僕と涙と白黒写真
毛布を載せて、ロッキングチェアにミイラが揺れる。寄り添うようにみっちゃんが座り込んでいる。
みっちゃんは泣かなかった。
再会したばかりの迷子みたいに身体をくっつけて、怒っているみたいに黙ったままだった。
僕は部屋の中を歩き回る。お酒の並んだ棚に写真立てを見つけた。
青く茂った芝生が輝いて、同じくらい笑顔のみっちゃんが写っていた。おっぱいはまだ膨らんでいない。その後ろから、お父さんと思われる男の人が宝物を掲げるようにしている。
この部屋は、お父さんの部屋なのだろう。となれば、ここはみっちゃんの家なのだろうか。
だとしたら、何故僕がいるのだろう。
地下に部屋があるのはお金があれば何とでもなるから、まだ理解できる。
部屋からみっちゃんが出たことがないというのも、病気のためだろう。
しかし僕がここにいる理由が分からない。
後ろから鼻をすする音がする。
「ギフト」と呼ぶその声は、いつもより元気がない。
「いっしょに出ようって言っておいて、すごく勝手だなって思うんだけどね。もうちょっとここにいていい?」
僕は了解を出して、部屋の外を見てくるよと伝えた。
「ごめんね」
返事を背に受け、扉を閉める。錠が壊れてぴたりと閉じなかったから、みっちゃんの声が漏れ聞こえた。
月明かりでぼんやり見える廊下は夜の海みたいだった。足を止めてしまうと水しぶきをあげて落ち込んでしまいそうだ。まっすぐ伸びる廊下をしゃにむに進む。そばを風が吹き抜けたのか、窓ガラスが乾いた音で鳴った。
みっちゃんのお父さんのことを思う。面識はないけれど、みっちゃんの気持ちを思うと十分悲しい。
でもミイラというのも、変ではないか。
人間の体は、そんな簡単に干からびるものなのだろうか。
部屋にあった暖炉を使えば、なんとかなるのものなのだろうか。スモークベーコンを作るみたいに、煙でいぶせば一丁上がるんだろうか。
音を立てておでこをぶつけた。慌て飛び退くと、正面にドアがあった。
カーテンが開くみたいに、月明かりが目の前を照らしていく。「資料室」と淡白に書かれた札が浮かび上がる。
鍵はかかっていなかった。押せば当たり前のように開いていく。
暗い室内に明かりを灯すと、さっきよりは一回り小さい部屋だ。
壁に本棚が隙間なく並んでいる。ガラス戸で閉められ、施錠してあった。並んでいる背表紙を目で追っていくと、五十音順ではなく関連した項目ごとにまとめられているのが分かる。
中でも多いのは
「第二次カンブリア爆発」
「不死者」
「進化論」
という項目だ。
アクション映画であれば躊躇なくガラス戸を破って手に入れているだろうが、ここはみっちゃんの家のようだし破片で手を切るのもごめんだった。ガラスの表面を指でなぞって振り返る。
視界に観音開きの棚が入ってきた。
木製のそれは色が黒く、中身が透ける代わりに二つの取手がちょこんと付いている。他の棚に比べると異質さが際立っており、でも何だかよく知っている形なので、惹かれるように近づいていく。表面はのっぺりとしていて、鍵穴もない。手をかけ、ゆっくりと開いていく。
「え」
外見と対照的に、豪華絢爛なきらびやかさに溢れていた。ほとんどが金色で出来ていて、細かい装飾がびっしり施されている。変な声が出てしまったのは、中央に顔写真があったからだ。
一人は知らない女性だったが、もう一人はみっちゃんだった。
そしてその奥に、仏像が微笑んでいる。
突然、破裂音がして部屋が真っ白になった。
耳は鼓膜が破れてしまったように、きいんと鳴るだけ。
視覚と聴覚が失われ、身体のバランスが取れなくなり転んでしまう。
その拍子に頭を打って、たまらず頭を抱えた。自分が上を向いているのか下を向いているのかすら分からず、気持ちが悪くなってくる。
身体に何かがまとわりついた。
遠ざかった音の向こう、かすかに「確保」と叫ぶ男の人の声がした。
次回更新は22日19時予定です。