第92話 「ジャッジメント」
もうひとり、煙幕の向こうから現れた。
「困るじゃないか、シーカ君。そいつは私が殺すんだ……」
今度こそ、ニニコの表情は真っ青になった。
ドクロの仮面と―――トゲだらけのプロテクターをつけた男が現れたではないか。
2つのアイテムに呪われている。
覚えておられるだろうか?
教会で、シーカと一緒にいたルディ神父だ。
(第7章を参照のこと)
赤煙のなかを、亡霊のごとく現れたルディ神父。長い白髪をゆらりとなびかせて、レインショットに歩み寄る。
レインショットも、彼に気づいたらしい。ゆっくり近づいてくるドクロ仮面を、ぽかんと見つめ返し……
「……君も、魔王軍か?」
まだ言ってやがる。
なにも答えないドクロ仮面。
2秒……3秒……ようやく答えを返す。
「ちがう。絶望したか?」
パッと表情が明るくなるレインショット。
「そ、そうか! やっぱりそうか……は、はは、そうかそうだろう! た、助けに来てくれたんだな、はははは!」
救いの神が現れたかのように、顔を綻ばせる。
いや、違うってんじゃん。
これが……たったいま両手を消し飛ばされた人間の反応なのか? 狂気―――
ドクロ仮面、いや、ルディ神父の恐ろしい声。
まるで悪魔のような冷たい声……
「よく聞け。私は殺し屋だ」
「そ、そうか。はは、ははは」
笑うレインショット。
「 " アルベル・スタジアム事件 " を覚えているな? 貴様が極左テロ組織に横流しした「白リン弾」で、1844人が殺された事件だ。お前の売った白リン弾でな。覚えているな?」
「はははは、はは……は?」
笑い……そして、レインショットの顔は絶望に染まる。
アルベル・スタジアム事件?
第56話「ミーティング」を参照のこと。
アルベル・スタジアム事件―――
「犠牲者遺族と被害者らの願いだ。貴様を殺す。どうだ……絶望したか?」
絶望したか?
その言葉に反応するかのように―――ルディ神父の胸甲が、トゲを伸ばす。
ギリ、ギリ、ギリ!
金属を引きちぎるような音を立てながら2メートルを超える長さに伸びる1本のトゲ。いや、もう槍!
とがった先端が、レインショットに向けられた。
「は、ああ? あああああ! ああああああ! わ、私の、私の、う、腕が……!」
いまごろ腕の心配をするレインショット。
「う、腕がァァアあああああ!!」
ルディは許さない。
「絶望してくれたならいい。地獄に落ちろ」
「落ちた地獄で、また裁かれろ」
「永遠に死ね」
ドスッ。
レインショットの腹に、槍が突き刺さった。
「!! ぴぎゅ、う! うぐ、ぴぎゅ」
人間のものとは思えないうめき声。
長い槍が、腹にめり込んでいく。
絶対に治療不可能な場所に。
「あ゛ぎゅブ」
ごぶ、と血の塊を吐き出す。
「ごぶ。ビチャビチャ、ごぶぉ」
立て続けに血を吐きつづけるレインショット。その四肢が、びくびくと蠢く。
ぐい、ぐいと押しこまれていく槍。
槍が……レインショットの体を持ち上げた。
高く、高く、旗頭のように高く。
中空に、獲物を掲げるように。モズの速贄のように、高く高く……
胸甲の声が響く。
『661人目……』
ズドン!!
新たにトゲが伸び、1本目とほぼ同じ場所を刺す。
そして、
どばッ!!!!
6本のトゲが、レインショットの背中から飛び出した。
血の雨―――
体内で、槍の先端が松葉のごとく、3又に枝分かれしたに違いない。
まるで銛……2本の銛によって、その体はゴム人形のようにあらぬ方向にゆがむ。
いや、銛がそれぞれ左右に開いてゆく!
「くぎゅ、くぎゅ!」
痙攣止まらぬ、レインショットの腕。
もがく。
ま、まだ生きている……
あいたた、と目をそむけるシーカ。
『661人目……ルディ神父。これであと5人です』
胸甲が、喋った。
「なんだ? “ 咲き銛 ” 」
『私の呪いですよ。呪いが解けるまで、あと5人です』
「そうか。そんなに殺したか……すっかり忘れていたよ」
『……私はあなたから離れたくはありません、ルディ神父』
血の雨―――
バヅンッッ!!!
レインショットの体が、ふたつに裂けた。
ドシャリ、ドチャア!
派手な血をコンクリートにブチまける、レインショットの左半身と右半身……
血の雨が、降り注ぐ。
吐きそうになるほどの血のにおい。
でも、そんなことはどうでもいい。
惨劇を、処刑を、目の当たりにするニニコ。絶句したまま硬直し、そして、
「ぎゃあああああああああああああああ!!」
叫ぶ。
「ギャあああああああああああああアあ!!」
叫ぶ、狂ったように。
でも逃げられない。
動けない。
腰が抜けました!
「あ、ああああああああああああああああ!」
ノドが裂けるほどの狂号をあげるニニコ。
恐ろしさでどうにかなっているのだろうか。
「よ、よ、よしよし」
なだめるシーカ。
「ぴゃあああああああ……ふぅ」
気を失ったらしい。
こてんと後ろに倒れそうになる少女を、シーカはあわてて支える。
「あ、あ、あ」
そのまま抱き上げ、歩き出した。
「ね、ね、ねんねん、こ、ころり」
死体のようなニニコをお姫様だっこして、シーカは赤煙のなかへ消える。
誘拐―――いや、どこへ!?
神父の祈りが続く。
「天に在します、われらの神よ……」
次の瞬間!!!
「シーカァアアアアア!」
ズシイイイイイイイイイイイ!!
港全体が、揺れる。
大振動に、ルディが振り返った。
赤い煙の向こうから、ズシンズシンと轟音が響く。
振動、ズシン!
振動!
トラが近づいてくる。
鬼のごとき様相で。
「シーカァ! ニニコから離れやが、れ……2人ともいねえじゃねえか!」
大絶叫。
両腕の手錠がギシと軋む。
「どこだシーカァア!!」
……フォックスは?
まだ気を失っていた。




