第82話 「ファイアロゥ」
サアアアアアアアアアアアアアア……
雨足が強くなってきた。
「ニャハハハハ! 痛くない、ちっとも痛くありません!」
甲板に立つマリィが、はげしく笑い声をあげる。
高さ10メートルから落下したのに、平然としているではないか。
水な義肢に蓄えられたガソリンを、アームの先端に集中し、クッションにしたのだ。
「ああああああああああああ! 痛てええええええええ!」
一方、トラはぜんぜん平気じゃない。
ドシンと甲板に着地した衝撃で、全身がバラバラになるかと思った。天を仰ぎ、ノドが裂けるほど吠える。
「うぎゃあああああああああああああああ!」
「ニャハハハハハハ……覚悟はいいですか、憲兵さん」
水な義肢を、目いっぱいに広げるマリィ。
ぶわ!
ぶわあ!
両翼が、トラを襲うべく広がった……
そのとき。
カシュッ。
マリィの背後で、音がした。
続けて、もうふたつ。
ガシュッ。
カシュッ。
「なに?」
マリィが振り返る。
甲板の中央に、64枚のハッチが並んでいる。
そのうちの3つが、パカリ、パカリと開いていく。
ウィイイイン。
VLS。
垂直式ミサイル発射システム、そのハッチだ。
ミサイルの発射管の蓋が3枚、開いていく。
ウィイイイン……
開いた。
「え……うわぁ!!」
開放されたミサイルのフタを見た瞬間、トラは飛び上がって逃げ出した。
「ヒィイイイイイイ!」
ズシンズシンズシン!
全力で逃げる。
「なにこれ? ニャハハハ、かわいい」
マリィはちがった。
開いたハッチを、興味深そうに眺めている。
笑う。
ケタケタ、笑う。
「ねえねえ! 見てください、なんなんでしょうコレ!」
逃げていくトラに向かって、笑い続ける。
ニャハハハ。
「あれ、どこ行くんですかぁ? ねえねえ、これ見て。見てってばぁ」
「これ、かわいい……」
それがマリィの最後になった。
それは、瞬く間だった。すさまじい炎と白煙を吐き出しながら、対艦ミサイルが撃ち放たれた。
バシュウウウウウ!!
バシュウウウウウウウ!!
バシュウウウウウウウウウウウウウウ!!
猛烈な火柱が3本、空に向かって立ちのぼる。とてつもない閃光が、夜の闇を吹き飛ばした。
ボオオオオオオオオン!
爆音の三重奏!
3本の雲を天に向かって描き、ミサイルは空の彼方へと消えた。
水な義肢が、火柱に触れた。
たっぷりと膜を張ったガソリンに引火する。
ボッオオオオオ!
オオオオオオオオオオ!!
炎が一瞬にして、水な義肢の端から端へ走った。
マリィが、炎に包まれる。
悲鳴を上げる間もなかった。
「うぐあ!?」
トラの背中に、超高熱の突風が叩きつけられる。
吹き飛ばされる!
思わず振り返り、光源に目を向けた。
まぶしい。
一瞬、本気で昼になったのかと思った。
まぶしすぎて、なにも見えない。
両腕で顔をかばう。
「あ……! うおおおお!?」
かろうじて見えたのは、燃えるマリィだった。
燃える、なんてもんじゃない。
まるで火の玉だ。
トラの脳裏に、ヤクザの組長が焼け死んだときの光景がフラッシュバックする。だが、あの時の炎なんか比べものにならない。
死んだ。
即死しやがった。
そう確信できるほどの炎。
黒炭と化したマリィの体が、まだ炎を噴き上げている。
彼女の姿は、もはや原型をとどめていない。
人の形をした、真っ黒な炭になってしまった。
爆風と雨が、それをボロボロと砕いていく。
腕だったものが、
足だったものが、
首だったものが、
質量の大きな部位から順に崩れ落ちていく。
そして―――
『 熱い…… 』
『 渇く…… 』
『 水、水を…… 』
水な義肢が、解放された。
『 背がある…… 』
『 4242隻の船を沈めろ…… 』
火柱の中から、ブロックの群れが現れた……




