第101話 「ホテル」
すこし時間はさかのぼる。
場所も変わって、ここはガネットプリンスホテル最上階―――
ニニコとシーカと、煙羅煙羅ロボが宿泊する部屋にシーンは移る。
……ホテルに泊まってんの?
11階のツインルームは、見事なオーシャンビューだ。夜景が一望できる。
貿易港に面した湾には、大型のクルーザーが何隻も行き来していた。月明かりと船灯が海に反射し、宝石のようにきらめいている。
そんなこととは全く関係なく、室内―――
「来ないで! 毒ガスを撒くわよ! ワーワー!」
ホテル中に聞こえるんじゃないかというほどの大絶叫。
ベッドの隅に丸まり、" 真っ白闇 " から触手をいっぱいに伸ばすニニコ。半泣きで……いや完全に泣いている。
「触らないで! 来ないで! ワーワー!」
わめきながら怯える少女の小さなことよ。ホントにうるせえ。
おや?
血みどろだったサマードレスではなく、ニニコが着ているのはホテルのパジャマだ。かなりサイズが大きいが、シーカが着せかえたに違いない。
……ってことは、今さら触らないでもなにもあったもんじゃない。
そのことについても叫ぶべきなのだろう。
だが愚かにもニニコは、自身の服装に気づいていない。
「触らないで! 来ないで! ワーワー!」
なんと、愚かなのか。
「あ、あ、あ、うん」
対してシーカは、部屋の中央のソファに腰かけていた。
来ないでもなにも、ニニコに近づいてすらいない。騒ぎたてるニニコを、困った顔で眺めている。
テーブル……シーカの前には、ホテルのシェフ自慢のフルコースが並んでいた。
赤ワインソースの伊勢エビのグラタン、
手長エビのフリット、
牛エビのチリソース炒め、
夏野菜のチップスを添えた車エビの副菜、
赤座エビと獅子唐のパスタ、
芝エビのロールキャベツ風スープ……
ごちそうを前にして、手を付けないシーカ。
「ニ、ニニコ。食べ、よう」
「エビばっかりじゃないの! ワーワー!!」
メニューに文句を言うニニコ。
いや、美味そうだぜ?
シーカの座るソファ……そのとなりでは煙羅煙羅が、ちょこんと鎮座していた。短い足をソファに投げ出し、あろうことか葉巻を吸っている。プカプカ。
『ニニコ。冷めてしまうぞ』
まるでお母さん……
泣き叫ぶニニコに、ご飯よ、と訴える。
しかし―――
「大きなお世話よ! なによ、その超合金のおもちゃは! ワーワー!」
耳を貸しゃしねえ。
『何度言わせる! 我は煙羅煙羅だ。お前がネジを食ってくれたおかげで、シーカの肩から外れてしまったのだ。どうしてくれる!』
ひどくプライドを傷つけられたのか、煙羅煙羅の声が凄みを増した。超合金のおもちゃの恐ろしい声に、ニニコは助けを求める。
「ど、どうって……シーカ……」
「ど、どうも、しなくて、いいよ」
ふ、と小さく微笑むシーカの落ち着いた声。
「た・た・食べよう。腹、減ってる、だろ?」
「うぐ」
ぐっと声を詰まらせるニニコ。
やがて、
「……………うん」
のろのろと立ち上がり、シーカの向かいのソファに座った。素直な子なのよ、ホント。
「……いただきます」
「い、い、いただき、ます」
2人して、行儀よくフォークを持った。
晩餐―――
カチャ、カチャ。
モグモグモグ。
「……おいしい」
3種の貝と海老のポタージュを堪能するニニコ。ペコペコのおなかに、すっと入ってくる。
にこにこ笑いながら、ワインを口にするシーカ。
「は・話は、わかって、くれた、か?」
「うん……」
難しい表情を浮かべるニニコ。
かたんとフォークを皿に下ろす。
「 “ 真っ白闇 ” の呪いを解くのを、手伝ってくれるのね?」
「う、ん」
「呪いが解けたら、私が食べたネジも解放されるのね?」
「う、ん」
「だから、私にも鎧集めを手伝わせるのね?」
「い・い・言いかたが」
「そうなのね?」
「う、ん」
気まずい食卓になる。
こっちでもアイテム集めの話になっていたらしい。
と―――
ニニコが、テーブルのうえに置かれたメモ用紙に目を向けた。そこには、でかでかと電話番号が書かれている。
なにこれ?
