20:ついに王都へ
だ、ダメだ。明らかに私、おかしい! もう早く、神聖力でなんとかしてもらわないと!
そう思ったまさにその瞬間。
馬車が急に止まり、座席から落ちそうになる私を、オルゼアが抱きとめた。抱きとめられたことで、衝撃と緊張のピークとなり、失神寸前になりかけたが。かつて魔王討伐に参加していた頃の勘が、私に教えている。馬車の急停車は、事故か襲撃のいずれかだ。そして間違いない。これは敵襲!
トン、トン、トン、トンと連続で、馬車の左手から不穏な音が響く。
これは矢が馬車に命中した音に違いない。
「変容魔法 木材鋼化」
「レミントン公爵令嬢!?」「姿勢を低くして、窓から離れてください!」
「強化魔法 硝子硬化」
その直後、何かが来ると感じた。
ドーン。
続く激しい揺れ。
オルゼアが座る左側の窓をみると、立派な木の幹が目の前に見える。レンガの塀を崩した上で、巨木が倒れてきた。いや、これは意図的に倒してきたのだろう。
「聖皇様、ご無事ですか!」
聖騎士が馬車に駆け寄る。
「わたしもレミントン公爵令嬢も無事です。敵襲ですか?」とオルゼアが大声で叫ぶ。その間に私は、馬車に寄りかかるように倒れている巨木に魔法を行使する。
倒木のそばにいた聖騎士がぎょっとしている様子が伝わってきた。
重力反転魔法で、倒木を元いた場所へ戻す。
「レミントン公爵令嬢、あなたはもしや魔法使いなのですか!?」
オルゼアが銀色の瞳を大きく見開いて私を見た。
◇
「なるほど。前世の記憶……ですか」
敵襲の被害を確認し、もろもろ対処した後、再び馬車が走り出した。
馬車は動く要塞になったと思う。
変容魔法と強化魔法で、馬車は矢では歯が立たず、倒木があってもつぶれることはない。馬にも筋力の強化と肺活量を増やす魔法をかけた。強化された筋力は、矢も弾き返すだろう。さらに疲労回復魔法もかけてある。
勿論、魔法を行使する姿を隠すこともなかったので、私が魔法使いであると、皆分かったと思う。離れた場所で偵察しているだろう暗殺者も、理解したはずだ。
そして今、横に座ったオルゼアに、なぜ私が魔法を使えるかを話した。
先日まで、どこにでもいそうなただの公爵令嬢だった。墓地でも暗殺者の襲撃に、なすすべもなかったのだ。それなのに今日、突然魔法を使いまくっている。まるで別人のように思えたことだろう。
ここはもう、当初予定した通り、魔法を使えることを正直に打ち明ける。
つまり前世の記憶が突如甦り、自分が魔法使いであったことを思いだしたと。魔法を行使するのに必要な魔法石も手に入れたので、魔法は自在に使えると話したのだ。
私の話を聞いたオルゼアは、落ち着いた反応を示した。「なるほど」と納得し、こんなことさえ話し出す。
「突然、異国の言葉を話せるようになった。料理なんて作ったことがないのに、夫が突如晩餐会に出せそうな料理を作り上げた。五歳の子供が、大人のように話し始めたのですが――。そんな相談が、聖皇庁に寄せられることは、これまでもありました。それは前世での記憶が甦ったものとして、聖皇庁では対処しています。よってレミントン公爵令嬢から今聞いた話も、すんなり受け入れることができました」
そうだったのね。前世の記憶持つ人は稀なのかと思った。でも相応の数がいるようだ。
「ただ、それは断片的なものです。はっきり自分が魔法使いだったと自覚し、しかもこれだけの魔法の数々を行使できるとは……。とても珍しいケースではないでしょうか。ここまで覚えているのなら、魔法使いだった前世のご自身の名前も、憶えているのでは?」
「それは……分かりません。魔法に関する記憶は、バッチリあります。でも前世での自分の名前、家族、友人……そういった個人的な記憶は、サッパリなのです」
「そうなのですね。でもそれでいいのかもしれません。レミントン公爵令嬢は、レミントン公爵令嬢としての人生があるのですから。前世での人間関係を思い出しても、その人達と会えるわけはないでしょうからね」
オルゼアのこの言葉には、半笑いになってしまう。通常、三百年の時を経て転生したら、当時交友関係があった相手との再会は無理……と思うはず。だが私は宿敵である魔王ルーファスが転生した聖皇、師匠と既に会っている。さらにこれから王都につけば、エルフのフォンス、ドワーフのトッコとも会えるのだ。
