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これはとある異世界渡航者の物語  作者: かいちょう
7章:運命の乙女

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運命の乙女(21)

 少しでも速く駆け抜けなければならない、だから出し惜しみはなしだ。

 懐から鹵獲したスチームボールを取り出し強く握る。

 そして叫んだ。


 「スチーム、オン!!」


 スチームボールから蒸気が噴出され、それを全身に浴びる。

 直後、自分でも驚くほどの速度で取り巻き達の横を駆け抜けた。


 これが身体強化というやつか! と感心しながらも意識を集中する。

 近くに居るだろう事はわかっているが、それでもこちらからは透明になっているヒースとあかりがどこにいるかはわからない。


 だが、スチームボールの身体強化の影響なのか、自然とどこに2人がいるのかがわかった。

 第六感というやつだろうか? とにかく神経も研ぎ澄まされている今の状態だと、ヒースがどこにいるのか一目瞭然だった。


 「そこかぁぁぁぁぁ!!!!!」


 なのでアビリティーユニット・アックスモードを思いっきり振りかぶってヒースへと振り下ろす。


 「な!? どうして!?」


 思わず声を上げたヒースをアビリティーユニット・アックスモードで殴りつけて吹き飛ばす。

 吹き飛ばされたヒースはそのまま地面に落下して転がっていき、やがて少し離れたところで仰向けの状態で止まった。


 「ヒース!!」


 ヒースが吹き飛ばされた事にあかりが思わず叫び、透明化が解けてその姿を現した。

 そんなあかりへとアビリティーユニット・アックスモードの刃先を向ける。


 「動くな」

 「っ!!」


 あかりは向けられた刃先を見て、身を強張らせる。

 

 「心配しなくてもヒースは殺してない。柄の部分で殴り飛ばしただけでのびてるだけだ」

 「そう……ならよかった」


 自身に刃を向けられているにも関わらず、そう言ってあかりは安堵のため息をもらす。

 そんな様子を見て、これ以上の抵抗はないと確信し、向けていた刃先を下ろした。


 「やっぱり攻撃してこないんだな?」

 「……そりゃね? 私は戦闘向きじゃないもの」


 諦めの表情を浮かべたあかりはそう言った。

 こちらの予想は正しかったようだ。


 「すっかり騙されてた。背徳の女神に対抗するために召喚される運命の乙女だなんて言うから、てっきり強力な戦闘能力を持っているのかと思っていたが、そうじゃなかっったんだな……君に戦闘能力はない、だから代わりに戦ってくれる者達を集めて彼らを支援する。それが運命の乙女の役割。直接戦闘能力じゃなく間接的な戦闘能力、それが君の力ってわけだ」


