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これはとある異世界渡航者の物語  作者: かいちょう
6章:極寒の異世界

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極寒の異世界(9)

 タクヤが遺跡のガーディアンだと言ったイエティは驚くほどの戦闘能力を持っていた。

 まずヒグマのような体型に似合わぬ俊敏な動きでこちらを攪乱してくる。


 とはいえヒグマ自体も時速60キロを越えるスピードを持っているが、そういったレベルではなかった。

 もはや残像すら残らないほどのスピードで襲ってくるが、タクヤはこれを何とか凌ぐ。


 しかし、すべての攻撃を防げているわけではなく無傷とはいかない。

 これは当然と言えば当然で、タクヤの武器である両刃斧はそもそも高速で襲ってくる相手に高速で対応できるほど素早く振り回す事ができないからだ。

 それをしたいのであれば片手剣や細剣、短剣、棒、杖など重心が特定箇所に集中しない武器でなければ、素早く高速で振り回すなどできない。

 今もタクヤはできるだけ両刃に近い部分を持って重りに身を持って行かれないようにして対処している。


 両刃斧が武器のタクヤにとって高速戦闘は苦手分野なのは明白だ。

 そして、力任せの技が多い斧での戦闘で高速戦闘はそれを封じられる形となる。


 ともすればタクヤ以外の仲間がイエティを引きつけるべきなのだろうが、イエティはその高速のスピードを活かして、タクヤの仲間全員に攻撃をして回っている。

 そのため他の誰も攻撃に転じることができず防戦一方だ。


 タクヤの仲間だけでなくこちらも、目にも止まらぬ速さの攻撃を防ぐので精一杯で自分と同じくフミコも反撃の糸口を掴めない。


 「くそ!! こいつ速すぎだろ!!」

 「イエティのすごさはスピードだけじゃないっす!! 気をつけるっすよ!!」


 タクヤが叫んだ直後、タクヤの仲間の聖剣使いの少年が攻撃を防ぎきれず後ろに弾き飛ばされる。

 勢いよく地面に激突して倒れ込んだ少年の手は凍っていた。


 それはイエティの攻撃によるものだ。

 氷のブレスを吐く事ができるイエティは、ブレスを浴びせて相手を凍らせる事が出るきる他に、自身の手にブレスを浴びせて相手を殴ることで相手を凍らせることもできるという。


 聖剣使いの少年が倒れたことでアドラが慌てて、聖杖ドルゴナグを真上に掲げる。


 「まずい! はやく正常化しないと!!」


 アドラが聖杖ドルゴナグを掲げると周囲一帯に虹色に輝く紋章が浮かび上がり、タクヤたちの体に虹色の光が降り注ぐ。


 すると倒れていた聖剣の少年の凍っていた手が元通りになっていく。

 聖剣の少年は手が正常に動くことを確認すると、すぐに起き上がって戦線に復帰する。


 タクヤたちだけでなく自分やフミコにも虹色の光が降り注いた。

 すると不思議な事に今まで速すぎてまったく姿が見えなかったイエティの姿を捉えることができた。

 動体視力があがったのだろうか?