これは異例よね。
そう思う反面。
ある人物のことを思いだす。
三百年前。最期の瞬間に私の瞳が捉えたのは、碧眼の瞳から涙をあふれさせた顔。青いサラサラの髪が乱れ、悲しい顔をしていたのは――ノクス・ミカエル・アウラ。魔王討伐パーティのリーダーだった勇者ノクスだ。
人間だったノクスが、三百年経って生きているわけがなかった。
というかノクスについては、私が覚醒する前のクレアが、王国史の歴史でしっかり学習してくれていた。私がいるこのアウラ王国。そう、国名になっているアウラは、ノクスの名前に由来している。魔王を討伐し、建国の王となったノクス。
アウラ王国が誕生する以前は、現在の王都、東西南北の都、この五つがそれぞれ国として存在していた。それが魔王を討伐したノクスの元、一つの国になった。そしてアウラ王国が誕生したのだ。
つまりこの建国祭はアウラ王国の初代国王であるノクスを祝うお祭りでもある。
そこに転生した魔王ルーファスと、道連れにされた私が、共に参加するなんて、シュールすぎるわね。
ノクスを思い出し、前世の話をしたことで、改めてオルゼアが何者であるか再認識できた。異性だと意識するような相手ではない。魔王ルーファスの記憶を取り戻したら、性格が変わるかもしれない。ドキドキするような相手ではない。
おかげで変に彼を意識することもなくなった。
オルゼアは、襲撃があったことで、それこそ私の緊張と不安がさらに高まるかと思ったようだ。それなのになんだか私が達観してしまい、その様子を見て、かなり驚いていた。「神聖力で癒さなくて大丈夫ですか?」と心配してくれたが、もうその必要もないぐらい、気持ちは落ち着いている、
むしろ。
この後の王都までの道中が安全か。そちらに気を配ることになった。さらに師匠の伝令である紫の鳥の姿は、休憩の度に確認することができた。師匠がどこにいるのか分からないが、その魔法のカバー範囲は相当なものだ。それに大木による馬車への襲撃があった時、師匠は師匠で、その周辺で暗躍していた暗殺者を始末してくれていた。
聖騎士から「薔薇の生垣に絡まり、全身棘に刺され、身動きができなくなっている怪しい者達が、近隣の貴族の屋敷の庭で発見されました」「屋敷の番犬に噛まれ、悶絶している不審者達が見つかっています」と、オルゼアに報告されている。間違いなく、師匠が動いてくれた結果だ。
こうして暗殺者に気を配ることで、オルゼアを変に意識せずに済み、そしてこの日は旅籠で一泊した。ちなみにあの倒木の襲撃以降、目立つ大きな襲撃はなかった。魔法使いが動いていることが伝わったようで、下手な手出しは無駄になると、自覚してもらえたようだ。夜間の襲撃もなく、翌朝、ついに王都へ入った。
クレアの記憶ではなく、自分の目で初めて目にする王都。
西都も王都と匹敵する場所なので、街の作りとしては、共通しているところも多い。馬車道と歩道が、きちんと整備されている。石畳の道が続き、街灯もちゃんと設置されていた。火災に備え、木造の建物はほとんどなく、石造りやレンガ造りの建物が多くを占めている。噴水の数が多いのも、火災に備えた結果だろう。戦乱の減った時代、都市が滅びる原因は、疫病や火災だからだ。
その一方で、自然の景観をと考えたのか、間隔をあけ、街路樹が並ぶ通りもあった。広大な敷地を誇る国立公園や庭園もいくつかあり、そこは貴族や平民の憩いの場になっているようだ。
ただ、西都とは違い、ここが王都だと実感することになるのは……王城の存在だ。
聖皇宮は、白亜の大理石で作られた、低層の宮殿。対して王城は砂岩により建てられており、三階から四階建ての建造物を中心に、塔もいくつかあり、スケールが大きい。他の建物が平屋か二階建てなので、王城は目立つ。さらに王宮を含め、王族お気に入りの貴族たちが住まう区画、要職者が集うエリア、騎士団の宿舎や修練場などがあり、王城の敷地だけで一つの街のような状態だ。
「王城内に聖皇庁の王都出張所がありますので、そちらに滞在することになります」
そうオルゼアに聞いていたのだが……。馬車が止まり、降り立つと、そこは聖皇宮と変わらないような、白亜の大理石で作られた建物がある。出張所!? 間違いなく、大邸宅だ!