フミコ対ザフラ(4)
「げっぷ……ケティーお姉ちゃん、これまずいです」
MP回復薬を飲みきったリーナが開口一番、渋い顔と共にそう言った。
それを見てケティーは思っていた通りの反応がきたと腹を抱えて笑ってしまう。
「むぅ! 笑い事じゃないです!」
「あーごめんごめん、まぁ普通の飲み物じゃないんだし、そこは目をつぶって」
そう言ってケティーはひとしきり笑い終えるとリーナの両肩にぽんと手を置く。
「で、どう? 味は置いといて調子はよくなってない?」
「えっと……はい。なんだか気分がよくなってます。これなら千里眼の指輪をまだまだ使えそうです」
リーナのその言葉を聞いてケティーは満足そうに頷く。
「うん、そうでしょ?」
「でも、どうして? あのえむぴい? でしたっけ? その回復薬って一体何なんですか?」
「そうだね……まぁ手っ取り早く説明するとMP、魔力だね……これを回復する代物なんだけど、この世界じゃ魔力って概念がないからね」
「まりょく?」
「まぁ、その辺りは今の状況が終わったら川畑くんたちと一緒にちゃんと説明するよ。とりあえず今はこの世界の法則に当てはめて説明するね」
「……?」
首を傾げて頭の上にクエッションマークを浮かべてそうな顔をしているリーナを見て、ケティーは思わず頬が緩んでしまうが、今はその可愛らしい仕草に和んでいる時ではない。
「まずこの世界には魔法は2つあるよね?」
「はい、メイジの系統魔法と亜人の自然魔法です」
「そう、そしてそれぞれ魔法を発動するために使う力の源も違う」
「はい、メイジは自らの内側に流れる精神力を消費して系統魔法を……亜人は大気中に溢れる精霊力を使って自然魔法を発動します」
「そう、そしてメイジにしか精神力を汲み取る術はないし、亜人にしか大気中の精霊力は操れない」
「はい、だからメイジと亜人以外には魔法は使えません」
これはこの異世界の基本的な知識だ。
魔法はメイジと亜人にしか使えず、メイジは貴族、ゆえにこの異世界では平民は絶対に魔法は使えない。
没落して平民へと成り下がった没落貴族を除いては……
「でも疑問に思わない? じゃあ、どうして平民はマジックアイテムが使えるのか?」
ケティーの問いかけにリーナは首を傾げる。
「それはマジックアイテムが1回きりの魔法を封じ込めてるからじゃないですか? 1度発動した魔法をどんな形であれアイテムの中に封じ込めて、後はそれを何らかの形で解放すればいいだけだから精神力も精霊力も関係ない平民でも使えるって」
「確かに一般的にはそうなってるよね……でも、リーナちゃんの使ってる千里眼の指輪は1回きりのマジックアイテムじゃないよね? 何回でも使用できる」
言われてリーナは右手の人差し指に指にはめている千里眼の指輪を左手で軽く触れながら頷く。
「はい、これは特殊なマジックアイテムって聞いてます」
「マジックアイテムなのに1回きりじゃなく、使用を続けたらさっきみたいに倒れたりする。これがどういう事かわかる?」
「……わかりません。特殊なアイテムゆえなのか、1回きりのマジックアイテムでは使用して倒れたりなんかしませんから」
「……そう、だって1回きりだからね。マジックアイテムなんて言ってるけど実際には魔法を発動してるんだよ? 気付いてないだけで」
「どういう事です?」
リーナは困惑した表情で聞くと、ケティーはようやく本題に入れたと安堵して話を続ける。
「マジックアイテムなんて言ってるけど、代償なしにその効果を……そう魔法を発動できないんだよ。つまりはマジックアイテムの使用でも精神力は消費する」
「え!? ケティーお姉ちゃん、ちょっと待ってください!! 精神力はメイジにしか使えないはずじゃ!?」
驚くリーナの反応を見て、ケティーは満足そうに頷く。
これでこそ説明しがいがある。
「確かに、精神力の制御はメイジにしかできない。でもね……精神力は本来誰の内側にも流れてるものなの、それこそ亜人にもね……だから極論を言えば精神力を操れる系統魔法と自然魔法両方使える亜人がいても不思議じゃない」
「そんな……」
その事実にリーナは口をパクパクさせてしまう。
その反応がおもしろくて、つい眺めていたくなるが、それでは話が進まない。
なのでその欲求を我慢して話を続ける。
「精神力の制御の仕方はメイジしか知らないだけで、メイジ以外の庶民もマジックアイテムを使用する際に知らない間に精神力を消費してるんだよ。ただ庶民はその加減を知らない、だからどれだけ精神力を消費したかわからないんだ。マジックアイテムはどれも普通は1回きりだから精神力の消費なんて気にする必要はないけど、リーナちゃんの千里眼の指輪のように繰り返し使用できるアイテムは注意しなきゃ精神力が底を尽きた事をメイジでない限り理解できない」