「ねえ、さっきから気になってたの。その電話番号なんなの?」
「ん? んん!」
あわてて、口の中のものを飲みこむシーカ。
「こ・この部屋の、で・で・電話番号だよ。ひ・必要なんだ。そ・そのままに、し・しといて」
「……わけわかんないわ。いいわよ、そのままにしておくわ。じゃあ、シーカの目的を聞かせてちょうだい。シーカは何がしたいの? なにが目的なの?」
いよいよニニコは話の核心に触れる。
真剣な表情で見すえる。
しかし―――
「べ・べ・別に」
ものすごい答え。別にってか。
「ムッ……なにそれ」
ムッとするニニコ。
その表情の変化に、困った顔を浮かべるシーカ。
「え、え、煙羅煙羅は、ひとつの、鎧に、なるのが、目的。で、でも、俺、は……」
身ぶり手ぶり説明する。
『ええい、うっとうしい! 我が説明する!』
その様子にイラついたのか、煙羅煙羅が割って入った。
『よいかニニコ。我は……いや我らはもともと一領の鎧だった。お前の “ 真っ白闇 ” も含めてな! だからもとの鎧に戻る。簡単な話だろうが』
ぶしつけな言い草に、またニニコがわめく。
「私はシーカに聞いたのよ! なによ、領って!」
『領とは、鎧を数える単位だ。そんなことはいいから聞け!』
怒る煙羅煙羅。
『我らは、ふたたび一領の鎧に戻らねばならん。ここまでは良いな?』
「ちっとも良くないわ!」
『良いのだ! だがシーカめ。朽ち灯だけは、絶対に手放さないなどとほざきおる! バカげておる!』
バカとか言われるシーカ。
けっこうな暴言だが、にこにこしながら答える。
「く、く、朽ち灯、は、絶対、オレ、のだ」
にこやかに、しかし聞く耳持ちませんといった笑顔で答える。
朽ち灯はオレの……なんだというのか?
相棒とでも言うつもりか?
回答を待たず、煙羅煙羅は続ける。
『ええい、ならば方法はひとつ! 誰が着るかは後回しだ。まず集める! それしかあるまい、違うか?』
「なにもかも間違ってるじゃないの! ふざけないで!」
ガシャン!
勢いよくテーブルを叩き立ち上がるニニコ。
ついに、ついに……いちばん聞きたかったことに迫る。
「前から不思議だったの。あなたたちは、いったい何なの? なんで意思をもって動いてるの!? こんな……こんな非科学的なものってある!?」
吠える。
腹の底から吠える。
煙羅煙羅の答えは……
『知るか、そんなこと』
「なッ……」
超、そっけない答え。
固まるニニコをよそに、煙羅煙羅のスピーチは続く。
『我らは、ただ存在しているだけだ。生まれた経緯も、なぜ超常めいた力を持っているのかも知らん。知ったことか。お前は知っているのか? なぜ自分がニニコ・スプリングチケットなのかを』
「むぐっ……」
突き放す煙羅煙羅。
ニニコの負け。
ここらでアイテムのことについて、煙羅煙羅から聞けるものと思ったのに……肩透かしだ。
『続けるぞ。誰かが鎧を纏うにしても問題がある。 “ 足枷 ” だ』
「!……トラの長靴ね」
『あんなもの履いて歩ける人間がほかにいるか。あやつの脚力をもってしか……というか、足枷に呪われて歩いている人間を、ヤツ以外に見たことがないわ』
「待って……! じゃあ、トラ以前に長靴に呪われた人はどうなったの?」
『それ以前の人間だと? 決まっておるわ。その場から一歩も歩けず、衰弱して死におった』
「……!!」
ニニコの表情が一変する。
嫌悪……いや憎悪。
そして、悲痛。
かつて足枷に呪われ、悲惨な最期をむかえたであろう犠牲者たち。その死に心を痛めている少女。
―――胸が締めつけられる。
ようやく声をしぼり出した。
「あんたたちは、とびきりのゴミよ」




