45:まさか、そんな。
海に浮かぶ、最も人口が少ない島国から、白い結婚でアウラ王国に嫁いできた現在十歳のクロエ。彼女の祖父は、アウラ王国の属国になることを願っているのに。クロエは霊廟襲撃事件を企てというの!?
でも今、検知した力を考えると、一つの仮説が成立してしまう。
クロエは聖なる力を持つ聖女であり、霊廟襲撃事件の犯人。
まさか、そんな。
だが側妃という立場であれば、王家に関するありとあらゆる情報を学ぶことになる。クロエも嫁いでから三年、みっちり妃教育を受けたはずだ。霊廟を守る二体のモンスターの存在も、知っている。
だからといって、十歳の子供が地下の霊廟に王族達を閉じ込め、モンスターを誘導しつつ、ターゲットの暗殺を試みるような計画を立て、実行に移す。しかも一人で。それは現実的にはあり得ないと思う。どう考えても仲間がいる。
仲間……というか、この場合は真犯人が別にいて、クロエは利用されたと考えるのが妥当だと思えた。
しかもあの怯えた様子だと、まさか死者が出るとは思っていなかったのでは? つまりは騙され、聖なる力を使うことになった……?
真犯人は、クロエにこう言ったのかもしれない。
「この霊廟には、建国王とその王妃の棺を守るため、二体のモンスターがいることは、妃教育で学んだはずだ。モンスターは盗掘者から建国王達の棺を守る一方で、誤作動をしたら困る。クロエ、お前は聖なる力を持つ。扉をその力で封じ、モンスターがやすやす入り込めないようにするのだ」
皆を守るため、クロエは聖なる力で扉を封印した。つまり悪気はない。でも結果として大事件となり、地上に現れたヒュドラーのせいで、五人もの尊い命が奪われることになった。そのことにクロエは心を痛め、自身は意図せずして事件に加担したことを後悔し、怯えているのではないか。
もしくは真犯人が自分を騙した可能性に気が付いた……? さらには真犯人が自分の命を狙っているのではと怯えている……?
いずれにせよクロエが後悔しているのなら、国王陛下に相談することもできるはずだ。それをしないということは……真犯人がクロエの弱みを握っている? もしくは真犯人は国王陛下の信頼が厚く、相談したところで、信じてもらえない……?
「ほれ、クレア、わしらの順番だぞ」
トッコの声に我に返る。白のセットアップに明るいグレーのマントをまとったフォンスは、既に一つ目の棺のそばに移動していた。グレーのスーツ姿のトッコも、私に声をかけると歩き出している。慌てて私も、その後を追う。
すぐに順番となり、一つ目の棺の前にやってきた。王位継承者としては、第十五位の王大姪のマリナの遺体が安置されるはずだった棺に、オルゼアと同じく白い百合をいれる。余計な感情がこみ上げそうになるが、それはグッと飲み込み、忘れることにした。
念のためで棺の様子を確認したが、怪しいところは見受けられない。
残りの棺に関しても、特に問題はない。花を一輪入れ、祈りを捧げ、席へと戻る。国王陛下がセレモニーの終了を告げ、聖官が棺を閉じ、騎士が棺を運び出す。その様子を見送り、セレモニーは終了となった。
厳かな雰囲気から一転、これまで沈黙していた参列者が会話を始めたのにあわせ、私はクロエに声をかけようとした。
「レミントン公爵令嬢様~!」
この声は、第二王女のマヤだ。白いフリルたっぷりのドレスを着たマヤが「走ってはダメよ」と母親である第二王妃のアナベルに注意されながらも、私のところへやって来た。
「こんにちは、マヤ第二王女様」
「こんにちは、レミントン公爵令嬢様!」
マヤは礼儀正しく私に挨拶をすると、お茶会の招待状は届いているかと尋ねた。それは今朝、ちゃんと部屋に届けられていたので「はい。受け取りましたよ。お茶会は王宮の庭園にある東屋ですよね。王宮の庭園に入ることができるなんて、光栄ですわ」と私が笑顔で答えると、マヤは「えへへへへ」と嬉しそうに笑う。
