43:二人とも“初”だなんて
まさかあんなにダンスが上手だったなんて……!
ダンスを踊る前、オルゼアは私にこう言っていた。
――「実は舞踏会でダンスをしたことが……ありません。ですからローブ姿でのダンスも、初めてですね。少し緊張しています。でもせっかくの舞踏会ですからね。ダンスについては一応、習っているので、大丈夫だとは思いますが」
一方の私も、人前、つまり舞踏会でのダンスは、覚醒後、初めてのことだった。二人とも“初”だなんて。なるべく端の方で目立たず踊ることができたら……そんな風に思っていたけれど。
オルゼアは、驚くほどダンスが上手だった。すっと背筋が伸び、姿勢もよく、私に無理をさせずにリードしてくれる。私が少しタイミングを失敗しても、うまくカバーまでしてくれたのだ。
これが舞踏会での初めてのダンスとは思えない!
当然だが、私とのダンスが終わった瞬間。令嬢たちがざわめく。間違いなく、オルゼアにダンスに誘って欲しいという熱い視線が向けられている。これは大変なことになった。今晩、オルゼアは部屋に戻ることができないのでは?と思ったのだけど……。
オルゼアは、同じ相手とは連続で三回までという舞踏会のルールに従い、私との三回のダンスを終えると、ホールを退出した。令嬢達の熱い視線を無視して。
「今日は朝から忙しかったので、もういいでしょう。レミントン公爵令嬢ともダンスができましたから、わたしとしては満足です。……部屋に戻るので、いいですよね?」
「え、ええ。私はそれで問題ありません。むしろ問題があるのは、聖皇様に思えますが……。令嬢達の『ダンス、誘ってください』の視線、感じませんでしたか?」
エントランスホールに向け、軽やかに私をエスコートして歩くオルゼアに思わず尋ねると、彼はきっぱりこう告げる。
「聖皇として、舞踏会に顔を出すことを求められ、参加しました。そもそもダンス目的ではありません。それに見知らぬ令嬢のダンスのお相手をするつもりは、毛頭ありませんから。そのためにレミントン公爵令嬢を、パートナーとして連れているのです」
これをあのホールにいた令嬢達が聞いたら、みんな泣いてしまいそうだ。でも確かに、いろいろな令嬢の相手をオルゼアがしないで済ませるため、私がいるのは事実。
「何よりもレミントン公爵令嬢とダンスを踊ってしまったので……。もう他の令嬢とは、ダンスできません」
なぜかオルゼアはそこで頬をポッと赤くする。それに私とダンスをしたら、他の令嬢とダンスできないって、どういうことですか!? 私は天才魔法使いと言われていた過去はある。だがしかし。天才ダンサーと言われたことは、一度もない! むしろ私とのダンスを経験したら、他の令嬢とダンスをしたくなるのでは!? もっと上手な人とダンスをしたい……って。
でもオルゼアは限りなく満足そうだった。エントランスホールで馬車の手配を待つ間、ご機嫌で私とのダンスを振り返る。
「私のリードに素直に応じてくださるレミントン公爵令嬢に、とても嬉しくなりました」「少し慌てたようなあなたの表情は、見ていて可愛らしかったです」「うまくできた瞬間の、華やぐような笑顔もたまりませんでした」と、聞いていると私の顔が真っ赤になるようなことを、平気でペラペラと話すのだ。もう大変!
ところが馬車に乗った後は、一転して真面目な表情になる。そして明日のお茶会に誘ってくれた第二王妃のアナベル、その取り巻きのマダムに関する情報を教えてくれた。
「聖皇様は、王族の皆様の人間関係も、しっかり把握されているのですね」
「建国祭は毎年参加しますし、王族の皆さんと過ごす時間も長いので、自然と覚えた……というのは冗談です。西都から王都までの道中、今回はレミントン公爵令嬢がいてくださいました。でも例年、一人で馬車に乗っていますからね。暗殺者の襲撃を受け流しつつ、王都で出会う皆様の情報を、頭にいれるようにしていました」
ここでもオルゼアの真面目ぶりを、垣間見た気がする。
でもこれで第二王妃のアナベルのことは、よく分かった。
よく分かったが、斬新だと思う。なぜなら……。
アナベルは、現王妃の幼馴染みだった。そして二人は、共に当時の王太子の婚約者候補。二人して王太子の婚約者になるべく、切磋琢磨していた。最終的に選ばれたのは、現王妃。だが二人の友情は本物だったようだ。現王妃が当時の王太子に頼み込み、アナベルのことを第二王妃として迎えるよう、お願いしたという。
幼馴染みと共に、一人の男性をシェアするのを良しとする発想ができた、現国王陛下夫妻とアナベルは、とても斬新だと思う。
しかもこの国では、正妃に対し、側妃という言い方が慣例。ところが現王妃は、大切な幼馴染みのアナベルが、側妃と呼ばれることに納得できない。そこで第二王妃と呼ぶよう、周囲を説得したのだ。よって他の女性が側妃と言われているのに、アナベルだけは、第二王妃と呼ばれていた。共に“王妃”であると認め合い、二人の厚い友情は続いている。現王妃が産後の肥立ちが悪かった時も、アナベルは献身的に看護していたというのだ。
「現王妃が体調を崩すようなことがあれば、第二王妃であるアナベル様が、正妃の代理を務めることも度々あるそうですよ。正妃と側妃と言えば、過去の歴史を見ても、仲が悪いことがほとんど。よってこの二人の友情は“奇跡”とも言われているそうです」
オルゼアの話は、実に参考になった。
それに偶然、お茶会に誘われることになったのだけど。アナベルのお茶会は、かなり権威的なもの。つまり彼女のお茶会に招待される――それは社交界において、一目置かれることを意味した。
成り行きで参加が決まったお茶会だけど、粗相がないようにしないと!
