40. 困ったものね
オースティン伯爵とロビンソン卿を襲った黒幕への情報収集はかなり難航していた。
刺客たちがツァーリ共和国の傭兵だったことまではロビンソン卿の報告通りだったが、ただでさえ傭兵は縦も横も繋がりが弱いのに、他国に所属していることが捜査の進展を遅らせた。
また、我がヴァンダル王国とツァーリ共和国との微妙な関係性もあり、シェラード外交官が難色を示すことも問題だった。それに加え、オースティン伯爵家の商売絡みの怨恨ではないかと言い出す者も出る始末で、捜査官たちもどこか消極的に見える。
王位継承権3位の自分が襲われたとあれば扱いも変わるだろうが、取り壊し前の教会にいた説明がつかないし、今更名乗るわけにもいかない。行き止まりが見え隠れする現状に、俺は苛立ちを募らせていた。
「やあ、アーガイル副団長。狩猟大会ぶりでしょうか」
王太子との会議を終えた廊下で、あまり歓迎したくない男に捕まってしまった。いや、今なら歓迎できるか。
「お久しぶりです、リッチモンド団長。妹君のご様子はその後いかがですか?」
「……キティですか。元気にしていま……や、最近は怖い夢を見るらしく、眠るまで私が付いてあげているのです。毎晩。だから私が最近寝不足気味で……」
「妹とはいえ、年頃の女性の寝室に入られるのはいかがなものかと」
「仕方がないでしょう。私が手を握ってあげないと、キティが眠れないのですから。まるで幼き日に戻ったかのようです。あの頃はガコガンという悪魔を怖がっていました」
「ガコ……何ですか?」
「さあ?キティが3、4歳頃の話ですから、なにかの絵本でも見たのでしょう。とにかく天使のように可愛くて。ガコガンが怖いので一緒に寝てと何度もお願いされ……」
「眠れないなら、これをお渡しください」
さらさらの長髪を掻き上げて悦に入るクリフォード・リッチモンドに、俺は懐からハンカチを取り出した。
「俺の匂いに安心するようなので」
「は?……は?副団長は何を仰っているのか……」
「俺に抱かれているとよく眠るのですよ、妹君は」
「はあ?!キティの貞操を疑われるような発言は控えていただきたいっ!」
「貴方が大声を出さなければいいだけなのですが」
「とにかくキティには私の手がありますので!……そうだ。ご婚約おめでとうございます」
まるで天使のような満面の笑みでそう言い捨てると、青騎士団団長は差し出したハンカチには目もくれずに立ち去った。控えめに言って腹立たしい。
「なんだなんだぁ?リッチモンド団長と政治談義なんて珍しいじゃん」
「何を言ってるんだ、いつもどおり妹君の自慢だ」
そちらこそ珍しく、書類の山を抱えたサミュエルが通りがかる。
「でも外交官の話をしていなかったか?」
「外交官?何のことだ?」
「あれ?聞き間違いか。おかしいと思ったわ。んじゃ、後でな」
何だアイツは。
クリフォード団長がキャスリン以外の話をするわけがないだろう。キャスリンが怖い夢を見るとか、幼い頃も同じことがあったとか、ガコガンという悪魔を怖がっていたとか……ガコガン?
――外交官かっ!
