55:手遅れにならないうちに
もう魔王なのに。七十八回も魔王として転生しても、まだ勇者の頃と同じ、馬鹿正直。
というか、好きな女を騙すことができない……って。
え、私のことを好きなの……?
呪いから逃れるために、好きなフリをしたわけではないの?
「ルーファス、あなた、私のこと、好き……なのですか?」
「今さらそれを、わたしに聞くのですか?」
そう言ってそっぽを向くルーファスは、顔から耳から首まで、見える範囲の肌が真っ赤だった。そしてふと気になってしまう。目についてしまったのだ。
「ねえ、角は左右対称で生えていたのではないの?」
「そうです。でも右の角は、魔法使いに渡しました。目薬草と交換で」
「え……」
目薬草と引き換えで、角を魔法使いに渡した……?
「角は……痛くないのですか? その……切り落とした時」
「痛いですよ。死ぬかと思いました。『コランダムの心臓』があるので、死んでもどうせ転生することになりますが」
自嘲気味に笑うけれど、笑いごとではない。
「今は痛くないのですか!?」
「痛いですが、切られた時程ではないです。それにそのうち治まるだろうと思います。魔王の体は、魔力でなんでも回復しますからね」
そういえばさっきも刃物を掴んだのに血も滲んでいなかった。魔力でなんでも回復できるというのは事実だろう。だとしたら――
「なんでも魔力で治せるのに。なぜ、あの時は行き倒れていたのですか?」
ふいに疑問が口から出ていた。私と出会った時のルーファスは、傷を負って倒れていたのだ。するとルーファスは一瞬目を見開いた後、その時のことがよみがえったのか、苦々しそうに顔をゆがめた。
「それはまたいずれお話します。あまり楽しい内容ではないので、今日はやめておきましょう。お祝いの日にお聞かせするような話ではありませんから」
そう言ってやや俯いた彼の右のこめかみには、痛々しい切り口があって、今はこちらのほうが大事なんだったと思い出す。
「角は……また生えるのでしょうか……?」
心配する私にルーファスは、少しほっとしたように笑った。
「どうでしょう。角を失ったのは、これが初めてなので……。ただ、弱点であることは、確かだと思います。かなりの激痛でしたし、魔力を使ってもなかなか痛みが治まりません。でもまあ、大したことはありませんよ」
大したことはないなんて嘘だ。普通、自分の体の一部で物々交換なんてしない。しかも激痛をこらえてまで、他者のために自分を犠牲にするなんて……。
「なんでそこまでするのですか? しかも目薬草の効果は、一時的なのでしょう? それなのに、もう生えないかもしれない角と交換だなんて。とても痛いのに……」
「でもわたしが調べた限り、シェナの視力を取り戻す方法は、それしかありませんでした。最後にわたしの姿も、見せたかったですから。こう見えて結構、素敵だと思いませんか?」
「最後って、何!? どういうことですか!?」
すっと伸ばした手で、ルーファスが私の頬に触れた。ドキッとして体が固まる。
「ここ半年。シェナと過ごし、とても楽しかったですよ。魔王のわたしをただの人間として扱ってくれて、言いたいことも、ずばずば言ってくれましたよね。それに何かすれば『ありがとう』と言ってくださいました。魔王に『ありがとう』と言った人間は……シェナが初めてです。そんなこと言われたら……」
私の頬から手を離すと、ルーファスは大きく息をはいて、呟く。
「『ありがとう』なんて言われたら、好きになってしまいますよ。それはもう嬉しくて……。9月が誕生日だと聞いたので、プレゼントを用意したいと思いました。ただそれが潮時とも思いました」
そんな前からルーファスが、潮時を意識していたなんて……。
「わたしはどんどんシェナを好きになってしまう。でもシェナはどうですか? わたしが魔王だと分かって、この角や瞳を見てどう思うでしょう? よって最後に姿をさらし、気持ちを伝え、ダメだったら……。潔く去るつもりでした。わたしが手遅れにならないうちに。つまり今だったらまだ、あきらめることができますから、シェナのことを」