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39. 少しは男が分かるだろう

「まさか……な」


信じられないものを見るような眼差しで僕を見つめると、ユージーンは呆れたように呟いた。


「やけに腰回りが固いと思ったら……双剣を隠し持っていただと?傭兵相手に接近戦でもやるつもりだったのかっ!」

「……長剣だと隠せませんわ」


アーガイル家の馬車の中、一般的なサイズより一回りも広い車内にも関わらず、僕を離さないユージーンの膝の上で、もごもごと口を尖らせる。下ろして欲しいと何度も懇願した訴えは聞き入れてもらえず、僕を横抱きにする男は意地悪く口角を上げた。


「エドワード・ローズベリー伯爵は体術が苦手だったハズだが?」


教会から連れ出されて二人きりになると、僕は意を決して生まれ変わりの話をユージーンに伝えた。正直、頭がおかしくなったと思われても仕方がないと覚悟はしていたが、こちらが拍子抜けするほどあっさりと彼は受け入れた。


ユージーン曰く、今までの不審な行動すべてが腑に落ちたらしい。


しかもこの妙に勘の鋭い男は、僕が白状するまでもなくエドワードに辿り着き、彼の基本情報まで熟知していた。例えばそう、僕が体格的に接近戦が苦手であることなどだ。


「公爵令嬢の身体で、本気で戦えるとは思っておりませんわ。それでも武器を持つ人間が一人でも増えれば、抑制力にはなり得ますでしょう……ちょっ、ヤダ!」


腰の辺りに手を突っ込まれ剣を取り上げられた僕は、ジタバタともがきながら身体をくねらせる。


「おおっと、気を付けないと。苦手だと言えど、並みの令嬢と同じってわけではないからな」


以前、馬車の中で突き飛ばしたことを言っているのだろう。あれはお前が完全に悪かったじゃないかと思ったが、これ以上機嫌を損ねないよう口を噤む。どちらにせよ、これだけぎゅうぎゅうに密着させられると、身動き一つできるわけがない。


「エドワードの記憶を持ってはいるが、お前はキャスリンでもあるんだな?」

「正真正銘、キャスリン・リッチモンドですわ。エドワードの記憶はただの思い出。そもそもリオと会わなければ、思い出す機会もほぼなかっ……うんんっ」


「オースティン伯爵のことを愛称で呼ぶな。ただの思い出なんだろう?」


僕の舌を貪った唇をぺろりと舐めると、もう一度軽く口づけられた。


「エドワード・ローズベリーの記憶を持っていることを信じてくださるなら、話は早いですわ。エドワードの見解を申し上げますと、実戦を終えたばかりのジーン様は、興奮状態にあられますわ。そんな状態でワタクシに触れるので、まるで欲情しているかのように勘違いをなさるのです。速やかにワタクシを下ろして距離を置くことを提言させていただき……くっ、誰が、何度も……させるものですかっ」


無言で迫るユージーンの顔に手を当てて、ぷるぷる震えながらも押し返す。なんたる馬鹿力っ。


「男を分かったような口ぶりは気に入らないな。純潔の令嬢らしくない」

「はっ、貴方に随分汚されてしまったようですけど?」


ギロリと睨みつけたはずなのに、「汚されたって……ヤバい、そそる」と口元をニヨニヨ波立たせて嬉しそうだ。本当に同じ男なのだろうか。エドワードと完全に異なる生態の生き物に囚われた状態が、僕をとても不安にさせた。


「はあ、もうこのまま屋敷に連れ帰って閉じ込めたい」

「冗談もほどほどになさって」


「こっちの台詞だ。護衛を増やして、屋敷から出ないという約束だったはずだが?冗談ではすまされないぞ」

「…………はい」


ユージーンとレナードがリッチモンド公爵に追い返された夜、僕はレナードだけに合図を送ったつもりだったが、ユージーンもしっかりと見ていたらしい。確かに黒騎士団の暗号だから、それに気付けば彼にでも読み取れる。


三日後の夕刻に僕たちに動きがあると睨んだユージーンは、僕のメイドであるドロシーとコンタクトを取った。ここからが不思議で仕方がないのだが、ドロシーが全面的にユージーンに協力して教会の場所も掴んだらしい。


あのドロシーが?

協力したくても協力できるだけの情報を記憶していなさそうなドロシーが?


