21:皮肉な采配
聖皇宮と変わらないような、白亜の大理石で作られた立派な大邸宅に驚愕していると。
「国王陛下に到着の挨拶を行うことになるので、着替えをして、エントランスに集合でお願いします。王宮へは馬車で移動しますから」
オルゼアの言葉に、王城のスケール感を噛みしめることになる。
ともかく立襟のホワイトシルバーの長袖ドレスに着替え、オルゼアと共に再び馬車に乗り込む。対面の席に座るオルゼアを見ると、私のドレスに合わせてくれたのか、同じ色の聖皇用のローブを着用している。首から下げたショールは銀色でアイスブルーの糸で聖皇庁の紋章が刺繍されていた。それは彼の艶のあるアイスブルーの髪にもよく似合っている。
さらにその髪の上につけている聖皇冠にも、自然と目がいってしまう。ホワイトシルバーの生地には、私の指輪と同じアイスブルーの宝石が埋め込まれ、差し込む陽の光を受け、キラキラと輝いている。
今さら気が付く。
指輪の魔法石が、オルゼアの髪色と同じであることに。
深い意味なんてないわ。これは偶然。別に彼の髪色に合わせたわけではないのだから!
慌てて聖皇冠から目を逸らすと、オルゼアの銀色の瞳と目があった。その目は優しさをたたえ、彼が魔王ルーファスの生まれ変わりであることを、忘れさせてしまう。
「これまでパートナーを伴っていなかったのですが、こうしてレミントン公爵令嬢と馬車を共にすると……まず、わたしと合わせた衣装を着用したあなたがいることに、安心感を覚えます。次に魔法使いとして、周囲に注意をはらう姿に、頼もしさを覚えずにはいられません。その一方で公爵令嬢であるのだから、わたしが守って差し上げなければと、使命感にも突き動かされます。なんと表現すればいいのか。あなたから片時も目が離せない気持ちです」
しみじみとそんな風に言われると、おさまっていた心臓がトクトクと反応してしまう。さざ波を立てる気持ちを静めようと、オルゼアから視線を窓へと向ける。
「普段、経験されていないことを体験し、かつ西都ではない場所にいるので、気分が少し高揚されているだけですわ。すぐに慣れ、何も感じなくなります」
慣れて無関心になる――そうなってもらわないと大変だ。
覚醒もしていないうちから、オルゼアに私へ関心を持たれては……本当に困る!
王宮へ続く道と交差する別の道に目をやると、美しい馬車が見えた。ゴールドの装飾を車輪や馬具にまで使うなんて、並みの貴族の馬車ではないと思ったら……。あの獅子と剣は王家の紋章。そこにさらに描かれたアイビーの葉……あれは王太子の紋章だわ。
ということは、あの馬車に乗っているのは王太子とその婚約者。ならばその先頭にいるのは近衛騎士団の団長。そしてその馬車の後ろにいるのは近衛騎士団の副団長では?
馬車の後ろから副団長の姿が見えてきた。
先代聖皇の息子であり、オルゼアの命を狙う暗殺者の黒幕、ライト・アーク・スタンリー。しっかりその姿を見ようと、体を窓の方へ向ける。
大海を思わせる碧い髪。澄んだ碧眼に高い鼻。きゅっと結ばれた唇。
すっと伸びた背に、コバルトブルーの軍服。
濃紺のマントが馬の動きにあわせ、軽やかに揺れている。
その姿は瓜二つとしか思えない。
死を自覚し、最期に目に焼き付いた泣き顔。
その顔をいつもの冷静な彼の顔に戻したら……。
オルゼアの命を狙うライトの顔が、かつての仲間である勇者ノクスの顔と、重なって見えるなんて。複雑な感情が胸に沸き起こる。
「レミントン公爵令嬢、どうされましたか?」
オルゼアの言葉に「いえ、何も」と答えたいが、明らかに気持ちが動揺し、顔色も変わっていると思う。オルゼアはこういう変化にとても敏感。それは彼が病人と対面し、その怪我や病気を癒すこと繰り返しているのだから、当然だと思う。相手の気持ちに寄り添い、癒そうとするオルゼアだから、表情が変われば目につくはず。
ならば誤魔化せない。正直に伝えよう。
「驚いてしまったのです。あの馬車の後ろにいる騎士の方が、建国の王として知られるノクス・ミカエル・アウラ様にそっくりではありませんか」
「ああ、そうですね。ええ、王都では有名な方ですよ。建国王の若かりし頃に、瓜二つと言われています。とはいっても残されている肖像画や彫像に似ているだけで、本当に実在した建国王とそっくりなのかは、分かりませんが。肖像画や彫像は、実物そのままとは限りませんからね」
それは確かにそうだ。後世に残そうとして、画家や彫刻家に作らせるのだから。ちょっと髪の量を増やしてもらったり、身長を伸ばしてもらったり、皺を減らしてもらうことは……よくある話。
でもライト・アーク・スタンリー、彼はノクスが転生した姿としか思えない。
それにもし彼がノクスなら、オルゼアを狙う理由がよく分かる。ノクスも気づいたということだ。オルゼアの姿を見て、魔王ルーファスの生まれ変わりだと。
西都にいた時、ノクスはまだ前世の記憶が覚醒していなかったのだろう。でも王都で騎士を目指す中で、記憶が覚醒した。
騎士として積む訓練は、勇者として鍛錬していた頃と通じるものだったはずだ。修練を積む中で、勇者であった頃の前世の記憶を取り戻しても、それは何もおかしいことではない。
ただ、ノクスは魔王ルーファスの子供時代を知らない。幼いルーファスの姿なんて見たことはなかったはずだ。それでも王都にやってきたオルゼアと再会し、思い出してしまったのだろう、魔王ルーファスのことを。
この子供が成長した姿を想像した時、魔王ルーファスの姿が浮かんだ……。
ノクスは魔王討伐パーティを率いる勇者であり、リーダーとして、強い使命感と責任感を持っていた。仲間を励まし、気遣い、とても大切にしていたのだ。そしてついにあの魔王ルーファスを倒したと思ったその時。まさに足元をすくわれた。さらに自身を助けようとして、私が魔王の道連れになった。
自分の目の前で、仲間が命を落とす姿を見たのだ。
その後、建国の王となり、国作りに追われたとしても。ノクスのことだ。最期のその瞬間まで忘れなかったはず。あの日、噴火口で起きた出来事を。魔王ルーファスのことを。
もし魔王ルーファスと相まみえることがあれば、絶対にもう一度息の根を止める。仲間を道連れにしたことを、絶対に許さないと思ったはずだ。
まさか同じ時代、同じ国に、しかも西都に勇者と魔王が転生してしまうなんて。主は、なんて皮肉な采配されるのだろう。
「彼のことが気になりますか?」
オルゼアの銀色の瞳が探るように私を見ている。「気になりません」と答えるには、ノクスの姿を見過ぎていたと思う。「気になります、彼は何者ですか?」と答えていた。
「ライト・アーク・スタンリー、王太子様の近衛騎士です。……近衛騎士団の副団長。建国王に瓜二つの美しい騎士ですから、王都では令嬢達に大人気ですよ。レミントン公爵令嬢も、彼のような殿方が好みですか?」