4.ヴォルデへ
私たちはいくつもの馬車を乗り継ぎ、鉄道にも乗ってようやくヴォルデへと到着した。
そこは本当に……そびえ立つ山と盆地に囲まれた土地だった。
夏だというのにヴォルデの山脈にはまだ雪が残り、白く染まっている。
ヴォルデの山脈はラッセリア公国で一番標高があり、付近には数多くの魔獣が住まう。
かつてのヴォルデは鉱山で賑わっていたが、それはもうずっと昔の話。
今はほぼ閉山しており、何も産出していない。
「思った以上に寂しいところね」
人口は二、三万ほど。だが、土地が広すぎるために密度はスカスカだ。
しかし何よりヴォルデの駅からあてがわれた屋敷に到着するまで、音がない。
何かを生み出す音、人の騒ぎ、馬のいななき。機械的な列車の音しかなかった。
「人々に活気がありませんね」
「住民のほぼ全員が憂鬱状態なのかしら」
ヴォルデの駅から次の馬車に乗り、屋敷に到着する。
与えられた屋敷は少し古びてはいるが、家具に埃はなく、すぐ住むのにも支障はない。
屋敷のメイドたちに聞くと、いつ誰が来ても良いように手入れは欠かさなかったのだとか。
「住む場所に問題はなさそうですが……」
「まさかここまで王都と差があるとはね」
私はこの数年、巡幸でラッセリア公国を回っていた。
ただ、ディルダからも重要ではないと言われてヴォルデには来ていなかった。
「書類よりもひどく見えるわ……」
地方の監察官はこの状況に不信感を抱かないのだろうか。
(王都でやらかした人間を送り込む地だから、と言えばそうなのでしょうけど)
実際にディルダが即位してから、このヴォルデ行きになった者は私が初めてだ。
それまでは……汚職した大貴族や罪を犯した王族が領主になっていたはず。
その並びに私の名前が追加されるとは……っ。
悪行以外で送られたのは、公国六百年の歴史で私だけだ。
ヴォルデ地方の寂しさは群を抜く。山と川があるばかりで畑も少ない。
それから数日かけて私はヴォルデの有力者に挨拶をして、生活の基盤を整えた。
「代官様じゃなくて、王妃様とはのー」
「お偉い人が来たものじゃのー」
「これで何人目じゃろうか」
「さぁ、すぐに入れ替わってしまわれるので……」
ヴォルデの方々はのんびりして、私の存在も遠くのものだと思っているようだった。
いや、それにしては無気力なような……
とりあえず私たちの存在は受け入れられただけで良しとしよう。
が、追って届いたディルダからの知らせに私は激怒した。
「んあっ! 歳費がゼロ!! 嘘でしょ!?」
「ええっ!? そ、そんなことが?」
「ヴォルデ地方に送られた人間でも歳費ゼロはここ二百年なかったはずよ! これは明確な嫌がらせね!」
「歳費ゼロということは、税収からですか? それで生活していけと」
「ヴォルデの税収はゼロよ」
「……え?」
「人がいなくて、王都からの補助金で成り立っているんだから。ここに生きる人は自分の生活で手一杯……」
「では、どうやって生活しろと」
「好きにやってみろって」
やられた、と私は思った。側妃への降格だけでなく、こんな手も使ってくるとは。
実際このままでは家庭菜園や漁でもしないと生活は厳しい……。
実家に頼る手もあるが、難癖をつけられるかわからない。
最悪の場合は実家も巻き込まれ、取り潰してくるかも。実家に頼るのは最終手段だ。
ちなみにヴォルデから長期間離れるのも職務放棄と見なされ、危険である。
「うぅ〜……残る手は……」
腕を組んで考える。なんとか歳費を稼がないと本当に飢えてしまう。ルーインは育ち盛りで、ついてきてもらってそれは可哀想だ。
あるいはおとなしくディルダに土下座して許しを乞えば、歳費をくれるのかも。
多分、そうだ。生活できないのを見越して圧力をかけてきている。
今のディルダならそれくらい何とも思うまい。
でもそれは――死ぬほど嫌だった。私が罪を犯して、その罰なら甘んじて受けよう。
だけれど今回の私の諫言は正しいはず。
ディルダの無駄遣いを続けられるほど公国財政に余裕はなく、近いうちに破綻してしまう。
と、そこで窓から彼方に伸びる道を私は見つけた。あの道は王都と反対側、ラッセリア公国から出る道だ。
「そうよ! こういう時こそ――頼るべきは隣の国よ!」
私はぽんと手を打つ。山あいの道を抜けた先は強大なカリダード帝国に続く。
ラッセリア公国は元々カリダード帝国から派生した国で、今も深い友好関係だ。
しかもヴォルデに接しているのは帝国のエベラルド辺境伯の領地だった。
「今のエベラルド辺境伯、レオールとは旧知の仲だし、少しは何とかなるかも…!」
「何かとは……?」
ぎくっ。ルーインに問われ、私は動きを止めた。わからない。本当に好転するのか。
五年前に半年ほど留学していた時に、レオールと知り合って――お互いに悪い印象はないはずだ。ただ、彼に頼るのはどうかというルーインの懸念は正しい。
「……正直なところ、ディルダに頭を下げたくないの。それは自分に非があったと認めることになるから」
「コーデリア様……」
「帝国は公国より数十倍も大きな国よ。ヴォルデについても隣り合っているから、色々と私たちよりも知っているかもしれないわ」
これは希望的観測だ。ほったらかしになっているヴォルデについて、地元民も望みを持っていない。それはヴォルデが流刑地だったからに他ならない。
私も流刑者みたいなものだが……側妃に降格させられ、移させられたのだから。
「だからともかく、自分で動いてなんとかしたいのよ」
「そう、ですね。コーデリア様は知識と行動の御方でした」
ルーインが優しく微笑む。
彼も自分のことを考えていたのかもしれない。
「さっそくエベラルド辺境伯へ手紙を出し、面会しましょう。文面はいかがいたしますか?」
「そうね、まずは挨拶と――」
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