 アドラが行ったのは恐らく状態異常解除と身体能力向上の魔法か何かだろう。

 何にせよ、これなら対処は可能だ。


 目にも止まらぬ速さのイエティだが、戦線に復帰した聖剣使いの疾風の斬撃に一瞬たじろぐ。

 それを見逃さず聖槍使いが紫電迸る刺突をイエティの右脇腹に放つ。


 それを血を流しながらも致命傷を避けたイエティは慌てて距離を取るが、聖鎌使いの老人が先回りして聖鎌を振るう。

 イエティは驚きの声を上げてこれを間一髪回避、地を這って必死に逃げるが聖弓の少女が炎の矢を数発同時に放ち、見事にイエティの両手を射止める。


 炎の矢で両手を射貫かれたイエティは悲鳴をあげながらも、残った両足で地面を蹴って距離を取ろうとする。


 が、突然の攻勢をくらってパニックになっているのだろう。簡単に動きは読めた。

 なので銅矛を構えて一気に前へと出て、イエティの足目がけて駆ける。


 「うおぉぉぉぉぉ!!!」


 そのまま長柄に全体重を乗せて穂先をイエティの足へと突き刺す。

 イエティはたまらず悲鳴をあげて倒れ込んだ。


 「タクヤ!! 任せた!!」

 「了解っす!!」


 タクヤは聖斧アジャールを頭上に掲げ、ブンブンと回転させると、その勢いのまま目の前の地面に刃を叩きつける。

 そして再び刃を引き抜くが、叩きつけて刃を刺した周囲一帯の岩も同時に引き抜く。

 聖斧アジャールとその刃についた巨大な岩を真上に掲げて倒れているイエティを睨み付ける。


 「さて、くらうっすよ!! ギガントロックブレイク!!!」


 タクヤはイエティへと巨大な岩を振り下ろす。

 悲鳴をあげる間もなくイエティは巨大な岩の下敷きとなった。


 振り下ろされた岩と地面の間から赤い血のような液体が流れてきたあたり、さすがに生きてはいないだろう。


 「はぁ………はぁ………まぁ、こんなとこっすね」


 息もキレキレにタクヤが言う。

 そんなタクヤの様子にアドラが心配そうに声をかける。

 いつもはイエティ戦でここまで疲労する事はないのだろう。

 やはり、トリゴンベヒモスとの連戦が効いているようだ。

 今なら真正面からぶつかっても問題なく能力を奪えるだろう。


 「さて、イエティは倒したがこれで遺跡内部に本当に入れるのか?」


 周囲を見る限り何か変わった様子は特にない、しかしタクヤが汗を拭きながら巨大な扉の方へ歩いて行くと。


 「大丈夫っす。開くみたいっすよ!」


 地面が揺れ始めた。


 「地震!?」

 「かい君違う! 扉だよ!」

 「……まじかよ」


 遺跡の巨大な扉が大きな音を立てながら地面を揺らして地中の中へと沈んでいく。

 やがて扉がすべて地面に沈みきると揺れも収まり、遺跡の入り口となる巨大なトンネルが姿を現した。


 それを見てタクヤが笑顔で振り返った。


 「さぁ! 最後の遺跡の内部に行くっすよ!!」


 アドラや他の面々は意気揚々と片手をあげて「おー!」と後に続く。


 「やれやれ……ここまで手助けしてしまったが、さてこれからどうするかな?」

 「かい君ついて行かないの?」


 フミコが可愛らしく首を傾げて聞いてくる。

 うん、フミコは本当に目的を忘れてるんじゃないだろうな?

 このままほっとけばアドラと一緒に「南の地」までついて行きかねない勢いだ。


 「ついては行くさ。でもどのタイミングで打ち明けて能力を奪うべきかって考えてな」

 「そっか……アドラたちと引き離してからでないとまずいもんね?」

 「そういうこと。まぁ能力を奪って殺せばこの世界の記憶から抹消されるから仲間の前で能力を奪おうと離れたところで奪おうと問題はないんだろうけど、仲間の前で奪う場合は全員と戦闘になる覚悟をしないといけないからな」


 そう言うとフミコの表情が曇った。

 アドラと戦いたくはないのだろう、だから必要以上に仲良くなるなと言ったのに。

 まぁ、こればかりは経験しないとわからないか……


 「とにかく、どうするかは歩きながら考えよう。どっちにしろ遺跡の内部には入らないといけないしな」


 タクヤを一人にして能力を奪うにしても、遺跡の外ではまず仲間から引き離しての戦闘は厳しいだろう。

 まぁ、能力を視ている以上はいつでも奪えるわけだから、わざわざ真正面から戦わなくても楽して奪うことはできるのだが。


 (どうしてだろうな……何故かそれだけはやりたくないって思ってしまう。効率よく奪うならそれが正解なんだろうが)


 結局、自分の性格では無理なんだろうなと思う。

 この性格もこれから先の旅の事を考えたら変えていかなければならないんだろうか?

 そんな事を考えながらタクヤ達の後に続き遺跡の中へと入っていく。




 「ほぉーしかし、すごいっすねー」


 タクヤが関心した声をあげて天井や壁や床を見回す。

 遺跡の内部は巨大な通路の1本道がずっと奥まで続いている、ひどく簡素なものだった。

 とはいえ、これだけの規模の構造物をすべて氷のブロックで造っているというのは確かに驚きだ。


 「他の遺跡はもっと違う感じなのか?」

 「そうっすね。ここと違って本当にただの遺跡っすよ? 岩の洞穴の中にある岩でできた地下迷宮とか森の中にある木で補強された坑道とか……氷のブロックでできた、ここまでの規模の構造物は初めてっすよ」