「だから、さっきみたいに倒れてしまうんですね……」
メイジと違って精神力を自力で制御できない以上、マジックアイテムに一方的に消費させられるだけだ。
だからこそ、繰り返し使えるマジックアイテムの使用は慎重さが求められる。
「さっきリーナちゃんが飲んだのはその精神力を回復させる薬なんだよ。まぁ他の世界では魔力……MPとか言うんだけど」
「他の世界?」
「あ、今は気にしないで! とにかく、そういうわけだから、今度は無理をしないようにね! 少しでもきつくなってきたと思ったら言って! またさっきの回復薬を渡すから」
そうケティーが笑顔で言うとリーナは少しどんよりとした顔になった。
「また……あれを飲むんですね?」
「あからさまに嫌そうな顔するね……まぁ、きつくなってきたと思ってからだけど」
「はい、わかってます」
リーナはそう言うと再び探知を開始してインカムから聞こえる声に集中する。
『リーナちゃん大丈夫!? 何かあったの?』
「いえ、問題ありません! フミコお姉ちゃん!」
フミコはリーナが呼びかけに答えない事に心配したが、しばらくしてインカムからリーナの声が聞こえてくると安堵の息をもらす。
「よかった~返事がないから何かあったんじゃないかと心配したよ」
『ごめんなさい、でも大丈夫です!』
「だったら誘導お願い! 敵は透明ではなくなったけど、今度は複数人に増えたんだよね」
『え? 増えた? どういう事ですか?』
「たぶん幻影を見せているんだと思うけど、増えた相手を攻撃しても消えて空振りになるし……でも厄介なのが、どれも本物と同じ殺気を放って存在感はあるんだよね。だからどれにも反応してしまうし無視できない」
そう、どれだけ増えても本物の1人以外は害はないとわかっていても、その本物を特定する術がない。
幻影を見せているなら存在感がない偽物は無視すればいいのだが、どれも本物と変わらぬ殺気と憎悪を放ってくるし、消える直前まで本物の人間と変わらないような存在感を放ってくる。
現状のフミコではどれが本物か判断がしずらいのだ。
『わかりました! 今探知してる範囲では敵は2人だけです』
「2人……1人は死体を操ってる奴だね、それは無視して今目の前にいる敵の数は5人」
『5人ですか……その5人の配置を教えてください!』
フミコはリーナに5人の大まかな場所配置を教えながら相手の動きに警戒する。
今のところ、こちらをゆっくりと5人で包囲するような動きを見せているがすぐには襲ってきそうにない。
さきほどゆっくり殺すと宣言したが、言葉通り一気に仕掛けては来ないようだ。
『フミコお姉ちゃん、5人の位置は把握しました。わたしには本物の位置しか探知できていません』
「うん、だからその位置を教えてちょうだい」
『いえ、本物が仕掛けてきたら知らせます』
「リーナちゃん?」
『幻影とわかっていても本物と同じ存在感、気迫、殺気を出してくるんですよね? それだと下手に本物の位置を事前に教えてもその幻影の殺気に反応してしまう危険があります』
「それはまぁ、確かに」
『だからわたしが本物の動向を知らせるまで目を閉じておいてください』
「え!?」
つまりは視覚情報を遮って余計な事は気にするなという事だ。
それでも、視覚を遮るぶん、本物と違わない存在感や殺気を放つ幻影の接近は緊張を生むだろう。
プレッシャーに耐えきれず目を開けて反応してしまうかもしれない、それでも……
『フミコお姉ちゃん、わたしを信じてください!』
リーナは力強くそう言った。
だからこそフミコは躊躇はしない。
「うん、信じてるよリーナちゃん!」
言って目を閉じる。
視覚情報を遮り、リーナからの情報だけに頼る。
直後、複数の殺気が鬼気として迫ってくる気配を感じる。
刃物が振り下ろされる気配がする。
冷や汗が流れるが、反応はしない。
リーナは何も言ってこないからだ。
(そう、これは幻影のほうだ。問題ない)
背後や真上から殺気を放ち迫る気配がするが動かない。
体は危険を察し、反射的に動こうとするがなんとか堪える。
(今は自分の感覚よりもリーナちゃんを信じてるんだ)
そして、真正面と右方向から殺気が同時に迫った。
『フミコお姉ちゃん、右です!!』
リーナの言葉を聞いて目を閉じたまま銅剣を握る手に力を込める。
そしてギリギリまで我慢し、すぐそこまで気配が迫ったところで目を開く。
そして正面の相手には目もくれず体を捻って右から迫るザフラが突き出してきたクファンジャルを銅剣で叩き落とす。
「何!?」
驚くザフラの反応など気にせず、そのまま銅剣をザフラの体へと切り上げる。
「これで終わりだ!!」
そのままフミコはザフラの体を斬り裂いた。