* * * * *
「お、お待ちしておりました、アーガイル大公夫人」
緊張気味に出迎えた侍女に促され、グレース・アーガイルは王宮の中心部にあたる王族の居住区に足を踏み入れた。
正確にはアーガイル「先代」大公夫人なのだけれど。
伯爵令嬢でもある侍女に目を配りつつ、小さな溜息をつく。
夫であるアンドリュー・アーガイルが第二王子だった頃に、結婚の報告に訪れてからは一度も足を踏み入れていない。この若き侍女は、この大公夫人が田舎の子爵令嬢だったことを知っているのだろうか。
「お二方とも中でお待ちでございます」
ひときわ精巧な装飾がほどこされた扉の前で、侍女がこちらを振り返った。黙ってこくりと頷くと、両脇を守る護衛騎士が静かに扉に手をかけた。
扉の装飾に負けず劣らず部屋の調度品も豪華絢爛で、ヴァンダル王の寵愛ぶりが伺える。右手側の一面には大きな窓が連なり、午後の暖かい光が部屋いっぱいに広がっている。その日差しから少し奥まった位置に、ローザンヌ王国の伝統工芸品であろう長机とソファに腰掛ける二人の女性が見えた。
「グレース・アーガイルでございます。この度は、非公式にお時間をいただき感謝申し上げます」
「ようこそ、グレース夫人。私も貴女にお会いしたいと思っていました」
私よりも少し年上の気品のある女性、クレア・ヴァンダル王妃がにっこりと微笑んだ。「狩猟大会ぶりですね」そう隣で軽く会釈するのはエリザベート王女だ。どちらもアメジスト色の髪を美しく結い上げ、二人並ぶ姿はまるで宝石のようだった。
「まずはおかけになって。ツァーリ共和国から献上された珍しいお茶があるの」
左右の侍女に目配せをしながら、王妃がお茶の入ったポットを持つ。どうやら自ら淹れていただけるらしい。手慣れた様子を見るに、日常的な光景のようだ。
「独特の香辛料の香りがするのだけど、味はとても美味しいのよ。どうぞ」
「お母様は最近ツァーリ贔屓なんだ。おかげで私も少し詳しくなったぐらい」
母親の前だからか、狩猟大会で会った時よりもエリザベート王女の雰囲気が柔らかい。ユージーンも私の前では猫を被っているのかしら、とふと思いながらカップに手をかけた。ツンと鼻をくすぐるスパイシーな香りに一瞬顔をそむけたが、王妃の言葉を思い出して、ゆっくりと口をつけた。
「あら」
「美味しいでしょう?」
まだ何も告げていないのに自信満々に言い切る姿に、良く知る人物が重なった。その事実が不思議と不快に思わないことに、自分でも驚く。
「はい、とても美味しゅうございます」
「まあ貴女は紅茶を味わいに来たわけではないのでしょうけど」
いきなり本題を切り出す姿までが似すぎていて、思わず苦笑してしまった。
「恐れながら、我が息子、ユージーンとエリザベート王女殿下の婚約の件でお伺いしました」
「ええ、そうでしょうね。まだ正式に発表されたわけではないけれど、撤回するわ」
「お母様?!」
隣でにこやかに微笑んでいた王女が血相を変えたが、さすがに私も驚いた。たった一言で部屋中を凍らせた張本人は、涼しい顔をしたまま侍女に人払いを命じた。この広い王妃の間に我々以外、誰の姿も見えなくなった。
「本当に困ったこと。一体誰に焚きつけられたのだか」
「私が長年ユージーンを想っていたことはご存じでしょう?」
「そうね、その度にダメだと言い聞かせはずなのだけれど」
「大公と王女の婚姻の何が問題なのですか?お父様は承諾してくださった!」
ふいに王妃がまっすぐに私を見た。
その目はまるで「困ったものね?」と言っているようで、舞踏会や式典でしかお会いしたことがないこの国の頂点に君臨する女性が、まるで昔からの親友であるかのように錯覚しそうになった。
「さて、陛下にも何か思惑があったのかしらね。どう思われます?グレース夫人」
「……なかなか正式に発表がされない理由については、思うところはございました」
「一体、何の話をしているの?」
只事ではないことを察知したのか、強張った表情でエリザベート王女が立ち上がる。美しく育った娘と、かつて愛した男の妻を見比べると、クレア王妃は飲みかけたカップを置いた。
「まず、二人には心からの謝罪を」
この国の頂点に立つ女性が静かに頭を下げた。
【今話のクマ子ポイント】
「年頃の女性の寝室に入られるのはいかがなものかと」
どの口が言うのか ʕ๑•ɷ•ฅʔ