部屋に戻ると、メイドが入浴の準備をしてくれる。この時間を使い、お茶会に着ていくドレスを選び、明日に備えた。
ドレス選びが終わり、入浴の準備も整った。まさに着ているドレスを脱ごうとしたタイミングで、扉がノックされる。誰かと思ったら、聖騎士。なんとエントランスホールに、ライト副団長が来ていると言うのだ。
もしドレスを脱いで、バスローブ姿だったら。こんな姿なので会えませんと、お断りの理由にできた。ところがまだドレスを着ていたので、聖騎士と共に、エントランスホールへ向かう事態に。するとそこには、コバルトブルーの軍服に濃紺のマントと、まだ任務中にしか見えないライト副団長がいた。
「遅い時間に、申し訳ありません、レミントン公爵令嬢」
ライト副団長は、座っていたソファから立ち上がったが、私は「どうぞ、お座りになったままで」と応じ「どうされましたか」と尋ねる。
ライト副団長は、舞踏会には少しだけ顔を出していた。というのもまだ若いリアス王太子は、舞踏会の冒頭だけ顔を出し、すぐに部屋へ戻った。ライト副団長は護衛を終え、その足で舞踏会に戻り、私とオルゼアを探したと言う。でもそれは丁度入れ違いとなり、私達はホールを出た後だった。
そこでもしまだ起きていたらと思い、訪ねてきたわけだが、その理由は――。
「オルゼアが、十五年前から実は暗殺者に狙われていたこと。さらにその黒幕を自分だと勘違いし、ずっと国王陛下に知らせることなく、水面下で対処していたこと。この件を国王陛下に、報告しておきました」
オルゼアが暗殺者に狙われていると知ったライト副団長は、その件を国王陛下に相談しているのか――そう、私に聞いていた。対して私は、相談していないと答えていた。だがまさかライト副団長から、国王陛下に相談してくれるなんて! 彼は本気でオルゼアのことを心配している。力になりたいと思っているのだ。それが分かり、なんだか嬉しくなってしまう。
「霊廟襲撃事件。ももしかすると、聖皇の暗殺を目論んだ一味が、関係している可能性も捨てきれません。よって霊廟襲撃事件を追うのと同時に、聖皇の暗殺を企てる者達も探ってはどうかと、国王陛下に進言したのです。すると陛下は快諾され、聖皇の暗殺を企てる黒幕も、一緒に見つけ出そうとおっしゃってくださったのです」
これは朗報だった。何せ師匠から「十五年前を探れ!」と言われ、オルゼアに話を聞いたものの。犯人に結び付く人物は、見つけられなかったのだ。まさにどうしたものかと思っていたので、これはとても心強かった。
「わざわざそのことをいち早く知らせるために、こちらまでいらしてくれたのですよね。ありがとうございます!」
私が御礼の気持ちを伝えると、ライト副団長は「それだけではありません」と否定する。
「今日のレミントン公爵令嬢も、とてもお美しかった。しかもとても素敵なダンスを披露されたそうですよね、オルゼアと共に。令嬢たちは、オルゼアとダンスしたかったと、不満の声を挙げていました。その一方で令息たちは、あなたをダンスに誘いたかったと、ため息をついていたのですよ。ご存知でしたか?」
「そ、そうなのですか!? 私はそこまでダンス、上手ではないのですが!」
「ダンスが完璧ではなくても、レミントン公爵令嬢、あなたは多くの令息の心を捉えたのです。……自分も、あなたとダンスをしたかったですよ。建国祭最終日の舞踏会ではぜひ、あなたとダンスをしたいです」
ライト副団長の言葉に目を白黒させていると「明日は追悼セレモニーもありますから、今日のところはこれで失礼します」と言い、あの日と同じ。私のドレスのスカートにキスをして「愛しています!」のアピールをすると、ライト副団長は笑顔で帰っていった。