7:本能的にどうしても
「今月末に、建国祭が王都でありますよね。わたしも出席を求められています。建国祭は五日間に渡り開催され、その間に様々な式典があり、それに顔を出すのは勿論、舞踏会や晩餐会も行われますよね」
相談、だけでも何だろうかと思ったのに。私の処刑が早まることになったあの建国祭が、話題にのぼるなんて。
前世魔王から相談を受けること自体、イレギュラーだと思う。でも建国祭が出てくるなんて。これから話がどこに向かうのか、まったく想像ができない。
「十八歳で聖皇となってから、毎年、建国祭の舞踏会や晩餐会には、一人で足を運んでいます。このような場に一人でいると、当然ですが、ホストがパートナーとなる令嬢を、わたしにつけてくださります」
建国祭のホストは、国王陛下だ。舞踏会の会場となるホールへ入場する際、国王陛下はいずれかの令嬢を、オルゼアに任せるということになる。
本来、舞踏会は一人で入場しても問題ない。でも令嬢としてはそれを恥ずかしく思う。パートナーの一人もいないなんて、と憐れみの目を向けられたくない。そこで最も注目が集まる舞踏会の会場への入場時、一人で来場している男性と令嬢をペアにすることが、ホストに求められるようになった。
オルゼアとしては一人気ままに入場したいのかもしれないが、それは許されない。たいがい令嬢があぶれ、男性の人手が足りない。聖皇であろうと、一人の男性とみなされ、令嬢を任される。
晩餐会はそもそもホストが、男女交互になるよう座席を決めるのだから、問答無用で令嬢をあてがわれてしまう。その逆もしかりで。
「二十歳になってから、どうもプレッシャーがあり、困っているのです」
ああ、なるほど、と理解してしまう。
オルゼアは現在、二十三歳。そして聖皇であるが、未婚であることは求められていない。むしろ結婚することを、推奨されている。
以前は、聖皇が結婚すると、その神聖力は失われてしまうと考えられていた。よって聖皇は、生涯独身であることを求められていたのだ。ところがとある聖皇が、どうしても好きになってしまった女性ができ、一線を超えてしまった。だが、神聖力は失われることはない。失われず、聖皇の神聖力は、結ばれた女性にも宿ることになった。
聖皇ほどではなくとも、相手の女性も神聖力が、使えるようになったのだ。さらに二人の間に生まれた子供は、確実に神聖力を持つことも判明。しかもその神聖力は、かなり強い。そうと分かってからは、聖皇が結婚することは、推奨されるようになった。
オルゼアは十八歳で聖皇に就任したが、しばらくは聖皇としての務めを遂行することを、求められたと思う。だが二十歳となり、結婚も可能な年齢になった。そこで国王陛下は、オルゼアに結婚をすすめるようになったのだろう。
でも政教分離もあるため、強い干渉は、国王陛下でもしにくい。そこで候補者となる令嬢を建国祭の時、オルゼアのパートナーとして、紹介しているのではないか。
「舞踏会のパートナーになった、あの令嬢はどうだったか。もし気に入ったならば、聖皇妃として迎えては?」と、国王陛下がプレッシャーをかけているのだろうと推測した。
推測はできたが、オルゼアは私に相談したいと言ったのだ。ということはまさか……。
オルゼアのアイスブルーの長い髪が、風に吹かれ、サラサラと揺れる。艶やかな髪はさらに陽光を受け、キラキラと煌めいている。
「国王陛下は、舞踏会や晩餐会で、パートナーとしてわたしに紹介した令嬢を、しきりに聖皇妃にどうかと言ってくるのです。わたしはそれをどうにかできないかと、ここしばらくずっと考えていました」
これから何を言われるか予想がついてしまった私は、既にオルゼアにどう答えるか、思案を始めている。
「一番の解決策は、わたしがパートナーを伴い、建国祭に向かうことです。ところがパートナーになってくれるような、令嬢の知り合いがいません」
これは本当であり、嘘だと思う。
令嬢の知り合いがいない……というのは本当だろう。なぜならオルゼアは、必要時以外は聖皇庁に引きこもっているからだ。それに職務上、出会う令嬢がいたとしても。それはオルゼアの中では、知り合いの令嬢と認定されないと思う。せいぜい顔見知り程度の認識に思えた。
その一方で、パートナーになってくれる令嬢なんていない、という言い方をしているが。これは嘘だ。聖皇からパートナーになって欲しいと言われ、断る令嬢がいるだろうか? いないと思う。
「思い悩むわたしは予感を覚え、こうしてレミントン公爵令嬢に、会うことになりました。つまりこれもまた、啓示ではないのかと。建国祭のパートナーに、レミントン公爵令嬢になってもらえないか、尋ねてみよ――と言う啓示なのではと思ったのです」
予想通りだった。
そして皮肉なことに私は「聖皇からパートナーになって欲しいと言われ、断る令嬢がいるだろうか? いないと思う」と既に考えていた。
そう、断るという選択肢が、二つの理由により、思いつかない!
まずオルゼアは、私の恩人なのだ。もし彼がいなかったら……。私は十日前の夜、火あぶりになり、この世から消えていた。
それにこの話を聞く前に私は「聖皇様は、私にとって恩人でもあります。恩人の頼みであれば、どんな話でも聞かせていただきます」と言っている。これは別にあなたの言いなりになります、という意味ではない。だが恩に報いるという態度を示しているのだ。それなのに断るなんて……。
さらにオルゼアは聖皇。その彼が「パートナーになってもらえないか」と相談してきた。それを断ることは……罰が当たりそうだ。
結婚して欲しいと、言われたわけではない。ただ、ダンスのパートナー、晩餐会の同伴者になって欲しいと、言われているだけだ。それに奇しくも私は、婚約者がいない身。パートナーの話を引き受けても問題なかった。
そしてこの西都においてレミントン公爵家は、聖皇の次に、名が知られている。だが私が断罪され、処刑されるとなった時、その名声は地に落ちている。
ところが私は冤罪だった。さらに聖皇が味方したことで、レミントン公爵家の価値は、見直されたと思う。そのレミントン公爵家の令嬢を、オルゼアがパートナーに選んだ。悔しいが、仕方ないと思われるだろう。つまり他の令嬢が選ばれるより、反感は少なくて済むはず。
頭ではちゃんと理解している。
でも「承知しました」と即答できないのは、前世の記憶があるからだ。本能的にオルゼアは、あの魔王ルーファスであると、構えてしまう。
現在オルゼアは聖皇であり、前世のルーファスの記憶は、覚醒していない。だからオルゼアはオルゼアであり、ルーファスと同一視しないようにと、自分でも何度も言い聞かせているのだけど……。
容姿があまりにも魔王ルーファスに似ている。さらに前世で私は、ルーファスに道連れにされ、命を落としていた。
その魔王ルーファスのパートナー!?と、どうしても思ってしまうのだ。
「レミントン公爵令嬢、わたしのパートナーとして、共に王都へ行ってくださいませんか?」
黙り込んだ私に、オルゼアが尋ねたその時。
「死ねーーーーっ」と叫びながら、黒装束の男五人組が、剣を手にこちらへ向かってきた。