運命の乙女(1)
次元の狭間の空間、ここは自分達の活動拠点であり多くの時間を過ごすホームだ。
というより、この空間での暮らしがほぼすべてとなっている。何せ異世界から次の異世界へと移動する間に要する時間は数日から1週間ととにかく長い……だからこそ、その間に色々準備もできるわけだが。
実際、異世界を旅するより次元の狭間の空間にいる時間のほうがメインに感じる程だ。
そして、地球を旅立ってから4つの異世界と疑似世界を巡ってきたが、数日を要した異世界はこの前の極寒の異世界のみである。
あれでも2日、疑似世界は次元の狭間であるため時間の間隔がわからないのと就寝時間がなかったため、実際のところどうカウントしていいかわからない。
が、それを除けば今のところ異世界で何日も滞在するという事態は発生していない。
これに関しては運もあるだろうが、要するに情報収集を徹底すれば短い時間で転生者や転移者、召喚者にたどり着けるという事だ。
とはいえ情報収集だけですべて解決できるわけではない。
これからは何かしら別のアプローチも必要だろうか?
そう考えながら食堂で調理しているとフミコが食堂にやってくる。
「かい君おはよう」
「あぁ、おはよう。朝ご飯もう少し待っててくれ。もうすぐできるから」
「うん、わかった」
そう言ってフミコは席に着く。
広い食堂に並べられたいくつもの長いテーブルの中で最もキッチンに近い場所についたフミコからはいつもの元気さがない。
これは極寒の異世界から帰ってきてからずっとそうで、やはり気が滅入っているのだろう。
とはいえ、空元気でもご飯を食べたら普段通りに戻るのだが、寝起きと寝る前はいつもこの感じである。
(何かしら気の利いた言葉なりをかけるべきなんだろうが……昼から夕方にかけては普通だしな)
そう思いながら調理していると、そんなフミコとは正反対な元気さでケティーが食堂に入ってくる。
「川畑くんおはよー!! 今日も朝からおいしい料理食べられると思うとテンションあがるねー!」
そう言ってケティーが笑顔で席につく、こちらは相変わらずだ。
まぁ、おかげで朝の空気が和らいでるわけだが……そんなケティーは席に着くやいなやフミコの方を向くと。
「ん? 何読んでるの?」
首を傾げた。
調理していて気付かなかったが、見れば確かにフミコが何か、雑誌のような物を読んでいる。
「なんだそれ?」
自分とケティーに言われて、フミコが読んでいる雑誌のような物の表紙をこちらに見せてくる。
その表紙にはこう書かれていた。
「初心者でもわかる異世界ガイドブック」
え? 何それ? そんな本あるの? というかどんな内容書かれてるんだよそれ?
そう思ってケティーの方を見る。
本や雑誌なんかはケティーの売店でしか手に入らないが、どうやらケティーも知らない本のようだ。
なので雑誌のような物の表紙を見たケティーが呆れた顔で。
「いや、どこで手に入れたの?」
とフミコに聞いた。
フミコは雑誌のような「初心者でもわかる異世界ガイドブック」という謎の本を一旦テーブルに置くと。
「今朝起きたら部屋に置いてあったのよ。読んでみたら中々参考になるから、かい君の手伝いをするためにもこれは熟読しなきゃ! って」
そう言ってフミコは再び謎の本を手に取り読書に戻る。
部屋に置いてあった? カグの仕業だろうか?
まぁフミコの知識が増すのは旅をしていく上で大事だが、それにしても就寝してるフミコの部屋に入り込んだという事だよな?
