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これはとある異世界渡航者の物語  作者: かいちょう
6章:極寒の異世界

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極寒の異世界(11)

 何者かが自らを”氷の精霊”と名乗った直後、空間全体が冷気に包まれた。

 そして、すぐに異常に気付く。


 「フミコ!! それにみんなも口を塞げ!!」


 叫んで手で口を塞ぐ。

 フミコにタクヤ達も慌てて口を塞ぐが、聖鎌を扱う老人だけは手遅れだった。

 口を開いて咳き込み、息苦しそうに喉元を抑えている。


 そして口の中が見る見るうちに凍っていく。

 空間全体に満ちた冷気を吸い込めば最後、すべてを凍らすという事なのだろう。


 しかし、聖鎌の老人はただでは倒れない。

 ”氷の精霊”を睨むと、喉元を抑えていた手を離し聖鎌を力強く握る。


 「おのれ! いい気になるなよ!?」


 老人は聖鎌を振るって”氷の精霊”に斬りかかる。

 しかし……


 「愚かな……勝てると思ったのか? その聖具の属性は何だ?」


 ”氷の精霊”が指摘した直後、水を纏う聖鎌は一気に自らが纏う水によって氷の塊と化す。

 そして、その事にしまったと思う間もなく老人は全身凍り付き、その場で動きを止めた。


 「じいさん!!」


 口を押えながらタクヤが叫んだがどうにもならない。

 ユプクの時と同じく、凍り付き固まった老人の周囲の氷のブロックが巨大な氷の手のような形に盛り上がり、両手で握りつぶすように老人に覆い被さる。

 そして老人はそのまま床の氷の中に埋め込まれてしまった。


 「これで2人……しかし、今の状態ではここいらが限界のようだな? まったく……時間の経過による劣化はままならん」


 ”氷の精霊”がそう言うと空間全体を包んでいた冷気がなくなる。

 冷気がなくなった事を受けて全員が口と鼻を塞いでいた手を外すと聖具を構えて”氷の精霊”を睨む。


 「よくもじいさんを! 許せないっす!!」


 そんなこちらの様子を見て”氷の精霊”は特に顔色1つ変えなかった。


 「ふん、悪魔を何匹処分した所で感謝される事はあっても、批判されるいわれはないな?」

 「てめー!!」

 「それにしても、この状態で残りの悪魔の処分は少し厳しいか? なら眷属を呼ぶしかあるまい」


 ”氷の精霊”がそう言うと赤く光る巨大なクリスタルの形が変化する。

 それはまるで鎧のような形になると、その鎧の中から骨格が突き出して展開していく。

 やがて骨格の周囲に肉がついていき、毛が生え、1体の生物となった。


 それは見た目はホッキョクグマだが、大きさが明らかに違う。

 ホッキョクグマの大きさが大体2メートルなのに対し、その生物は4メートルほどの大きさだ。

 前足の爪も鋭く、口から長い牙も生やしている。


 それの名は聖獣ウルティムス。

 この地域一帯で最も神聖で最も獰猛な生き物である。


 その聖獣ウルティムスと同化するように”氷の精霊”の半透明の姿が聖獣と重なっていく。

 そして”氷の精霊”の姿がなくなると聖獣ウルティムスの目が赤く光り輝く。


 「ふむ……感度は良好、同化は滞りなく完了だな」


 聖獣ウルティムスに憑依した”氷の精霊”が動作を確認するように体を動かしながら言う。

 そして、こちらへと視線を向ける。


 「では残りの悪魔の処分と行こう」


 そう言うと、一気にこちらに向かって突進してくる。

 それをヤクヤは聖斧アジャールを振るって真正面から受け止める。


 「てめーだけは絶対に許さないっす!!」

 「悪魔に許しを乞うつもりはないし必要もない」


 聖獣ウルティムスが前足を振るい、鋭い爪の斬撃を行うがこれをタクヤは軽く弾き返す。

 お返しとタクヤも聖斧アジャールの斬撃を放つが、聖獣ウルティムスも爪でこれをはじき返す。

 その攻防が数回続く中、タクヤが聖獣ウルティムスに問いかける。


 「なんでオレたちを殺そうとするんすか? オレたちは悪魔じゃないっす!! それに主との盟約とか精霊王とか一体何なんすか!?」


 タクヤの問いに”氷の精霊”が憑依した聖獣ウルティムスは鼻で笑う。


 「そんな事も知らずにここに来たのか? いくら記憶も記録もなくなっているとはいえ無知にも程があるぞ?」