チラッとクロエがいた方を見るが、既にそこに彼女の姿はない。もうホールを出て行ってしまったようだ。接点のない国王陛下の側妃にいきなり手紙を送ったり、会ったりすることはできない。仲介者を通す必要がある。もしそうしない場合は、このようなセレモニー、儀式、舞踏会で、さりげなく声をかける機会をうかがうことになるのだが……。
その機会は逃してしまった。
だが。
マヤと私のところに追いついたアナベルから、朗報がもたらされる。
「こんにちは、レミントン公爵令嬢。マヤはすっかり、お美しいあなたのことを気に入ってしまったみたいで。今日のお茶会も、楽しみでならないようなの」
明るいグレーのドレスを着たアナベルが、ニコニコ笑顔でマヤの手をとる。
「あ、そうそう。そのお茶会ね、王妃殿下や他の側妃にもお声をかけたのよ」
これには心臓が、ドキッと反応してしまう。
さすが王妃の幼馴染みのアナベル!と思う一方、王妃が来るとなると、いよいよただのお茶会ではなくなる。これには背筋が伸びてしまう。
「でもね、残念だわ。王妃殿下は、非公式で隣国の王族の方と、お茶会をされるそうなの。非公式とはいえ、外交に励まれる王妃殿下には、頭が下がる思いですわ。ですから王妃殿下は参加できませんが、二人の側妃は参加できるそうなの。お二人とも、楽しみにしているのよ。聖皇のパートナーであるレミントン公爵令嬢と、お話しできることを」
つい王妃殿下の名が出て、クロエのことを一瞬忘れていた。でもお茶会の席に、クロエも同席する! そうなったらクロエと仲良くなり、それとなく聖なる力について尋ねてみよう。さらにはそこを突破口にして、霊廟襲撃事件についても、話を聞くことができるかもしれない。
「アナベル王妃、いろいろご配慮いただき、ありがとうございます。私も皆様と会えるのが、心から楽しみです」
私が返事をすると、アナベルは「ではお茶会でお会いしましょうね。ごきげんよう」と会釈し、マヤもそれにならう。その二人の姿は、本当に愛らしい。挨拶を返しながら、二人を見送る。
そこで聖騎士に声をかけられ、私は奥離宮のエントランスホールへ向かった。オルゼアは国王陛下と会話しながら、彼をエントランスまで見送っていたようだ。既に国王陛下夫妻が乗った馬車は出発し、オルゼアはエントランスホールで私を待っていてくれた。
「馬車を回してもらうので、少しお待ちくださいね、レミントン公爵令嬢」とオルゼアは微笑の聖皇で私を見る。「分かりました」と私が返事をしていると、一つ目の棺の犠牲者、マリナの両親がやってきて、オルゼアに声をかけた。
私は彼らから離れると、フォンスとトッコに声をかける。手短に昨晩、師匠と話したことを聞かせ、霊廟襲撃事件には聖女が関わっている可能性を打ち明けた。するとフォンスは「実は私もレノンと連絡を取り、今日のセレモニーには注意をはらっていたのです」と話し始める。
「私もセレモニーの最中、側妃クロエから聖なる力を感知しましたよ。ミレア……クレアの言う通り、彼女が霊廟襲撃事件に関わっている可能性は、高いと思います」
フォンスがそう話すと、トッコはこんなことを私に伝える。
「フォンスはそのクロエが聖女かもしれんと言うが、いかんせん彼女は側妃じゃからのう。わしやフォンスなどの男性が、いくらセレモニーなどの場であっても、話しかけるのはまず無理な話じゃ。今日、その第二王妃のお茶会でクロエと話せるなら、クレアの方で彼女と接点を持つのが一番だろうな」
それは確かにそうだ。国王陛下の側妃に、何のつながりもない男性が声をかけたら……。まず、怪しまれる。それこそ今日のような場であったとしても。その場で仲介者を通し、明確な理由と共に、声をかけなければならなかった。
そうなると私が、今日のお茶会で動くしかないわね。
あとはライト副団長に打ち明けよう。聖女が霊廟襲撃事件に関わっている件を。
ただ、慎重に動く必要がある。真犯人が誰であるか分からず、かつクロエは国王陛下の側妃。小国とはいえ、姫君という立場なのだから……。