不法侵入だな許せん……後でとっちめてやろう。
そう思っているとケティーが立ち上がってフミコの後ろへと歩いて行き、本の内容を覗き見る。
そして「ぷぷっ」と笑った。
「ねぇ~フミコ? さすがにその内容はないんじゃない? なんていうか……その本何歳向け?」
ケティーがバカにしたように言うとフミコが無言で本を閉じる。そしてテーブルの上に本をそっと置くと立ち上がって、すかさずケティーに殴りかかった。
「ケティーあんたね……いい加減にしろーーーーーー!!!!!」
例のごとく取っ組み合いの喧嘩が始まった。
毎度この2人をどうすれば仲良くできるだろうか? と悩むところだが、今はこれで気が晴れるかもしれないと自分に言い聞かせ黙って見守る事にする。
「で、結局その本一体どんな事が書いてあるんだ?」
取っ組み合いの喧嘩が終わるのを待って声をかける。
ちょうど朝ご飯もできたところだし、テーブルに並べながら2人を引き離す意味合いも込めて聞いた。
ちなみに喧嘩の勝敗は今回もつかなかったようだ。
「うん、異世界の基礎知識みたいな事だよ? 転生者、転移者、召喚者の違いとか書いてある」
「なんだそれ?」
聞けば聞くほど、一体誰がどういったターゲット層に向けて書いた本なのか疑問が湧いてくる内容だった。
とはいえ、フミコは至って真剣に読んでいるのでこれ以上深くは突っ込まない事にする。
「ところで、食べ終わったらもう次の異世界に行くんだよね?」
「うん? そうだよ。頭痛も治まってるし、異世界とはもう繋がってるはずだから」
そう言うとフミコが真剣な表情で聞いてくる。
「じゃあ今回は素早く転生者か転移者か召喚者かを見つけてこっそり能力奪うんだよね?」
「え? あーうん、それは行ってみないと何とも言えないが……」
それ以上は答えようがなかった。
実際、この旅は「計画」というものを立てづらい。
何せ、次がどういった異世界なのか、実際に現地に踏み込まないとわからない以上、事前に詳細な行動計画など立てられるわけがない。
出たとこ勝負なのが最大の難点なのだ。
RPGなどで「このダンジョンはまだレベルが足らないから回避しよう」という選択が自分たちはできないのだ。
だから、こっそり能力を奪うという行為ができるかは行ってみない事にはわからない。
まったく難儀な旅だと思う。
しかし、前回の極寒の異世界での経験が相当堪えているフミコは極力誰とも関わらないで事を済ませる道を選びたいようだ。
それは自分も同意見で、本来はそうしなければならないのだが。
結局のところ、現地でまずは情報収集をしなければならない以上、関わり合いをもたずに済ませるのはほぼ不可能だ。
何か察知能力のようなものでもあれば話は別だが、そんな便利は能力はまだ手に入れていない。
結局は地道に探すしかないのだ。
「でも、かい君能力を視れば奪えるんでしょ? だったらそれに専念すれば何も問題は……」
「フミコ、ひょっとして俺の転生者なりの能力を奪う力が万能で最強と思ってないか?」
「え? 違うの? どう考えても最強じゃない」
フミコの言葉を聞いてため息が出た。
ケティーもやれやれと首を振る。
そんな自分たちの反応にフミコが戸惑う。
「え? なんで? だってそうじゃない!」
「最強でもないし、万能でもないぞ? そもそも能力を奪えると言っても転生者、転移者、召喚者じゃなければならない」
「うん、だから転生者なりがわかれば後は……」
「能力を視れなきゃ奪えないぞ?」
「うん、だから能力を使うところさえ目撃できれば……」
「能力を使用しなかったら?」
「……その時は、能力を使うように誘導すれば」
「それでも使用しなかったら?」
「その時は………う~ん……」
フミコはそこで悩んでしまう。
そう、相手に能力を使用させるにはどうすべきか? が最大のネック。
真正面から喧嘩を売って戦っても、相手が使用しないパターンもある。それは……
「たとえ転生者なりがわかったとしても、相手が能力を持ってなかったらどうする?」
「へ? ……そんな事あるの?」
「転生者、転移者、召喚者が皆能力を持ってるとは限らないだろ……転生前の知識なりを使ってのし上がり、仲間に戦わせて自分は非戦闘員だから戦わないというパターンだってあるかもしれない」
「その場合、どうなるの?」
「さぁな? 相手に奪う能力がない以上、何をしたって能力を奪えるわけないんだから普通に殺すだけでいいのか……そこはわからない」
そういったパターンの説明はカグから受けていない。
ただし、何かしらの能力を使ってその世界でイレギュラーとなり、それが次元の亀裂に影響を与える以上は、この手の転生者なりは対象外なんだろう。
だから、このケースに出会うことはないのかもしれない。