 そう、だからこそシャルルは駒の奪い合いと言った。

 運命の乙女と背徳の女神が互いに相手陣営を倒せる駒を取り合い、そして相手を丸裸にしたほうが勝つ。

 そういう争い……


 そして戦えない運命の乙女は戦える者達をサポートする。

 例えば所持しているスキルを拡張したり、より強力にしたり、疲弊して1度しか使えないスキルを何度でも使えるようにしたり……


 「私には皆を支える事しかできない……運命の乙女なんて言われて持てはやされるけど、結局は人頼みの事しかできないんだよ」


 そうあかりは申し訳なさそうに言う。

 自分には大層な力はない、そんな存在ではないと悲観する。


 しかし、実際はあかりの支援なしでは戦えないのが取り巻き達の本音だろう。

 彼女がいるからこそ協力しあっている部分も多いはずだ。


 故にこそ、背徳の女神陣営は駒を奪うために記憶を書き換えまで行うのだろう。

 だから本人に戦う力はなくとも、あかりという存在は必要不可欠なものなのだ。

 ただし、自分の立場上それを本人に伝える必要はない。

 だから自身の目的だけを告げる。


 「そうか……まぁ、本人がどう思っていようが君がこの世界に多大な影響を与え、次元の歪みを亀裂を増幅させている事に変りはない」


 言ってアビリティーユニット・アックスモードを解除する。

 そしてアビリティーチェッカーをアビリティーユニットに取り付け、投影されたエンブレムを押す。


 『Take away ability』


 音声を発したアビリティーユニットをあかりへと突き出す。

 直後、あかりの体から光りの暴風があふれ出しアビリティーユニットへと吸い込まれていく。


 「きゃ!! いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」


 あかりは悲鳴をあげて地面に倒れ込んでしまった。

 そしてすべての光をグリップが吸い込むとアビリティーチェッカーの液晶画面の上に新たなエンブレムが浮かび上がった。

 それはあかりから「運命の乙女の能力」を奪った証だ。


 それを確認してからアビリティーチェッカーを取り外し懐にしまう。

 そして倒れているあかりの元へと近づく。


 「あかり、この世界で君が得た能力は奪った。君の状態はこの世界にはじめて来た時の状態にリセットされた。後は君を殺せばミッションコンプリートだ。その後の次元調整なんかのややこしい処理は自称神とやらの仕事で俺の知ったことじゃない」


 そう言うとあかりはため息をついた。


 「そう、やっぱり殺すんだね、私を………」

 「最初に言っただろ? そして最初に謝ってもいる。君に恨みはないが地球のためだ、死んでくれ」


 そう言ってアビリティーユニットからレーザーの刃を出す。

 あかりは諦めた表情を浮かべ抵抗をしなかった。


 そんなあかりへとレーザーの刃を突き刺す。

 叩き飛ばしたヒースがフラフラしながらも起き上がり、フミコの攻撃をくらって怯んでいたクラウス、ルーク、ヘンリー、坊ちゃんが慌ててこちらへと駆けてこようとするが、すでに遅かった。


 彼らの目の前で俺はあかりを殺したのだ。

 当然、激昂した彼らから攻撃を受けるだろう。

 しかし、すぐに彼らは忘れる……

 自分達が夢中になって守っていた、守ろうとした女性の事を。


 「終わったな……」


 呟いて空を見上げた。

 異世界転生者、転移者、召喚者……彼らを殺すこの瞬間だけはどうしても慣れることはできない。

 こんな事が地球の救済に本当に繋がっているのか実感もない。

 本当にクソったれな旅だと思う。


 そして、そんな旅を自身の使命と思い込む自分にも嫌気が差す。

 思い込まなければ先に進めないというのもあるが、これを拒絶反応を起こさず受け入れている自分は一体何なんだと考えてしまう。


 (やっぱどうにかして自称神の裏をかく方法を考えないとな……このまま奴の言われるまま行く先々の異世界で転生者達なりを殺していっていいとは思えん)