 「記憶も記録もないんじゃ、調べようもないっすよ!!」

 「ふん、あぁ言えばこう言う……まぁそれも、もっともな意見ではあるな。いいだろう、なら教えてやる。お前達悪魔の歴史をな!」


 そう言って両前足を激しく振るってタクヤを弾き飛ばすと、”氷の精霊”が憑依した聖獣ウルティムスは語り始めた。

 この異世界の歴史を……


 事の発端は1000年前、それまで北の大地と南の大地には細々としたものながら交流はあった。

 とはいえ、本格的な交易はなかった。

 南の土地の人間にとって、厳しい北の大地に魅力を感じるような資源が何もなかったからだ。


 一方で、北の大地の人間も交流の拡大を望んではなかった。

 北の大地は環境は厳しくともそれぞれが自由に生きる術を持っていたからだ。


 しかし、この状況を一変させる出来事が起こる。

 南の大地の人間が行った精霊召喚の実験だ。


 精霊の召喚に成功した南の大地の人間はやがて精霊の力を借りて、どんどん土地の開発を行っていく。

 生活が豊かになる道具の開発や製造も行っていく。

 それによって南の大地の人間の生活水準は大幅に向上した。

 しかし、その代償として自然環境は大きく破壊される。

 そのしわ寄せはやがて北の大地へも向かう。


 環境破壊によって、気温などの上昇により北の大地の生態系も大きく変化し、北の大地の人間の生活は一気に苦しくなった。

 やがてこの危機の発端が南の大地の人間によるものだと知った北の大地の人間は、一気に南の大地の人間への不信感を募らせる。


 そして、ついに北の大地の生態系全体で起こった飢饉に北の大地の人間の怒りは爆発し、南へ南下して、彼らから土地と食料を取り上げようという動きが生まれる。


 これを後押ししたのがヤクバと呼ばれる集団だった。

 国家という概念も結束もなかった北の大地の人間をまとめ上げ、一気に南下政策を始めたヤクバはその優れた戦術で瞬く間に南の大地の大部分を制圧する。


 これに危機感を抱いた南の大地の人間は精霊召喚によって得られる加護を最も受けられる人材を摘出し、「精霊王」として、すべての精霊の力を集中させて運用する作戦に打って出る。


 雪崩のように押し寄せるヤクバに対して、局地的な迎撃で対処できるのか?という声も中にはあったが、蓋を開けてみれば要所要所で指揮官を撃破し、全体を混乱に陥れる作戦は功を成し、ヤクバを北の大地と南の大地の境界線である吹雪の山脈まで押し戻すことに成功した。


 そして、南の大地の人間は精霊王が北の大地に乗り込んで彼らを根絶やしにすることを強く望んだ。

 ところが精霊王に、一部の人間はこれに反発する。

 元を辿れば、自分たちが招いた事態である事は明白だったからだ。


 だからこそ、精霊王はこれ以上の迎撃はせずに代わりにヤクバが南へとこれないよう閉じ込める門を造ることにした。

 それが南の遺跡であり、ここを越えようとする者、つまりはヤクバ(悪魔)だけを殺す役目を”氷の精霊”に与えたのだ。



 「だからこそ余はここでずっと守っている。お前達悪魔から南の大地をな!」


 ”氷の精霊”が憑依した聖獣ウルティムスは言い終えると、再びこちらへと攻撃を仕掛けようと姿勢を低くする。

 そんな”氷の精霊”を見てため息をつきたくなった。


 (考えてた通り、(こちら)の人間が(むこう)から南下されないように封じられてるパターンだったか。とは言うものの……やれやれ、どっちが悪者かわかったもんじゃないな?)


 まぁ物事の善悪なんて国や文化、立場や環境が変わるだけで180度変化する。

 単純な性善説で推し量れるほど人の社会は簡単じゃない……特に歴史は勝者が作るもの。

 勝てば官軍はその通りで、敗者に正しい歴史を主張する権利は与えられない。


 それをわかった上で、さてどうでるタクヤ?


 「ふざけるんじゃないっすよ?」


 タクヤは聖斧アジャールを構えて”氷の精霊”が憑依した聖獣ウルティムスを睨む。


 「何が悪魔から南の土地を守ってるっすか? 冗談もほどほどにしてほしいっす! その話、どう考えても悪いのは南の大地のほうでしょ!! 北の人間は被害者だ!! 精霊の力が一体どんなのかわからないっすけど、南の大地がそんなものに手を出さなければ何も問題なかったはずっす!! 欲に目がくらんで世界を狂わせたのはそっちだ!! 被害者ぶってるんじゃないっすよ!!」