しかし、心構えだけは必要だろう。
能力を奪わず、ただ殺すという心構えを……
「それ以外で言えば、能力を使用しているのかどうかわからないパターンだな」
「何それ? どういう事?」
「フミコの時代にも呪いはあっただろ?」
「うん、それはまぁ」
「呪詛の類い、あれって端から見て能力を使ってるってわかるか?」
フミコは考え込むが首を振る。
「たぶんわからないと思う」
「だよな? 呪詛の場合、呪われる対象と使用者を同時に視ている必要がある。これは実際問題不可能に近い」
「そりゃ、相手の目の前で呪詛を行うことは滅多にないもんね……」
「そう、だからこの手の能力は奪うのは極めて難しい。それと能力は視れても奪えないケースもある」
フミコがその言葉に首を傾げる。
「どういう事? 能力は視たんでしょ? なら後は奪えるんじゃ」
「超遠距離攻撃……ロングレンジが能力の場合、こちらから見えない位置で能力を使用されると厳しいよな? しかも一方的に攻撃を受け続けると」
「確かに……でもその場合だと敵対せずにそれこそ身を潜めて能力を使用するのを待ってればいいんじゃ」
「確かに、このロングレンジの場合だとそれが正解だな。ただ、能力者からは特に何か能力を行ったというジェスチャーもなく、見えない遠くの敵には攻撃が見える場合だとどうだ?」
言われてフミコは考える。想像して悩んでいるようだ。
このケースは攻撃される側、身を潜めて能力発動を覗き見る側、どっちの側でもかなり厳しい。
何せ、実際は能力を行使しているが、身を潜めて覗き見ていても能力が発動したのかこちらには判断がつかない。
攻撃される側だと、能力は視たが一体どこから攻撃されているのかわからない以上、能力者にたどり着けなければ意味がない。
更にそのロングレンジ攻撃の特性で、「対象の相手を攻撃した後、自動で相手と一定の距離を取る」なんて付加効果があった場合お手上げだ。
一生能力者にたどり着けない事になる。
「それ以外でも透明人間なんかは正直厳しいな」
「透明人間?」
「そう、まぁ透明になる瞬間さえ目撃できれば問題ないが、その後は?」
「え? その場で能力を奪えば……」
「透明になるって事はその場から消えるって事だぞ? 透明になった後、こっちの想像を遙かに超える速さで移動していたらどうなる?」
「あ………」
言われてフミコは思ってもみなかったといった表情となった。
そう、能力を視たからと言って確実に奪える保証はないのだ。
たとえ透明になった瞬間を見れても、その後確実に捉えられなければ意味はない。
また、目の前に透明になった転生者なりがいたとしても、自分にはそれがわからない以上どうにもならない。
自分の知らないところで透明になったり戻ったりして、透明になって誰にも気付かれない状態で目の前にずっといても対処できない。
だから、この手の能力もこちらが対抗する術を持っていれば奪えないことはないが、かなり厳しい部類にはいる。
「そして、たぶん絶対に奪えない能力が時間操作系だな」
「時間操作系?」
フミコが首を傾げるが、ケティーは納得したように頷く。
「確かに、時間操作系は川畑くんじゃまず持って奪えない能力だね」
「なんでそう言い切れるの!?」
ケティーの断言にフミコが怒って怒鳴った。
どうにも自分はわからないのにケティーがわかってるのが悔しいらしい。
そんなフミコを見てケティーが小馬鹿にしたように言う。
「まぁ、経験っていうのかな? わかるんだよね~別にすべての時間操作系が奪えないわけじゃないよ?」
時間操作系と言っても色々な分野がある。
たとえば体感加速。
自分以外の時間を減速させる能力だと、相手は普通に動いてるのに自分達はゆっくりしか動けないパターン。
この場合だと、普通に動いてる相手に一方的にやられてしまうが、ゆっくりでも動ける以上は能力を奪える可能性はある。
一方で自分自身だけが超加速する能力だと、その速さについていけない限り対処は厳しいが能力を奪えないわけではない。これは単純なスピード対策でどうとでもなる。
厄介なのが時間停止能力。時間を止められる以上、確実に攻撃を回避できる手段を用意しておかないと知らない間にやられてしまう。
だが、これもやり方次第では対処が可能であり、時間停止の事実に気付けば極めて厳しいが能力は奪えるだろう。
問題は時間軸の移動、いわゆるタイムループだ。
タイムマシーンなんかで過去、未来を行き来する能力は極めて条件が厳しい。
例えば未来にタイムワープする能力の場合、未来に飛ぶ瞬間を見てさえすれば、どれだけ先の時間に飛んだかにもよるが、いずれ時間が追いついて能力を奪えるかもしれない。
しかし、過去にタイムスリップする場合はどうだろう?