 現状、自称神の真意を探る術はない。

 欺く策も、最初に次元の狭間の空間についた時のメンテナンス施設で仕掛けたが、あれをカグが気付いているのかいないのか、実際問題わからない。


 何か、他に策を用意する必要がある。

 突っ立ったままそう考えていると、あかりを目の前で殺され怒り心頭の取り巻き男子5人衆が何かを叫びながらこちらに向かってきていた。


 何を言われているのかは考え事をしていたから聞いていなかったのでわからないが、まぁ予想はできる。

 さて、どうしたものかな? と顎に手を当てて考える。

 どうせ彼らはすぐ忘れるだろうから適当にあしらうべきか、ちゃんと彼らと向き合うべきか……


 彼らの後ろからはフミコも慌ててこちらに来ようとしているが、疲弊して速く走れないのだろう。「かい君、ごめん」と言っている。


 別段、あかりから能力を奪って殺すまでの時間を稼げたんだから、謝る必要はないのだが彼らをこちらに向かわせてしまった事をフミコは失態と感じているのだろう。

 そんな事はないのだが、後で何かしらフォローを入れといた方がいいかと考え、迫り来る怒れる取り巻き男子達を見据える。


 「さて、連中があかりの事を忘れるまでの僅かな間くらい付き合ってやるか」


 言ってレーザーブレードを構えた時だった。

 突然、彼らの動きが止まった。


 「な、なんだ!?」


 突然の事に周囲を見回す。

 フミコはヘロヘロになりながらもこちらに走ってきている。

 そう、フミコの動きは止まっていない。


 自分とフミコ以外の時間が止まっているようだった。

 そして心なしか周りの景色から色が消えたような気がする。

 気がつけば日は落ちて暗闇が世界を支配していた。


 一体何が起こったのか? と警戒するが、この現象を以前にも自分は体験している。

 そう、それは昨日のグラスガムの金融街での戦闘が終わってから。

 つまりは……


 「背徳の女神か!!」


 叫んで周囲を警戒する。

 すると夜の景色となった目の前の庭園に黒い靄が大地から吹き出す。

 昨日とまるで同じだ。


 「我の敵たる忌々しい運命の乙女を殺害せしめるとは見事な働きぶりだな。褒めて使わす」


 黒い靄から背徳の女神の言葉が響く。

 しかし、当然ながらこいつのためにやったわけではない。


 「いらねーよ! てめーのお褒めの言葉なんざ聞きたくもねー! 俺たちは俺たちの目的で運命の乙女を殺した。それだけだ」

 「ふん……我に対して不遜な口を聞くの? いいのか? そなたが使ったスチームボール、我の祝福を受ければ制限なく使用できるようになるというに……」


 背徳の女神の言葉を聞いて、何か言おうとした時だった。

 突然空から一羽のカラスが飛んできて自分と黒い靄の間に割って入った。

 それは自称神のカグであった。


 「カグ!? お前今までどこに?」

 「それは今聞く事でもなかろう?」


 神を自称するカラスはそう言うと黒い靄へと言葉をかける。


 「久しいの? 最後に会ったのはいつじゃったかの?」

 「……そなたカグか? 我をこの世界に閉じ込め、繰り返し輪廻転生を繰り返す楔に繋ぎ止めた悪鬼が何用だ?」

 「酷い言いようじゃの? ただ単に迷惑極まりない駄神を辺境異世界左遷(しまながし)にしただけなのにの?」


 カグと背徳の女神の会話を聞いて、やっぱりこいつら知り合いじゃねーか! と昨日のカフェでの返答に対してツッコミを入れたくなったが心の中に留めておくことにする。


 知り合いならカグがこの場を収めてくれと思い見守る事にした。


 「背徳の女神の加護はこやつにはいらん。お主も感じておろう? こやつはもうこの世界を離れる。そんな相手にお主の加護など無意味じゃ」

 「……なるほど? カグよ一体何を企んでおる?」


 言われたカグはカラスが到底できそうにない邪悪な表情を一瞬浮かべ。


 「企む? これはこやつの世界を救う旅じゃぞ? それ以外に何か説明が必要か?」


 そう言ってのけた。

 確かに地球を救う旅だが、カグが心の底からそう思っているとは思えなかった。

 それがわかっているのか背徳の女神は小馬鹿にしたように笑い、こう言った。


 「そんな事を言う時点で何か企んでいる事は明白だ! まぁいい、この世界から抜け出せない我には関係ない事だな?」


 言うと黒い靄は徐々に消えていく。

 そんな黒い靄に向かって、カグは軽い口調でこう言った。


 「あぁ、そうそう。運命の乙女は確かに殺したが、それはこやつの旅の一環で殺したに過ぎんからの、また新たにこの世界には運命の乙女が召喚されるぞ? まぁさきほど殺した運命の乙女の記憶はこの世界から消えるから取り巻き達がまた結集するかはわからんがの? とはいえ新たな運命の乙女を介してより強大な運命の乙女一行が生まれるかもの? まぁ未来永劫続く同じ世界で転生し続け殺され続ける定めを楽しめ」


