24.メルダの謀略①
「くそっ、くそ! くそ……っ!」
メルダは王都からの鉄道に乗り、東へ急いでいた。
イエティの工作が失敗した後、ディルダはメルダへの態度を一変させた。
酒を無理に飲ませ、笑い者に……全てはあの女、コーデリアのせいだった。
列車の一等席に乗っていても気持ちが晴れない。むしろ苛立ちが増すばかりだった。
「せっかく、ここまで上がってきたのよ!」
ディルダのあの目がメルダの不安をかき立てる。
『あなたもコーデリア様のようになるのよ』
『コーデリア様を見習いなさい』
公国の貴族令嬢にとってコーデリアはまさしく目指すべき理想だった。
高貴なる生まれでありながら研鑽と努力を怠らず。華美に流されず、知をもって一途に。
「そんなのつまらないじゃない……っ」
メルダが好きなのは派手な生活と人の上に立つことだ。
それ以外に楽しみがあるだろうか。
しきたりや義務に縛られた生活なんてメルダにとっては、少しも意味がない。
でも実家の子爵家はメルダに賢く、野心なく、堅実な生き方を望んだ。
「嫌よ、そんなの!」
だからメルダは選んだ。
学院の成績よりも素行よりも美しい女子学生と徒党を組んで。
人を蹴落として男に気に入られる術に全力で取り組んだ。
そのおかげで十六歳にしてディルダの懐に入ることができたのだ。
これは才能。天と神がメルダに与えたのだ。
だが実家は認めてくれなかった。
『でもお前はそんなに賢くない。今からでも遅くはないから』
『コーデリア様のようになりなさい』
一体、自分の何がコーデリアに劣っているというのだろうか。
飽きることなく本を読むこと? 何でも覚えてしまえること?
公国最高の官僚のさらに二倍の書類仕事をさばけること?
どれも無意味だ。だってコーデリアは王都から追放されたのだから。
結局、努力は無駄だった。
「あともうちょっとなのよ……!」
コーデリアは正妃から降ろされたが、それでも側妃としては残った。
メルダにはよくわからないが、前例というものでいきなり妃から完全に外すことはできないようだ。
側妃までは独断でできても、妃でなくすことはそれほどまでにハードルが高いらしい。
その前例というやつで子爵令嬢のメルダも正妃にはなれない。
しかし何事にも道筋はある。もしコーデリアが次に――誰もが納得する失態によって側妃でなくなったら、メルダは正妃になりやすくなる。
それもメルダの手によってそれができれば、ディルダの心象も良い。
最短の道はやはり自分の手で掴むしかない。
ディルダの命令を遂行するために、メルダ自ら東のヴォルデへと向かっているのだ。
列車に揺られ、ヴォルデのひとつ前の駅にメルダは到着する。
そこにはすでにディルダの私兵である黒服たちが待っていた。
リーダー格らしき女性が前に進み出てくる。
「お話しは伺っております」
「具体的にはどうすればいいの?」
「こちらへ。詳細をお話しいたします……」
黒服に案内され、駅から少し離れたホテルへと案内される。
「ちょっと待って。こんなボロで会議するの?」
メルダが不快そうに眉をひそめた。
壁はひび割れ、明らかに塗装が剥げている。
どう考えても労働者向けの安ホテルで貴族たる自分にふさわしいホテルではなかった。
しかもなんだか……生ゴミの臭いさえも漂っている。
「あまり予算がありませんので。我慢してください」
「……ちっ! 仕方ないわね……!」
蹴り飛ばしたいのを我慢してホテルの部屋に入る。
ホテルの中も安上がりで、ディルダに与えられた王宮の一室とは雲泥の差だった。
これでは地方貴族のメイドにあてがわれる部屋だ。
いたくプライドが傷付くが、目の前の黒服に当たり散らさない程度にはメルダは自制した。
(今回の任務は絶対に失敗できない……!)
ディルダは気まぐれで、酒に酔うとさらに何を考え出すかわからない。
音楽と贅沢を除けばその気まぐれの先を予想することは不可能だ。
ただ、無能な人間には厳しい。今のメルダのように。
彼の気に入らない者はこれまでの大臣や官僚、コーデリアのように外される。
「それで何をすればいいのよ」
「今現在我々はヴォルデ領に入り込み、情報収集を行なっております」
「それで?」
「公国の人間として振る舞えば、当然侵入は容易なのですが……ひとつだけ手に入れるべきものがあるのです」
黒服の女性の不安げな様子から、それが困難なことが察せられた。
だが困難はチャンスだ。黒服に解決できないことをメルダがやり遂げれば、ディルダは必ず評価してくれるだろう。
「何を手に入れればいいのよ、言ってみなさい」
「ヴォルデで精錬されたミスリルです」
黒服たちはディルダの手の者としてある程度の自由と権限がある。
金とそれなりの雰囲気を醸し出せば情報は手に入るものだ。
しかしヴォルデの新しい希望の最終生産物のミスリルだけは全く手に入れられなかった。
生産されたミスリルはただちに帝国へ送られてヴォルデには残らない。
さらにコーデリアの管理計画とルーインの監視で各工程には全く隙がない。
「鉱山で働くのは昔ながらの労働者かその関係者のみ。外部の我々では接近も困難です」
トルドは鉱山の重要性を理解していた。なぜなら鉱石を盗まれることこそ、鉱山の利益を損ねるものだからだ。
どんなに良い鉱石でも手元になければ次の工程の役には立たない。
「精錬施設も厳重で、さらに帝国の人間も常駐しています。残るは各輸送を担う商人ですが……。こちらも協力を渋っています」
「目処がついているなら、そいつらから貰えばいいじゃない」
「我々は非公式の存在で、正式な命令を出せる立場ではありません。向こうは対して側妃コーデリアと帝国が上にいます。脅してもミスリルを何かと言い訳をしてくるのです」
なるほどとメルダは思った。
確かに帝国と側妃がセットなら、黒服の簡単な脅しでは効果がないか。
これが単なる特産品なら、間違いなく供出させられるのに。
「で、あたしはどうするのよ」
「ヴォルデ近隣に領地があるメルダ様であれば、なんとか付き合いのある商人を見つけ出してミスリルを入手できるのではと――陛下はお考えです」
黒服の言葉にメルダはじっと押し黙る。一見して難しそうな任務だった。
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