過去に飛ぶ瞬間を見れても、過去に逃げられたら追いかけようがない。
そして過去に飛ぶ以上、もはや手出しできない。
そして、このタイムスリップにもいくつか種類がある。
1つはいわゆるループもの、時間循環系だ。
特定の出来事から特定の出来事までの期間を永遠と繰り返す、その循環に巻き込まれた場合、記憶もリセットされるため、抜け出したり、看破するのは至難の業だ。
そして、この手の能力がどう発動したか? 誰が発起者か? を見つけ出すのは困難と言える。
もう1つが即時改変系。
自らの失敗を即座に修正するタイムスリップ能力だ。
この場合、どれだけ過去に遡れるか、頻繁に過去改変が可能かが鍵になってくるだろうが、能力使用に気づけても奪うのは至難の業だ。
誰かにとって都合良く物事が進んでると感じても、それが誰かが時間を巻き戻しているからだと思い浮かべられるか? と言ったらそんな妄想家はそうそういないだろう。
それに、誰かにとって都合良く物事が進んでいるからといって、その誰かが時間を巻き戻して過去を改変しているとは言えない。
別の誰かが、何らかの理由でそうしている可能性もある。
そして当然、能力者を見つけて能力を発動する瞬間を見れても、過去に飛ばれては手の出しようがない。
結局は奪えないのだ。
そして即時改変には別の派生系として並列世界にシフトするものもある。
特定の時間軸をあらかじめ決めておいて、失敗すればその時間軸に戻る。
そこまでは同じだが、元の時間軸ではなく並列した別の可能性の時間軸に移動するというものだ。
いわゆるパラレルワールド・シフト。
この場合だと、別の異世界扱いになるので追いかけることは可能かもしれない。
ただし、永遠にいたちごっこが続くだけだ。
だから、この場合だと奪えなくはないが条件はかなり厳しい。
最後に最も厄介なのが時間循環系だろうと即時改変系だろうと、過去にタイムスリップするのに特定の条件が課せられているケースだ。
代表的なものが「能力者の死亡によってタイムスリップが発生する」パターン。
この場合、もう死んだ本人にしかわからない。
つまり能力の検証は他人にはできない。だから絶対に能力は奪えない。
「じゃあ、それが転生者なりの能力だった場合どうするの?」
不安そうにフミコは聞いてくるが、こればっかりは答えがない。
なので両手をあげて首を振る。
「それはもうお手上げだな……どうにもならん」
「そんな……じゃあもし、次の異世界の転生者なりがそんな能力者だったら……」
「まぁ、能力を奪えない以上は先に進めないし、旅はそこで終わりよね」
心配そうな顔をするフミコにケティーがしれっとした調子で言う。
しかしケティーは「心配しなくても、その時は助けてあげるよ? 川畑くんだけだけどね」と続けて言ったので、再びフミコとケティーが争いを始めた。
やれやれ、騒がしいことだ。しかし改めてフミコに説明した事で考える。
本当にそんな能力を持った転生者なりと出くわしたら、どうすればいいのだろうか?
(まぁ、今は考えても仕方ないか……所詮は出たとこ勝負の旅だ)
思って騒いでる2人に声をかける。
「さぁ、遊んでないで早く朝ご飯食べろよ? 次の異世界に出掛けるんだからな?」
そう言ってご飯を食べ始める。
しかし2人はまだ言い争っていた。これは出発はいつになるんだろうな?
いつしかそんな思考に頭の中は変わっていた。