 そう言ってカグはケラケラ笑う。

 それを聞いて黒い靄は「カグ!! 貴様ぁ!!!!」と怒りの雄叫びをあげて再び勢いを増すが、その時にはすでにカグをはじめとした異世界渡航者達の姿はどこにもなかった。


 黒い靄が消え去った後、周囲は日中の明るさを取り戻し、時間も動き出していた。

 その時にはクラウス、ルーク、ヒース、ヘンリー、”指揮者”の坊ちゃんの頭の中から運命の乙女である異世界召喚者、日野あかりの記憶はすでに消え去っていた。

 そして自分達が運命の乙女の取り巻きであった事も忘れている。


 故に彼らは思う。

 自分達はここで一体何をしていたんだ? と……


 こうして日野あかりを中心とした運命の乙女一行は別々の道を歩むことになる。

 そしてこの世界にまもなく新たな運命の乙女が召喚されるのだが、その物語は誰も預かり知らぬ物語である。




 日野あかりは底が見えない暗闇の中をただ落ちていっていた。

 どうしてそうなったのか、あかり自身思い出せない。

 どうしてだったか?


 そこでようやく思い出せた。

 自分は殺されたのだ。異世界渡航者と名乗る人物に

 地球を救うためにと……


 まったく荒唐無稽な話だと思う。

 本当に勝手な言い分だと思う。


 そもそも自分は自分の意思であの世界に召喚されたわけでもないのに……

 自分が運命の乙女の地位なんて欲したわけでもないのに……


 自分は日本にいた時はごく普通の人間だった。

 とくに何かに秀でた才能があったわけでもなく、学校でも人気者だったわけでもない。


 そんな自分がある日突然知らない世界に召喚されて、世界を救う存在だと言われた。


 最初は戸惑ったが、徐々に慣れていった。

 環境に適応していった。


 自分を慕う仲間もできた。

 順風満帆に思えた。


 でも、それが地球の危機を招いていると言われた。

 そして力を奪われ殺された。


 なら自分は一体どうすればよかったのだろうか?

 わからない……わからないが、もう過ぎたことだ。

 終わったことだ。


 せめて来世ではうまく立ち回ろう。

 そう思うしかなかった。


 やがて落ちていく暗闇の中で微かな光が足下に見えた。

 なんだろう?

 そう思った直後、光は輝きを増して落下する速度が増す。


 そして次の瞬間、思いっきり床におしりをぶつけて激痛にのたうちまわる。


 「痛っ~~~~~!!! 何なの一体!?」


 涙目になりながらも顔をあげて周囲を見回す。

 そして、その光景に驚いた。


 「何ここ?」


 あかりが見た風景、それは長いテーブルにイスがたくさん並べてある、どこかの施設の食堂を連想する室内だった。


 その食堂のような光景は実は異世界渡航者、川畑界斗の活動拠点である次元の狭間の空間、その中の食堂とそっくりなのだが、その事を日野あかりは知る由もない。

 そして、この食堂のような施設の外も次元の狭間の空間と瓜二つだという事も当然知らない。


 日野あかりは周囲を見回す。

 するとたくさん並べてあるイスには数名ほどが座っていた。

 奥のキッチンにはこちらに背を向けて調理している者もいる。


 一体ここはどこだろう?

 そう思っていると、イスに座っている1人が声をかけてきた。


 「やぁ! 新入りかい? 女の子が来るのは初めてだな!」


 そう言って声をかけてきた男の子は笑顔で手を差し出してくる。

 なので手を取って立ち上がると男の子も立ち上がった。


 「あ、あの~あなたは一体? というかここはどこですか?」


 恐る恐る聞くと、男の子はう~んと唸って考え込む。


 「なんて言えばいいんだろう? ここがどこかは詳しく説明しづらいな?」


 言って男の子は考えるのを止めたようだ。


 「とにかく、ここがどういったところかはおいおい説明するとしてまずは自己紹介をしよう! 俺は今元晋。かつて転生者として異世界で魔王退治の使命を背負った勇者をやってた者だ!」


 今元晋と名乗った男の子は自己紹介が終わると最後にこんな事を言った。


 「ようこそ! 敗北者パーティーへ! 俺たちは君を歓迎するよ!!」


 あかりにはその言葉の意味するところがまったくわからなかった。

 とにかく、自分にはまだ終わりが訪れていない。

 それだけはわかった。

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