に妃嬪としての教育を施した教師たちは、愛の女神から使命を授かった聖女である以上、私は「真実の愛」を守るために全力を尽くさなければならない、と教えてくれました。


そのために、実にさまざまな技術を身につけさせられたのです。


イングリッド様に命じられて毒薬を調合し、後宮のほかの女性たちに飲ませたり、夫人の敵を拷問して情報を聞き出したりしていた頃は、ただただ面倒だとしか思えませんでした。


けれど、キャサリンとあの二人の子供たちのためとなると、まるで違ったのです。

していることは同じなのに、心は満たされて、とても楽しい気持ちになりました。


本当に不思議ですよね。


ただ、キャサリンは、私が自分の手を汚すのを見るのは嫌だと言うのです。


ですから、重くて複雑なおもちゃはしまって、最低限の処置だけで済ませることにしました。


おかしいですよね。


私、ちゃんと手を洗っているのに。

孤児院にいた頃から、修道女の方々には、病気がうつるのはとても危険なことだと、繰り返し教えられてきましたもの。


ここだけの秘密をお教えしましょうか。


私、苦痛について研究するのが大好きなのです。


肉体の苦痛も、心の苦痛も、どちらもとても興味深いものですから。


苦痛というのは、一種の警告なのです。

身体や心が傷つけられると、私たちは痛みを感じます。

それは、傷つけるものから離れなさい、という警告なのでしょう。


けれど、痛いとわかっていても、自ら近づいていく人がいます。


真っ赤に焼けた焼きごてを押し当てられても、守っている秘密を決して明かそうとしない人だっているのです。


不思議だと思いませんか?


……そのお顔では、あまりおわかりにならないようですね。


それが、愛なのですよ。


愛とは、もともと甘くて、痛みを伴うものなのです。


人は愛のために苦痛を耐え忍びます。

傷つくとわかっていても、そこに留まることを選びます。

そして時には、愛のために命を捧げることさえあるのです。


……本当に不思議だと思いませんか?


それに、「真実の愛」。


陛下も、イングリッド様も、教師たちも、私に全力で守るよう命じた、あの「真実の愛」です。


たとえば、今だってそうです。


キャサリンは遠い故郷へ行ってしまって、わざわざ時間を割く価値もないような人たちと話をしなければなりません。

彼女がそばにいないことを思うたび、私の左胸はしくしくと痛むのです。


けれど、毎日届く彼女からの魔法の伝言を受け取って、キャサリンも私を恋しく思ってくれているのだと知ると、その痛みは消えてしまいます。

代わりに胸を満たすのは、温かくて甘い、幸せな気持ち。


初めてキャサリンに会ったとき、私にはすぐにわかりました。


あのとき、誰もが私の表情をうかがっていましたね。


きっと、新しい皇后になる彼女に嫉妬しているのだと思ったのでしょう。


そんなわけがないではありませんか。


私が腹を立てていた相手は、最初から陛下、あなたでしたよ。


陛下はいつも、ご自分にはすでに「真実の愛」があるとおっしゃっていたでしょう?


それなのに、どうしてあんなにも賢くて、美しい女性を、ご自分のそばに置いておこうとなさったのですか?


でも、よかった。


その後、キャサリンも私の想いに応えてくれたのですから。


だって私は「帝国の薔薇」、この国で一番美しい女なのですよ?


うふふ。


こうして口にすると、やっぱり少し恥ずかしいですね。


……あら、私、どこまでお話ししたのでしたっけ?


そうでした。イングリッド様のことでしたね。


夫人は私の尋問室へ連れてこられたあと、そこに一足先にいらしていた何人かの「先輩方」とお会いになりました。


すると、あっという間に何もかも話してくださったのです。


陛下は、この世界が一冊の本だという話を信じますか?


私はもちろん、信じていません。


そんな可能性を考えるだけでも、ひどく嫌な気分になります。


私の名前も、身体も、運命も、能力も、すべて私自身のものです。


誰かに勝手に支配されるようなものではありません。


顔も見たことのない誰かに、自分の人生を勝手に決められるなんて、まっぴらですもの。


ああ、もちろん、女神様は別ですよ。


何しろ私は「聖盾の聖女」ですからね。


でも、陛下。


もし本当に、イングリッド様たちが言っていたように、この世界が一冊の本の中の物語なのだとしたら……。


そう考えると、実はとてもロマンチックなことだと思いませんか?


……そうは思われません?


あら。


陛下は今、毛布を手元に引き寄せたり、どうにかベッドへ戻ろうとなさったりして、お忙しいのですね。


私の話がよく聞こえなかったのでしょうか?


では、もう一度申し上げますね。


もしこの世界が本当に一冊の本の中の物語だったら、とてもロマンチックだと思いませんか?


イングリッド様によれば、その皇帝と王女の恋愛小説の中では、私たちはみんな脇役にすぎないそうです。


私はほとんど聖殿に籠もりきりの聖女で、出番もほとんどありません。

キャサリンはアッシュ王国の王妃で、あの王女の地位を守るために、ずいぶんと心を砕いていたのだとか。


つまり、その小説の中では、キャサリンと私はほとんど顔を合わせることさえなかったのです。


それなのに、今の私たちは出会い、こうして愛し合っている。


それは、私たちが本来変えられないはずの運命を乗り越えたということではありませんか?


