64:命運は尽きた
幼馴染みと婚約者の座を狙い、切磋琢磨した。その結果、周囲からは賢妃になるだろうと認めてもらっていた。でも実際、選ばれたのは、アナベルではなかった。
自分より何もかも劣ると感じていた幼馴染みが、婚約者に選ばれたのだ。アナベルは当時の王太子と幼馴染みのそばから、離れるつもりだったが……。
引き留められた。
幼馴染みは「本当は王妃にふさわしいのはアナベルよ。だからアナベルは王宮に残るべきなの。あなたも王妃よ。第二王妃がアナベルよ!」と言い、王太子は「これからもアナベルには、国政を支えて欲しいと思う。それに正妃と仲良くし、支えて欲しい」と告げられたという。
これはアナベルには屈辱以外の何物でもなかった。だが優等生と周囲に見られていたアナベルは、二人の申し出に「そんなこと無理です」とは言えなかった。
表面的には変わらぬ友情と献身を示し、国王陛下夫妻に仕えていたが……。
チャンスが訪れる。
それは王妃殿下が出産後、体調を崩した時だ。お見舞いと称し、アナベルは、産後に摂取するには好ましくない物を、好ましい物と信じ込ませ、食べさせるようにした。逆に、産後に摂取することを推奨される食べ物を、口にさせないようにしたのだ。それは息のかかった宮廷医を巻き込み、念入りに行われた。
生まれた王子と王妃は、共に体調が芳しくない状態が続く。
王妃としての公務を肩代わりしていたアナベルは、既に気持ちは正妃だった。
無能でお飾りの妃はいらない。有能な私が国王陛下を支える。
そう思っていたら、王都にオルゼアが招かれた。まだ八歳だったオルゼアだが、その神聖力は並外れており、王妃と王子の体調不良は、すっかりよくなってしまった。しかも医師顔負けの知識を有し、食事や運動に関するアドバイスまで行ったのだ。
この時、アナベルは心底、オルゼアを憎むことになる。
「師匠、それってつまり、聖皇様に暗殺者を十五年に渡り送り続けていたのは、アナベル第二王妃ということなのですか!?」
「そういうことだ。霊廟襲撃事件の犯人と聖皇暗殺を目論む黒幕がイコールだったとは。でも辻褄は合うし、納得するしかない」
アナベルはさすが賢妃になると言われただけある。オルゼアとライト副団長の過去の因縁を踏まえ、あたかも黒幕はライト副団長と思わせたのだから。
いや、それだけではないのでは?
「もし聖皇様の暗殺に成功したら、ライト副団長に罪を被せるつもりだった。ひいてはその暗殺に王太子様も関わっていたと証拠を捏造。王妃殿下と王太子を、破滅の道へ追いやるつもりだったのですか……?」
「そうだろうよ。第二王妃は切れ者だったからな。もし愛弟子に手を出さなければ、案外その作戦はうまくいったかもしれん。だがな、俺が三百年の命を差し出し守った愛弟子に、手を出そうとした。そこで第二王妃の命運は尽きたわけだ」
これまた大袈裟な。
師匠は挑まれると、受けて立つタイプ。弟子の私に手を出す=師匠に挑んだということになる。アナベルは切れ者だったかもしれないが、敵に回した相手が悪かった。
それにしても。気になるのはこのことだ。
「アナベル第二王妃が私に急に手を出したのは、なぜなのでしょうか……?」
すると師匠は「そんなことも分からんのか?」とけらけらと笑う。
「聖皇は、魔王ルーファスの生まれ変わりだ。いずれ前世の記憶を取り戻したら、愛弟子にゾッコンとなり、求婚すると思っていたが……。これは何なのだろうな。魔王として覚醒してようがしていまいが、関係なかったようだ。聖皇の愛弟子を見る瞳。あれは完全に恋に落ちていた」
「そ、そんな……!」
「それで第二王妃も気が付いたのだろう。十五年に渡り暗殺者を送り込み、王都でも人ごみに紛れ、聖皇を狙うもうまくいかない。ならばどうしたらいいのかを」
そこで師匠は、自身もグラスにレモン水を入れると、それを一口飲む。そして再び話を再開させる。