23:まさに冷や汗もの
王宮には、社交界デビュー時に、一度だけ訪れている。その時のクレアの記憶がしっかり残っているものの、実物として見る王宮は、やはり圧倒されてしまう。
王太子の馬車がそうだったように、王宮はゴールドが惜しみなく使われている。広間の出入り口、階段の子柱、シャンデリアと、あちこちに黄金が輝く。ただの通路に過ぎないような廊下にも、巨大な絵画や彫像が飾られ、そしてあちこちに騎士がいる。さらに死角がない! 死角には必ず騎士がいる。
この豪華さと厳重さには、ただただ威圧されてしまう。
しかも私はあの聖皇のパートナーとして、オルゼアにエスコートされているのだ。オルゼアは有名人なので、もう皆様の視線がチクチクと痛い。控えの間でも様々な方に声をかけられ、名乗ることになった。
こうして行われた謁見の間での、国王陛下夫妻への挨拶。
国王陛下は、髭の陛下と異名を持つぐらい、鼻の下の髭がトレードマーク。左右の端が美しくカールしており、あのカーブを維持するために、毎朝どれぐらいの時間をかけ、お手入れをしているのだろう……と考えてしまう。
その国王陛下の隣に座る王妃殿下は、とても若々しく美しい。国王陛下はブラウンの髪だが、王妃殿下は美しいブロンドで、着ている赤いドレスに、その髪色はよく映えている。ちなみに現国王陛下は自身のロイヤルカラーを赤と定めているので、彼自身とその近衛騎士達も皆、赤の軍服姿だ。
「聖皇、今回はパートナー同伴と聞いていたが、実に美しい令嬢であるな。しかもレミントン公爵家の令嬢とは。これは来年には、聖皇妃誕生かな?」
国王陛下のこの本気とも冗談とも思える発言に、私は汗がだらだら。一方のオルゼアは、涼しい顔で、国王陛下の言葉を受け流している。
その一方で……。
リアス王太子の姿も確認できた。国王陛下と同じブラウンの髪の少年。彼のロイヤルカラーは青なので、青の軍服を着ている。隣の婚約者は青のドレス。二人が並んでいると、お人形さんのようだ。そしてその背後に控える近衛騎士の中に、ノクスがいた。
公私混同はしないと決めているからだろう。ノクスは一切、オルゼアを見ようとしない。当然だが、ノクスと私の視線が合うこともなかった。
ノクスは私に気づいているのだろうか? 気づいていない……わけはないだろう。何せ私の容姿は、ミレア・マヴィリスそのものなのだから。
そこで思い至る。彼の心境に。
視線をこちらへ全く向けることがないノクスだが、その心中では「なぜ、ミレアは魔王の生まれ変わりと一緒にいるのだ?」と感じているに違いない。そしてその理由を、私がまだ覚醒していないから……と思っていることだろう。
そうね、きっとそうだわ。
そうなるとノクスは、私に接触しようとしないかもしれない。接点はゼロであるし、前世の記憶のない私に「聖皇のそばにいるのは危険です」と忠告するわけにはいかないだろうから。きっと歯がゆい思いをしているだろう。
「では、また今晩の夕食会で」
国王陛下の言葉にお辞儀をし、オルゼアにエスコートされ、謁見の間を出た。
「緊張されましたか、レミントン公爵令嬢?」
「そうですね。でも聖皇様が落ち着いていたので、おかげで私もあまりドキドキせずに済みました」
するとオルゼアがエスコートしている私の手を持ち上げ、突然手の甲にキスをした。あまりにも驚き過ぎて、現実のことと思えない。
「無垢なレミントン公爵令嬢は、どこでそんな嘘を覚えたのですか? わたしが落ち着いていたことなど関係なく、あなたは別件で頭がいっぱいだったのでは?」
「そ、そんなことは……!」
「あの場には、ライト・アーク・スタンリーもいましたからね。レミントン公爵令嬢が、彼の姿を見ていたことに、わたしが気づいていないとでも?」
これにはまさに冷や汗もの。オルゼアが気づいていたのなら。国王陛下夫妻も気づいていたのではと、思わずあわあわしてしまう。