第20話 「フォーリンダウン」
「あああああ! おあああああ!」
完全に理性を失っているトラ。
橋の裏を右往左往しながら叫ぶ……橋の裏でだ。
ドスン、ドスン!
逆さに貼りついたまま、地団太を踏んでいる!
ドシンドシン!
「登れねえじゃねえかイエエエエエ!!」
※ ※
「オーナー……オーナー!? どこ??」
フォックスが周囲をせわしく見まわす。
だがトラの姿はどこにも見えない……と思いきや! とつぜん、橋が大揺れをはじめた。
ドシン!
ドシーン!!
まるで太鼓を打つような振動が、橋を襲う。
グラグラ、グラ!
「うわッ、ひゃあ!」
衝撃のたびに跳ねあがる、フォックスの体。
関節技をかけられっぱなしのシーカは、彼女が暴れるたびに肩を捻じられる。
「ぐあ、ああ! は、離せ……」
なんとか籠手を引きはがそうとするシーカ。
だが膝をついて激痛に耐えているだけでも地獄。そのうえ振動でフォックスがグラつくたび、左肩の筋肉はブチブチと裂けてゆく。
「がああああッ!」
とても抵抗できない。
『女……いいかげんに離せ! ええい、立って反撃せよシーカ。悪い子だ……!!』
イラだったように、声を荒げる朽ち灯。
悪い子。
その言葉を聞いたとたん、シーカの様子が変わった。
「う、う、あああああああ!!」
なんと立ち上がってきた。
苦痛にゆがむ顔に、脂汗がふき出している。
「ああああああああああああ!」
肩の関節が、異常な曲がりかたをしているではないか。脱臼寸前―――しかしシーカは立ち上がってきた。
「お、お前、なにを……マジかよ!」
フォックスがさらに右腕に力をこめる。
だが、シーカは止まらない。
鬼の形相で、ついに立ち上がった。
だが!!
「くらえコラアアアアアアアア!」
とどろく、トラの大絶叫!!
次の瞬間!
ズドオオオオオオオオオン!!
「ぎゃ……」
「ほげ!」
『ぬ……』
シーカ、フォックスの足元が、ドカンとフッ飛んだ。爆発のごとくバラバラに砕け飛ぶ木材、木材、木材!
トラが、真下から蹴りを叩きこんだ!
大穴―――
「ぐえ!」
ひっくり返るフォックス。
「ごあッ!!」
無数の破片を全身に浴び、血まみれで転がるシーカ。
「お、お、俺の怒りを教えてやる……!」
ギシ、ギシ。
ずしいいいいん!
「おのれらあああああ! 覚悟しやがれぇええ!」
般若のごとき顔で、トラが橋の上に戻ってきた。その姿はまるで、地底から這い上がってきた悪魔のようだ。
『なにをしておるシーカ! 立ちあがれ、モタモタするな! 反撃せよ、早う殺せ!』
わめき散らす朽ち灯。
シーカは今度こそ動けない。
うう、と呻き声を漏らすばかりだ。
「グ……うう……」
苦痛に歪む顔……歯を食いしばる。
朽ち灯は許さない。
『我を怒らせる気かシーカ。悪い子だ……』
ビクッ!
再度の「悪い子」に、シーカの顔色がぞっと強張った。
「う、グ……うおお!?」
なんと……
なんと、また立ち上がろうと最後の力をふりしぼる。なにが彼をここまでさせるのか。鋼の精神力で、上体を起こす。
た、立ち上がるんだ。
はやく、はやく。
しかし……
目の前では、とんでもない修羅場となっていた。
「うぎゃー! オーナー、やめてええええええ!」
ジタバタ、ひー!!
「うるせえ、死ねええええ!」
うおおおおお!!
怒りの絶頂のトラ。フォックスを重量挙げのごとく、頭上にかかえあげている。橋から投げ捨てるつもり……
いや違う!
シーカに投げつける気だ!
メイドを武器にする卑劣なトラ。彼の怒りは、それほどまでにすさまじい。
させまいと暴れるフォックス。
やだやだ!
ジタバタ!
「堪忍してオーナー! なんでもするから! 殺してやる! ウエーン!」
「お前は死ぬんじゃ―――!!」
なにを言ってもムダ……
「くらいやがれええええ!」
「ひゃああああああああああああ!!」
投げた。
ドゴォ!!
「グァヘッ!」
「ブゴッ!!」
直撃。
シーカの顔面に、フォックスの頭突きが叩きこまれた。
頭突き、と呼んでいいのだろうか。マネキンのごとく固まったフォックスの特攻!
意識がブッ飛ぶ……
「ぐは……」
血反吐を吐いてブッ倒れたシーカ。握りしめた2枚のパーツが、とうとう彼の手からこぼれ落ちた。
目の色を変えて飛びかかるトラ。
「返しやがれえええええ」
ドスンドスン!
ドスンドスン!!
パーツまであと3メートル。
そのとき――――――
バキ……
バキバキ、バキバキバキ……
バキ、バキ、バキバキバキバキ!
とうとう耐えられなくなったのか、橋桁が折れた。
崩れ落ちる……
大音響とともに川へと落ちていく木造橋。
ドオオオオオオオオオオオオオオオン!!
「「「ギャ――――――!」」」
3人は崩壊する橋とともに、川へとなだれ落ちた。
ガラガラガラ!!
ドドドドドドドドォォォォ……
ほぼ同時。
炎上する隣の橋も、すさまじい轟音をたてて崩れ落ちた。