 そう言うタクヤはワクワクした表情で先を進む。隣でアドラも目を輝かせてキョロキョロしている。

 アドラ以外の面子も似たようなものだ。

 まぁ、無理もないだろう……自分だって、異世界渡航者としての使命がなければ同じようにこの遺跡探索に興奮していたに違いない。


 遺跡の内部は驚くほどに明るかった。

 別段松明が一定間隔で灯っているわけでも、照明器具が設置されてるわけでもないのにだ。

 氷のブロックはどれも淡く光っており、それが遺跡内部を明るく照らしているのだ。

 まさに幻想的な光景だった。


 そして、遺跡内部は寒さを感じなかった。

 試しにアノラックの上着を脱いでみたが問題なかった。

 なのでアビリティーユニットを取り出してボタンを押してみると問題なくレーザーの刃が出た。

 出力も問題ない。遺跡内部では遠慮なくアビリティーユニットが使える。


 なので銅矛はフミコに返却するが、何やら不服そうな顔をしていた。


 別にずっと使ってくれても問題ないのにとか、2人の絆の象徴がとかブツブツ言っているが、まぁ気にしないことにしよう。


 遺跡に入ってから何かしらのトラップにでくわす事もなく、遺跡内部に生息する魔物の類いに遭遇する事もなく、本当に何事もなく、ひたすら一本道の通路を歩いていたわけだが、やがて景色が一変する。


 急に空気が澱みだしたのだ。


 「なんっすか……これ?」

 「これ何? 一体どうなってるの?」


 それを一番最初に目撃したのは先頭を行くタクヤとアドラだった。

 立ち止まって壁を見て絶句している。


 後続の面子もそれらを見て言葉を失った。


 「どうした? 何があったんだ?」


 タクヤたちから少し離れて考えながらフミコと歩いていたが皆の様子が変わったことに疑問を抱いて小走りで近づいていくと、その異様な光景に思わず吐きそうになる。


 「な!? なんだこれ!?」


 あまりの光景に叫んでしまうがフミコは意外にも冷静だった。

 いや、むしろこういった光景には慣れているのかもしれない。

 何せ倭国大乱という日本の歴史上最も苛烈だった時代の人間なのだ。こういった光景は日常茶飯事だったのかもしれない。

 だから、フミコは冷静に分析する。


 「見せしめかな? ()()()()()()()()()()()()()()()()って言いたいんだろうね?」

 「見せしめ……」

 「国を制圧した後によくやる手法だよ。あたしの時代では首を斬り取って長い柄に刺して相手の国の入り口に晒してたけど」


 フミコの言葉を聞いてから改めて壁を見る。

 その壁を起点として、先へ進む通路の壁の中すべてに人間の遺体とおぼしき物が埋め込まれていた。

 氷の壁ゆえに、壁の中が透けて見えるため、中に埋め込まれた遺体がはっきりと見える。

 そして氷ゆえに冷凍保存でもされてるのだろう、気味の悪い光景だった。


 首と胴体、手足がバラバラになっている遺体もあれば、首がない遺体もある。

 手足がえぐれた遺体もあれば、目がえぐれた遺体、はらわたが引き裂かれた遺体、体の半分がない遺体など綺麗な状態の姿の遺体は少ない。

 それらがずらーっと壁中に天井に床に所狭しと埋め込まれている。


 ここから先の通路はそんな遺体保管倉庫のような状態だった。


 「なんすかこれ……一体この遺体の数は何なんすか!?」


 タクヤが思わず叫ぶ、そんなタクヤにアドラが抱きつく。


 「ねぇタク、ここ怖いよ……今までの遺跡にこんなのなかったよ?」


 他の面々も口には出さないが戸惑ったり怯えた表情をしている。

 確かにこの光景は何の説明もなければ異様すぎて恐怖する、下手すればトラウマものだ。

 過去の歴史を一切知らない、知る手段がないがゆえに、ただの興味本位で入った者ならば二度と近づこうとは思わないだろう。


 一方で異様な光景ながらもある程度の予測は立てられる。

 1つはフミコが言った通り、制圧した相手の遺体を晒す行為。

 もう1つはここがかつての遺体の埋葬施設、墓地なり霊廟の可能性。


 ただ、昨夜タクヤに話した可能性の話で、この遺跡が南の土地の人間がこの遺跡より先にアドラたちの部族が出てこないように建てた閉じ込めるための壁だとしたら、この遺体の数々は恐らくはかつて南下したがここまで押し戻されて、南の土地の人間に殺されたアドラたちの先祖たちって事になるな。


 だとしたらフミコが指摘した制圧した相手の遺体を晒す行為という事なんだろう。

 これより先に進めばお前達も同じようにここに埋めるという警告。


 さて、どうするタクヤ?

 そう思ってタクヤを見るが、この面子のリーダーであるタクヤはまだ混乱しているようだ。

 となると、この場でこの光景を見慣れているフミコが一番冷静というわけか……


 「なぁフミコ、この先進むべきだと思うか?」


 フミコに聞くと一瞬考え込んで首を振った。


 「不用意に進むべきじゃないと思う……でも」

 「でも?」

 「もしアドラたちが……真実を知りたいって思うなら」


 そう言ってフミコはアドラとタクヤを見る。

 後は彼らの意思次第というわけだ。

 さぁ、この光景を見てどういった決断を下すよタクヤ?

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