入試
この日は入試の試験官補助のアルバイトだった。
何百人もの受験者の補助をするのが役目だ。
数日前に説明会がありスケジュールを確認して打ち合わせを終えてある。
言われたとおりに背広を着て集合時間に集まり、注意事項を聞いて会場に向かう。
問題を配り、欠席者がいないか確認。
そして試験官の合図と共に試験が始まる。
試験が順調に進んでいるのを確認して、試験官と試験官補助の内の半分が控え室に戻っていく。
すべて予定の行動だ。
一時間近い長い試験時間中ずっと立っているのは疲れる。
だから試験官と試験官補助半分に別れて交代で休憩をとる。
他の大学で携帯電話を使ったカンニングが起きて監視を強めるとか言っていたが、現状でも無理だ。
一つの教室で二〇〇人以上も居るのに試験官補助も含め数人で監視できるわけがない。
試験問題の配付と回収だけでも大仕事でありカンニングの監視など無理だ。
一応、通路を歩いて確認してはいるが、覗き見ることはしない。確固たる証拠も無いしバイトに見つける能力など無い。
何より、試験官も試験官補助も受験生に近づきたくない。
今後の人生が掛かっていると言われてピリピリしている受験生だ。試験官が近くに来て気が散ったとか言われたらどうしようと思ってしまう。
何より、この重苦しい会場では彼等の雰囲気だけで目眩がする。
見ている途中で、足をもつれさせて転んで机にぶつかったら妨害になってしまう。
落ちた鉛筆や消しゴムを取りに行くなら目的があって気が楽だが、やっているかやっていないかわからないカンニングの監視など気が滅入る。
何よりこの会場にいたくない。
最初に休憩を終えた人が戻ってきて、私は代わって休憩室に向かった。
この後は試験時間終了まで休憩だ。試験時間と試験時間の間は問題の回収と次の問題の用意のために忙しくなり休憩の時間はない。
結局試験時間中に休憩するしかない
「ほっ」
昼食の時間となり、私は渡された弁当箱を開けて中身を食べる。
「最近の入学生はなっていないな」
食べていると、後ろの席で教授らしき人物が年下の先生、准教授か講師かに、話かけていた。
「どうもやる気が無いというか、無知というか、出来ていないのが多いよ。全く近頃の若者はゆとり教育を受けて軟弱になっているよ。自衛隊にでも行って根性をたたき直して欲しいよ」
ちょっと待てよ、この入試で問題文を作ったのはお前だろ教授。
お前は、この問題が解ける人が学生になって欲しくて問題文を作成したんじゃ無いのか。なのに頑張って勉強して解いて入って来たら、なっていない人間だと。
お前が選んで入れたのにどうしてそんな事が言えるんだクズ。
自衛隊が良いというなら、入学条件に自衛隊経験者のみにしようと教授会で提案してみろよ。
それ以前にそんなに自衛隊が良いというのならお前自身は行ったのかよ。
何とか言葉に出さずにしているだけで精一杯だった。
やがて次の試験時間となり会場に戻り問題文の配布を始めた。
その時、一つの席が空いている事に気が付いた。
「済みません。ここの受験生がいません」
「居なくなったのは確かかい?」
「はい、この列は全部埋まっていました。前の時間に配ったときは確かに居ました」
「……そうか、回収してくれ」
「はい……」
指示に従って問題文を回収した。
受験の時に進学塾で言われたことだが、例え出来が悪くても最後まで試験を受けるように。出来が悪くて、途中で諦めて帰ってしまわないで、その年はたまたま難しい問題で点数が低くて、寧ろ合格圏に入っている事があるから。
しかし、この受験生は自分の出来に絶望して帰ったのだろうか。
ただ残念には思わなかった。
例え、この入試問題を解いて入学できたとしても、大学は教員は十分な能力があると認めない。この試験はこの大学に入って来て欲しい人間を見つけるのでは無く、ただ落とすために試験をしている。
解いたところで、褒められないし、その問題を解いて役に立つ事も無い。
そんな場所に入るのは無意味だ。
寧ろ途中で止めて帰ったことが、最善の選択いや、そもそも受けないことが最善と思えるから、彼は次善の選択を取ったと言った方が正しいか。
途中で諦めて帰ってしまい残念、という感情では無く、良く見抜いて選んだなと退席者を褒めて上げたくなる。
試験官の補助という役割だが、これまでの事を思い出すと、そう考えてしまう。
その日部屋に帰ってくると ニュースで国立大学の入試で携帯を使ったカンニングが行われたとアナウンサーが言っていた。
まあ、何処の入試も似たようなものだから、起こっても不思議では無い。
ただ、その後の学長の言葉が馬鹿げていた。
『入試の信頼性を損なう重大な事件であり、このような事が再び起きないように再発防止に尽力する』
入試の信頼性ね。
ではその入試は本当に必要なのか。
大学へ入って来て欲しい学生を見つけるための方法なのだろうか。
そもそも、その問題を解いて大学生活に役に立つのか。
ちょっと携帯を弄って答えが出てくる、検索出来る世の中で、コンクリートの建物に隔離して自分の力で解くという能力が必要なのだろうか。
寧ろ与えられた課題に対して、必要な情報を集めて整理して分析して、自分なりの答えを出すのが必要じゃ無いのか。
それ以前にあなたの大学は入学するに値する大学なのか。
本当に馬鹿らしく思えたが、翌日も入試の試験官の補助を行った。
カンニングに警戒して下さいと、ニュースを受けて責任者が話していたが、具体的な解決策は無かった。
無理も無い。既に入試の予定は決まっていたし、新たに機材を持ち込んだり試験内容を変える訳にもいかない。
昨日と同じように、学生達の間を一周した後、誰かが何かを落としたときだけ、近くに行き拾って渡すだけ。
もしかしたら携帯でカンニングをしている人がいるかもしれない。
だが、ど素人の試験官補助が見破れる訳が無い。下手に覗き込んで受験者にプレッシーをかける訳にはいかないし、訴えられても事だ。何より、真面目にやっている彼らの邪魔をしたくない。
無意味な大学生活が待っているかも知れないが、今彼らの大学にいる誰よりも本気な心意気を見ていると、邪魔なことはしたくない。
カンニングしている奴もいるかもしれないが、「ご苦労さん無駄なことをしているね、いや、不幸になろうとしているね」としか思えない。
そんな不正と言われる手段を労して合格しても、学歴が入ってくるだけで、金を払ってくれる労働力になるだけの大学生活を過ごすのは馬鹿馬鹿しい。
まあこんな三流私学に入るのにカンニングが必要とも思えないが。




