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僕と扉とプレゼント

 どこまでも続くかと思われたが、やがて行き止まると扉が見えた。

 金庫のようなダイアルが見える。機械で回るものだろう。とても人が動かせるものではない。


 みっちゃんがぶどう狩りをするように「えい」と壁に這うパイプを剥がす。枯れているのか、ガスも水も溢れなかった。

 空想カタパルトで飛ばしたところ、扉の表面に僅かな傷がつくだけだ。


「ようし」


 みっちゃんが僕の半歩前に出たかと思うと、曲がったパイプを肩に担いだ。そのまま僕の方に顔を向けると「わたしを飛ばして」と言った。


「ええ?」

「ギフトにいきおいよく飛ばしてもらって、わたしが思いきりパイプをふる。名付けて、みっちゃんカタパルト」

「そりゃ駄目だよ。危ないよ」

「おっぱいをさわりたくないのかね」


 僕はブランコを想像する。勢いのついたブランコだ。

 窓の無いはずの通路で風が巻き起こる。

 みっちゃんの後ろで、小さな竜巻が発生したのだ。

 手を腰に当てて立つみっちゃんのスカートがはためき、髪が暴れる。


 頭の中が熱くなってく。

 ブランコをお尻に合わせる。

 みっちゃんが身体をくの字に曲げて、飛び出した。


 しまった、速すぎる。

 僕の心配をよそに、楽しげな声を上げながらパイプを振りかぶる。

 砂城が崩れたような粉塵が舞った。


 強烈な勢いで僕の後ろに吹き抜ける。

 一瞬で視界が曇り、遅れて耳の奥がきいんと痛んだ。

 咳き込みながら、僕はその場に立ちすくむ。


 みっちゃんは無事だろうか。

 粉塵が落ち着いていく。堅牢な黒い扉に、ぽっかりと丸い穴が開いている。まるで最初からあったように、滑らかな円だった。そこから腕が、にゅっと生えた。


「みっちゃん! 大丈夫?」

「無事!」


 出てきた姿は埃まみれで、髪もぼさぼさになっている。怪我はないようだ。すごい運動神経である。「大成功」とみっちゃんが笑った。

 腰を屈めて扉にできた穴をくぐる。断面は鏡のようになっていて、僕の横顔が一瞬写り込んで、弓なりに歪んだみっちゃんの笑顔が追いかけてきた。


 穴を出ると、再び廊下だった。

 今度の廊下には絨毯が敷かれ、等間隔で大きな窓が並んでいる。


「外だ」思わず口にしていた。「みっちゃん、外だよ」

 ガラスの向こうに月が見えた。木が風を受け止めてしなり、耐えられなかった葉が風に乗ってくるくると回転していた。


「おお、外」


 みっちゃんが窓ガラスに張り付いて、外の木と揃って身体を曲げる。

 外界の音が聞こえてくる。葉が擦れ、風がうねり、窓が叩かれる。


 絨毯の毛足は沈むほどふかふかしていて、壁には窓の合間に額に入った絵が並んでいる。


 天井には月明かりすら豪奢な輝きに変えてしまうシャンデリアがぶら下がっていて、映画やドラマで見るような風景だった。後ろの穴を通れば病院のような部屋につながっているとは、とても思えない。


「ギフトギフト」


 いつの間にかみっちゃんは窓ガラスから離れていた。


「大きな扉がある」

「本当だ」


 僕か十歩ほど離れた先に、横広な観音開きの扉があった。


「よいしょ」


 安々と片手で開けたものの、バキンと音がしたのを僕は聞いた。合わせ部分からだらしなく垂れる錠が見えた。

 みっちゃんが驚きの声を上げる。肩越しに見ると、学校の教室ほどある部屋だった。


 中央に木製のテーブルがあって、対面した壁に大きな液晶テレビがかけられている。となりにはボトルに入ったお酒が並ぶ棚があり、バーカウンターのようなものまである。


 目を引くのは壁際中央のレンガ造りの暖炉だ。焼けた薪が覗いている。その脇には僕より背の高い、鉢に入った木があった。


「枯れてるね」


 みっちゃんが近寄る。てっぺんに赤茶けたものが差されているのに気がついて、僕はあっと声を上げた。


「クリスマスツリーだ」

「くりす……?」

「クリスマスツリー。クリスマスに飾る木だよ」

「それはたのしいの?」

「うん、サンタクロースがプレゼントをくれる日なんだ」


 口をいろんな形に変える。よく分かっていないらしい。


「サンタっていうのは人の名前?」

「うん」

「ぷれぜ……」

「プレゼント」

「それはなに?」


「贈り物のこと」

「贈り物」

「うん、おもちゃとか、美味しいものとか、欲しいもの」

「ギフトは、プレゼント?」


 話の流れで、言葉を額面通りに受け止めて「そうだよ。よく知ってるね」と答えてしまった。

 みっちゃんはこぼれそうな笑顔を浮かべて僕の肩をつかむ。


「ギフトは、プレゼント!」

「いや、意味が同じってことで」


 僕の言葉は聞かず、片手を空に打ち上げて「サンタ、えらい!」と大いに褒め称える。その時、隣にあったロッキングチェアに手が当たった。


 手袋が落ちた、と最初は思った。

 何故ならそれはとても軽い音を立てて落ちたのだ。

 ロッキングチェアには毛布がかけられていて、僕は大した意味もなくそれを剥がしたのだ。


「うわっ」


 性別のわからないほど、しわしわの老人。

 それでも足りないくらい、乾ききった肌。

 眼孔は深く落ち込み、頭蓋骨の形がよく分かるほどだ。


 申し訳程度に生えた髪の毛が、はらりと抜ける。

 パパ、とみっちゃんが言った。

次回更新は21日19時予定です。

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