 タクヤは怒鳴って聖斧アジャールを握る手に力を込める。


 「あぁ決めたっすよ! ますます南に行かなくちゃいけないって気持ちになったっす!! 行ってその自分本位な考えを正してやりたくなったっす!!」


 タクヤの言葉に”氷の精霊”が憑依した聖獣ウルティムスは失笑する。


 「それこそ他人に自分の勝手な考えを押しつけてるってわからないか? そもそも貴様が使っているその聖具、それだって精霊の力だぞ? 矛盾してると思わないのか?」

 「はん! 知らないっすね? もうてめーの言葉は届かないっすよ!!」


 言ってタクヤは床を蹴って”氷の精霊”が憑依した聖獣ウルティムスへと斬りかかっていく。

 タクヤに続き聖剣と聖槍の少年も聖獣ウルティムスへと向かっていく。


 その様子を黙って見ていたが、フミコがこちらへとやってくる。


 「かい君どうする?」

 「そうだな……できれば、このままタクヤには力を消費しながらギリギリのラインで勝利してほしいが」


 言ってる間に、タクヤが聖獣ウルティムスの振るった前足の打撃を受けて後ろに吹き飛ばされる。

 他の聖剣と聖槍の少年たちの攻撃もまるで届いていない。


 「こいつは雲行きが怪しいな?」

 「あたしたちも戦闘に参加しないとまずいかも……」


 フミコがそう言った直後、聖剣の少年の肩が聖獣ウルティムスの前足の爪に引き裂かれて大量の血が噴出する。

 それを見てアドラが涙を拭って聖杖ドルゴナグを構える。

 ところが、今度は聖槍の少年にタクヤが聖獣ウルティムスの強力な前足による打撃を受けそうになる。


 その事にアドラは混乱しているようだった。

 聖剣の少年を治癒すべきか、タクヤたちをサポートすべきか判断に迷ったのだ。

 なのでフミコに声をかける。


 「フミコ! アドラのサポートをしてやってくれ!!」

 「うん、わかった!!」


 フミコはすぐに頷き、アドラの元へと走って行く。

 途中ユプクの形見である聖弓を拾い、弦を引く。


 「アドラ! 前線のサポートはあたしがするから治療をしてあげて!!」


 フミコは叫んで聖獣ウルティムスへと炎の矢を射る。


 「わかった!」


 アドラは叫んで聖剣の少年の元まで行くと聖杖ドルゴナグを真上に掲げる、すると虹色の光が少年の肩に降り注ぎ、傷が塞がっていく。


 一方で前線はフミコが何発も炎の矢を放って聖獣ウルティムスを怯ませるが、タクヤの聖斧アジャールの地属性の攻撃と聖槍の少年の雷属性の攻撃では氷の精霊には決定打を与えられない。


 ここでのキーパーソンは火属性の聖弓使いのユプクだったようで、氷属性が最も苦手とする火属性のユプクが最初に死んでしまったのは氷の精霊にとってはラッキーであり、こちらにとっては最悪な結果であった。


 聖弓を拾ったフミコであるが、炎の矢という基本の攻撃はできても、氷の精霊を追い詰めるような聖弓の強力な技は当然扱えるわけがない。

 故にこちらには手の打ちようがないのだ。


 しかし、タクヤはまだ奥の手を隠している。そんな気がする……

 もちろん、これはただの憶測でしかない。

 最初の異世界におけるススムの秘奥義のような、そんな隠し球がある。

 そうあってほしいという願望かもしれないが、今はそれがあると仮定して動くしかない。

 何せ、今タクヤに死なれては元も子もないのだから……


 だから拳銃の引き金を引いて銃撃を行いながらタクヤの元まで走る。

 そしてこちらの銃撃とフミコの放った炎の矢で聖獣ウルティムスが怯み、数歩後退した隙にタクヤの前に出ると拳銃の銃身をアビリティーユニットから外す。


 そして懐からアビリティーチェッカーを取り出しながら聖獣ウルティムスから目を離さずにタクヤに話しかける。


 「なぁタクヤ、ひとつ聞いていいか?」

 「何すか?」

 「まだ奥の手を使ってないよな?」

 「……なんでわかるんすか?」

 「やっぱりな……勘だよ、勘」


 そう言うとタクヤが困った表情で聖斧アジャールを構える。


 「でも、発動するには時間がかかるんす」

 「なるほど。だったらその時間稼いでやるよ! だからトドメはきっちり決めるんだぜ主人公よ!!」


 言って勢いよくアビリティーチェッカーをグリップに装填、素早くエンブレムをタッチする。

 聖剣の能力が発動し、ボタンを押すと出力が増したレーザーの刃がブーンという音と共にグリップの先から飛び出す。


 「行くぜ精霊とやら! どこまで応用が利くか実験体になってもらうぜ!!」


 叫んでレーザーの刃を振るう。

 その間にタクヤは下がり、聖斧アジャールを水平に構えて何やら瞑想状態に入った。

 さて、どれくらい時間がかかるかな?


