第73話 「キル ユゥ」
「マリィはどこだ?」
『上……』
籠手が、上階を指さす。
かつんかつんと床を鳴らし、フォックスは部屋をあとにした。
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いま、マリィはどこにいるのだろうか?
マリィは、デッキ上部の司令室にいた。
軍人たちとともに。
「―――と、いうわけです。お手数ですが、乗組員全員でフゥを捕獲してください」
「はい! お母さま!」
艦長以下14名の将校の声が反響する。
ズラリと並んだ彼らは、マリィをお母さまと呼んだ。
低い天井と壁。
そして室内を半周する窓、窓、窓。さらにモニター、計器、大型のコンピューターなど、用途不明の機械類がギッシリと並んでいる。
軍艦の指令室というのは、まるで宇宙船のコクピットみたいだ。
その真ん中で、マリィは立ち並ぶ軍人たちと対峙していた。
いや、対峙というのはおかしい。
彼らは整列し、まるで上官に相対するように、気をつけの姿勢をとっている。
「艦長、これをあなたに預けます」
「光栄です、お母さま! 肩のおケガは大丈夫でありますか? ゲヘヘヘヘ!」
マリィが、ハイドランジアのスプレーを手渡した。
けたたましく笑いながら、艦長はそれを受け取る。
マリィの左肩からは、どくどくと血が流れている。塩酸によるヤケドで、皮膚が破れてしまったらしい。じゅくじゅくと血が流れ出ている。
だがマリィは、気にする様子もない。
兵隊たちに命令をつづける。
「私があなたたちに使ったように、顔にひと吹きすればよろしい。いざとなったら、通気ダクトとかから艦内すべてに行き渡らせてください。まあ、なるべくなら節約してくださいね」
「はい、お母さま!」
「言っときますけど、フゥを殺さないでくださいよ? 捕まえて連れてくるだけですよ」
「はい、お母さま!」
「それから……レインショットを知りませんか? あ、ちがう。ジョンソン少佐を知りませんか?」
「いえ! セクシーファイブ少佐の所在を、我々は存じません!」
「ジョンソンです、全然ちがう。うーん、どこ行ったんでしょう? いえ、よろしい。お行きなさい」
「はい! お母さま」
お行きなさいの言葉に、彼らはぞろぞろと部屋をあとにした。
「はあ、やれやれです」
疲れた、と言わんばかりにマリィはため息をつく。
やれやれと窓の外に目をやった。
―――高い。
真っ暗な海が、果てしなくつづいている。
そして黒煙。
甲板から、もうもうと大量の黒煙が天まで立ちのぼってる。
上から見下ろすと、甲板がわずかに赤くなっているのがわかる。まるで巨大なフライパンみたいだ。いったい船の内部では、どのくらいの温度になっているのか。
おそろしい光景に、さすがのマリィも背筋が冷たくなる。
「ふーむ。これ沈むより前に、船が爆発するかもしれませんねえ。ところで、ニニコちゃん」
窓から目を離し、ニニコに目をやるマリィ。
「それは、なに? その青とピンクの……なんですか、それ?」
「あんたには関係ないでしょ……!」
ニニコもずっと指令室にいた。
マリィの右肩から伸びた " 水な義肢 " に胴をつかまれている。
ニニコは涙をいっぱい浮かべながら、マリィをにらみつけた。
ニニコのスカートからは、12本の触手が這い出している。
6本は青。
6本はピンク。
殺風景な指令室に、まるで場ちがいな鮮やかさだ。
" 真っ白闇 " の、悪魔の力……
体内のハイドランジアを “ 触手 ” に排泄し、ニニコはトリップ状態から脱した。
「アンタ殺してやりたいわ。殺してやりたい」
殺してやりたい。
かつてニニコが、口にしたことも言葉。
「放してよ! 放してちょうだい!」
体をゆすって、なんとか逃れようともがく。だが、両腕ぐるみ胴体に巻きついたアームは、びくともしない。
「うーん、もうひと吹きしたいとこなんですが……ニニコちゃんには効かないかもですね」
腰のポシェットをさするマリィ。
スプレーが3本も入ってるから、ぱんぱんに膨らんでいる。
「あ、あんたは結局なにがしたいの? 船を沈める気なの? 沈めない気なの?」
息を荒げ、ニニコが敵意をむきだしにする。
「フゥ次第です。私を燃やそうとしたことを、謝ってくれるのならよし。謝ってくれないのなら、そうですね……沈めてから考えましょう」
たんたんと答えるマリィ。
「な……なに言ってんのかわかんないわよ。アンタ、狂ってるんじゃないの?」
「狂ってませんよ。私は、差し出がましいことを言われるのが大嫌いなんです。言われた瞬間、もうダメなんです。いっぺんに頭に血がのぼる。大きなお世話ってやつですよ」
「……ガキみたい」
「わかりませんかね、この気持ち。ぶっ殺してやりたくなるでしょう?」
「わかんないわ。アンタがおかしいだけよ」
「なんでわからないんですかね? ごく自然な感情でしょう」
「私はアンタが大キライよ! ワーワー!」
「反抗的ですねぇ、もっとちゃんと私の話を聞いてもらえませんか。これからひとつの家族として、みんなで仲よく暮らしていきたいんですけど」
「死にやがれ! ワーワーワー!」
とんでもない地雷をふむニニコ。
マリィの目が一変した。
「いい加減にしないと、このまま握りつぶしますよ。いや、待って……いいこと考えました。私の血でも飲みますか?」
「……は?」
恐ろしい提案。
だが、ニニコには意味がわからない。
血を……飲む!?
「血、飲ませてあげましょう」
ガシャン。
左肩の水な義肢がぐるりと伸び、マリィの傷口を撫でた。
ヌルリ……
先端のツメにたっぷりと血を纏わせると、アームはそのままとニニコの顔へと伸びていく。
「ひぃ! な、なにを……うぐ!」
ニニコの小さな口に、血まみれの爪を突っこんだ。
もごもご。
ニニコの口内に、鉄の味が広がる。
――― HPVSに、感染させられた。