「私は大公閣下がお嬢様に相応しいと思います」


彼女がそう言ったらしい。随分とユージーンの願望が混ざっているような気がするが、実際に助けられた身としては嘘だとも言えない。


「狩猟大会と同じ奴かは分からないが、完全にロビンソン卿とオースティン伯爵を殺すつもりだったと思う。あの二人とお前が狙われる理由はなんだ?どう考えてもエドワード・ローズベリーしか接点がない三人だろう」

「……まさか、エドワードの死は事故ではなかった、と仰っていますの?」


「ロビンソン卿の話を信じるなら、彼と別れた後に何かがあったんだろう」

「ワタクシ、死んだ時のことは一度も思い出せないのですわ」


ふむと頷くと、ユージーンがぽんぽんと僕の背中を叩いた。


「それは思い出す必要がないということだ。忘れたままでいろ」


耳元で急に甘ったるい声を出されて、僕は非常に居心地が悪くなった。彼の外套に包まれて彼の腕の中にいるのだ。ユージーンの匂いはひどく安心するので、余計に困る。しかも、こうやって密着していると、アーガイルの屋敷で一緒にシーツに包まっていた頃を思い出して――ウトウトしてしまう。


「まさか、この状況で眠いのか……いや、少し眠れ」

「ん……」


頭をすりっとユージーンの胸に納めると、まるでここが定位置のようにしっくりくる。そのまま何度か頭を左右に振り、ベストポジションを見つけて落ち着いた。


「やっぱりダメだ、起きろ」

「……うん?」


「このままだとヤバい、俺から離れろキティ。いや、やっぱり離れるな。けど、くっつくな」

「……難しいこと、言わな……で……」


「おい、寝るな!無防備な顔を見せるな。この馬鹿、俺を信用し過ぎるな。エドワードの記憶があるのなら、少しは男が分かるだろう!」


薄れゆく記憶の中で、ユージーンの悲痛な叫びが聞こえたような気がした。



* * * * *



リッチモンド邸宅の手前にある脇道で、寝ぼけ状態のキャスリンを移動させると、彼女が乗った馬車が敷地内に入るまで見送った。そして、御者に王宮へ帰宅するよう命じて一息つく。王宮に自室を与えられてから、両親を避けるように寝泊まりするのが常だった。


馬車を降り、肌寒くなった夜風を避けるため外套を羽織る。ふわりと漂うキャスリンの残り香に眩暈がした。


「こんな夜更けまでどちらへ?」


居住区画へと続く薄暗い渡り廊下で、覚えのある声主に呼び止められた。


「シェラード外交官。珍しいですね、今夜は泊まりですか?」

「会議が長引きまして。ラトランド宰相にも困ったのものです」


狐を連想させる切れ長の目にひょろりとした体格のこの男が、宰相の座を狙っていることを知らない者はいない。狸腹のラトランド宰相が警戒するほどにはやり手なのだろう。


「それで議論が活気づくのであれば、悪い話ばかりではないでしょう」

「……活気づくと言えば、そろそろ正式に発表されるようですね。おめでとうございます」


ざわりと身体が強張ったが、幸いにも相手は気付いていないようだった。あえてぼかした言い方が癇に障るが、こんなことで腹の探り合いをする気はない。


「さて、どうでしょうね。誤報でないことを祈りますよ」

「長年の恋を実らせたロマンスですから、貴族だけでなく平民たちも沸き立つことでしょう」


長年の恋……ね。

異例の速さでこの縁談がまとまったことから、エリザベート王女の背後に誰かがいることは想定していた。


しかし、この男が?

俺と王女が結ばれて、この腹黒い外交官に何の得があるのだろう。王女を味方に付けたところで、彼女の政治的な立場はそこまで強くない。どちらかと言えば、リッチモンド公爵家の方が……。


逆だとしたら?


王女ではなく、キャスリンから俺を引き離すことが目的だったとしたら?


「初めの質問にお答えしていませんでしたね」

「はい?」


「こんな夜更けまで、中心街にいたのですよ。ご存じですか?E.Rカフェ」

「E.R……ああ、夜は酒も提供するカフェですか。貴族もお忍びで重宝しているとか」


「パトロンはオースティン伯爵です」


真っすぐ目を見据えて答える俺の姿に気圧されたのか、シェラード外交官は微妙な笑顔を残し「そうですか。では、おやすみなさい」と立ち去った。今のやり取りだけでは分からないが、捕らえた刺客たちが外交官に繋がらないか調査させようと心に決める。


「まずいな、もう会いたい」


まるで儀式のように彼女の香りが残る外套に顔を近づけると、俺は足早に自室へと向かったのである。

【今話のクマ子ポイント】

シェラード外交官はキツネで、ラトランド宰相はタヌキです。ʕ๑•ɷ•ฅʔ

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