 考えながらレーザーの刃を真横に振って光のカッターを飛ばす。

 しかし、これはすぐに聖獣ウルティムスの振るった前足に弾かれる。

 だったらこれはどうだ? と光のムチを振るうが、これを聖獣ウルティムスは素早いステップで避けていく。


 意外と細かい動きもできるのだなと関心して、疑似世界で手に入れた爆薬CVZI-Eを使おうか迷う。

 とは言え、あの爆薬で氷のブロックまで破壊してしまうと遺跡全体を破壊しかねない。

 そうなれば全員生き埋めだ。


 ここでは使えないか……だとすると魔王グベルの能力を使ってみるか?

 と思ったが、あれも意外とリスクがある。


 次元の狭間のトレーニングルームで試しに使った時に、まだ使用できるレベルに追いついていないのか、まったく扱えなかったのだ。

 扱えなくはないが、すぐに疲労困憊で倒れてしまう。

 つまりは長時間使用はできない、使うなら一瞬使って、すぐに使用解除するという方法だ。


 (トドメはタクヤに譲らないといけない分、弱らせるだけで殺してはダメだが……試してみるか?)


 まだ扱えていない分、威力もそこまで高くないだろうし問題はないはずだ。

 何より実戦で使えるか検証しなければならない。

 なので、まずはレーザーの刃を床に突き刺す。


 突き刺したところから氷の床に亀裂が走り、そこから光の竜が出現する。

 光の竜はそのまま聖獣ウルティムスに巻き付き、押さえ込む。


 「さて、氷の精霊さんよ! 勇者と魔王の能力コンボの実験台になってもらうぜ?」


 言ってレーザーの刃を仕舞いアビリティーチェッカーを装填、新たなエンブレムをタッチする。

 すると頭上に目をイメージした紋章が浮かび上がった。

 そして……


 「くらいやがれ!!」


 叫んでアビリティーユニットを聖獣ウルティムスに向けると、目の紋章からビームが聖獣ウルティムスに向かって放たれる。

 聖獣ウルティムスはビームをかわす事ができず、そのまま雄叫びを上げて後方へと吹き飛んだ。


 「はぁ………はぁ………やっぱきついな。タクヤ!! 後は任せた!!」


 アビリティーチェッカーのエンブレムをタッチして魔王の能力を解除しタクヤに叫ぶ。

 向こうも準備万端だったようで。


 「任せるっす!!」


 そう言って吹き飛んだ聖獣ウルティムスの方へと走っていく。

 走りながら聖斧アジャールを前に突き出しブツブツと何かをつぶやく。

 それが一体何語なのかわからないが、その言葉に反応するように聖斧アジャールの両刃が眩しく輝いていく。


 そして氷の床を突き破って岩石がドンドン生え出てくる。

 それらをすべて眩しく輝く両刃が取り込み、さらに輝きを増す。


 「氷の精霊だが何だか知らないっすけど、年貢の納め時っすよ!!」


 聖獣ウルティムスの前まで来たタクヤがそう言って眩しく輝く聖斧アジャールの刃を聖獣ウルティムスの腹に突き刺す。

 刺された聖獣ウルティムスはたまらず叫んだ。


 「ぐはぁぁぁぁぁ!!! おのれ悪魔風情がぁぁぁぁぁ!!!」

 「悪魔はてめーのほうっすよ!! 地のご加護を浴びてくたばれっす!!」


 叫んでタクヤは突き刺した聖斧アジャールの柄を両手で持ちそのまま力一杯勢いよく真横に振るう。


 「グランドスラッシュ!!!!」


 その斬撃ではらわたを切り裂いて肉片をえぐり、大量に血が吹き出す。

 しかし、それ以上に目を引くのが聖斧アジャールの両刃だ。

 聖獣ウルティムスの腹に突き刺した時は眩しく光っていた両刃は、すでに元の状態に戻っている。

 代わりに斬り裂かれた聖獣ウルティムスの体が眩しく輝いていた。


 そして、聖獣ウルティムスの体はどんどん眩しくなっていき、やがてその輝く体の中から聖斧アジャールの両刃が取り込んでいた床を突き破って出た岩石のすべてが一気に弾けて飛び出してくる。


 聖獣ウルティムスは体の内側から岩石で潰され、粉々となって血の雨を降らせながら飛び散った。

 そんな聖獣ウルティムスの返り血を浴びて真っ赤になったタクヤは静かに聖斧アジャールを背中に背負っていた革のベルトの中に納める。


 「仇は取ったっすよ……ユプク、じいさん」


 タクヤがそう呟いた直後、氷の壁の一部が崩れ、奥へと進む通路が姿を見せた。

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