物語の筋書きどおりなら、私たちは決して結ばれるはずのない二人だった。

それでも、互いを見つけることができたのです。


なんてロマンチックなのでしょう。


これこそが、きっと「真実の愛」なのですね。



でも、イングリッド様の話を、私のように受け入れられる人ばかりではないのですよ。


陛下、ご自分には何組もの元義父母がいらっしゃることを、お忘れではありませんよね?


特に、最初の皇后であったプリシラ様のご家族。

帝国で最も裕福な子爵家です。


かわいそうなプリシラ様。


イングリッド様は、物語に登場する「悪女皇后」になりたくなかったから、彼女を陛下に推薦して、妻に迎えさせたのです。


それなのに、後になって嫉妬したイングリッド様は、彼女を毒殺してしまいました。


陛下は、あの方のご家族がそんなことを受け入れられると思いますか?


今ではプリシラ皇后の甥がテレサの二人の夫のうちの一人となり、家門の栄誉も取り戻しました。

それでも、彼らが過去のすべてを許したわけではないのです。


イングリッド様も、そろそろ新しいことを書けなくなってきたようです。


キャサリンは約束しました。


イングリッド様が元の世界の知識や発明、物語を何一つ提供できなくなったら、彼女を外へ出してあげる、と。


陛下は、あれほど多くの人々から恨まれているイングリッド様を、ご家族が本当に守りきれると思いますか?


その中には、別の公爵家まで含まれているのですよ。



陛下も同じです。


あの女性たちは皆、きちんと審査を通過して、正式に後宮の妃嬪となった方々でした。

それなのに陛下は、皇后でもなければ後宮の一員ですらない女性が、彼女たちに手を出すのを放っておいたのです。


そうですよ、前皇帝陛下。


陛下ご自身も、大勢の人から恨まれているのです。


まさか陛下は、私が毎日わざわざ時間を割いて、陛下を苦しめる方法を考えているとでも思っていらっしゃるのですか?


そんなわけないでしょう?


キャサリンに、テレサとその子供たち、ダイナ、それからモニカ。


みんなの世話をしているだけで、もう手いっぱいなのです。


私だって、とても忙しいのですよ。


つい最近も、モニカのために「真実の愛の試練」を用意してあげたばかりです。

もっとも、私の経験からすると、あの男性はおそらく合格できないでしょうけれど。


アッシュ王国の引き継ぎが終わったら、今度はダイナの結婚式も控えています。


そうなれば、ますます忙しくなってしまいますね。


それなのに陛下は、あれもこれも「私による拷問」だとおっしゃる。


少し考えてみてくださいな。


毒を盛る?


火を放つ?


それとも、うっかり窓から落ちてきた、あのライオンのことですか?


まあ、なんということでしょう。


テレサの二番目の夫が、彼女のために開いたあの誕生日の宴を見たときに、気づくべきでしたね。

あの子爵家は、本当に芝居がかった演出がお好きなのですね。


そう考えると、穏やかな性格だったプリシラ様は、ご家族とはずいぶん違っていたようです。


私はそんなこと、いたしませんよ。


だって、ああいうやり方はあまりにも雑ですもの。


今日の陛下なら、もう十分おわかりでしょう?

そんなものを使わなくても、私は陛下に苦痛を与えられるのです。


それに、私が本気で毒を盛ろうと思ったら、そう簡単に気づかれるようなことはいたしませんよ。

陛下はもう何年も身をもって経験なさっているのに、まだおわかりにならないのですか?


私が侍従たちに、少なくとも陛下の身の安全だけは守るよう命じていなければ、陛下はとっくに亡くなっていたでしょうね。


陛下が今の女皇をどう思っていらっしゃるかは、誰もが知っています。


テレサがあれほど有能なのに、陛下は愚か者として名高い男の親族たちを、彼女よりも支持なさったのですから。


今となっては、陛下のために女皇を敵に回そうとする人が、いったいどれほどいるでしょう?

ですから、陛下を暗殺したところで、大して厳しい処罰は受けないだろうと思い込む人もいるのです。


それから、癇癪を起こして物を投げつけ、侍従を怪我させたなどという話は、もう二度と私の耳に入れないでくださいね。


衣服を洗い、絨毯をきれいにするには、数日かかります。


でも、ご安心ください。


この部屋には、温度を一定に保つための魔道具が備えられています。


衣服や絨毯がなくても、凍え死ぬようなことはありませんから。


新しいものを買い足したいとなると……。


それは少し難しいですね。


何しろ、陛下に割り当てられた生活費の大部分は、亡くなった後宮の女性たちのご遺族への賠償に充てなければなりませんから。


それも、陛下ご自身が招いた結果でしょう?


どうか、おとなしく生きていてくださいね。


何はともあれ、陛下とイングリッド様は、私がキャサリンと出会うきっかけを作ってくださった方々なのです。


そのことには、今でも心から感謝しています。


ですから、私のほうからお二人の命を奪うつもりはありません。


少なくとも、今のところは。


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