20.レオールとコーデリア③
変異種のスライムは相当厄介な特質をもっているようで、すでに数十人の兵が重傷を負っていた。免疫のない若い貴族なら、この現場だけで卒倒しているだろう。
しかしコーデリアは一切目を背けずに前線を進んだ。
それだけで現場の士官や兵が彼女に敬意を抱くほどだ。
(やはり魔獣討伐の国、ラッセリア公国の妃となる者か)
指揮所で話を聞くと、スライムは炎と氷という複数の攻撃と形態を使いこなしているようであった。攻撃パターンの豊富な魔獣はそれだけで危険である。
「火砲による攻撃は?」
「炎を扱う時には全く効果がありません」
「ハイドラの水弾も氷の時には通じず……」
水弾は鉄砲の銃弾に魔力を帯びさせたもの。ハイドラの骨を使用しており、帝国軍において対魔獣の標準装備だった。
基本的に魔獣には火砲と水弾のどちらかが効果的なことがほとんど。
しかし変異スライムは自分の身体を炎と氷に変化させ、こちらの攻撃をすり抜けるようだ。
増援部隊はもっと豊富な武装を持っているはずだが……。
指揮所の暗い雰囲気の中で、コーデリアが口を開く。
「レオール様、どうやら負傷者の傷を見るに――火傷のほうが多いとお見受けします」
「ふむ……攻撃頻度は大差ないはずだが。それで?」
「もしかすると変異スライムの本質は炎なのかも。公国の魔獣でも似たような例がございます。水弾の飽和攻撃を仕掛けてみては?」
コーデリアの話によると複数の性質を持つ魔獣の本質はどちらかに偏ることがほとんどらしい。ただ、どちらに偏るかはわからない。
これは帝国の教条にはない知識だ。もし失敗して被害を増大させれば責任を負う。
だが、俺はコーデリアの瞳にある知性を信じることにした。
他にやりようもない。増援部隊を待つにしてもやれることはやり、情報を得なくては。
「……わかった。水弾の飽和攻撃に切り替える。遅滞戦闘を止め、反転用意!」
俺はマントを羽織って前線に出た。俺の指示に困惑する兵も多かったが、説き伏せて戦闘へ向かってもらう。
結果は――抜きん出たものだった。飽和攻撃からしばらくして、変異スライムが氷の状態を維持できなくなったのだ。
コーデリアの予想通り、変異スライムの本質は炎だった。
氷の形態を維持するのには限界があったのだ。
俺が指揮を執って数時間後、変異スライムは全て討伐された。
士官たちも信じられないという顔をしている。
「まさか攻撃を切り替えて、これほど上手くいくとは……」
「ラッセリア公国の妃は才女というのは本当だったのか」
この一件でコーデリアの名はさらに帝国でも知れ渡った。
変異スライムの習性を見抜き、討伐に大きく貢献したのだ。この討伐は大きく取り上げられ、俺は勲章をもらうことになった。
本当はコーデリアの功績なのだが、彼女は勲章を辞退した。
「帝国にいる間は私も帝国の者です。それに多分、公国は好まないでしょうし」
「……そうか」
「被害が抑制できたのなら、それが何よりです」
コーデリアは心底、そう思っているようであった。
時に痛ましい感さえあるが俺にはどうしようもできない。
変異スライムの討伐から一週間後、俺は帝都に呼ばれて勲章の授与を受けた。
豪勢な宮殿の中にいて勲章を胸につける。
誇らしくもあるが、俺はこれを受けるべきではないという気持ちが拭えなかった。
知識と栄誉に恵まれたのはコーデリアなのに。
帝都で勲章を受けた俺は、帰りに帝都の屋敷へと向かった。
俺の両親は魔獣との戦いにより負傷して引退して療養生活に入っている。
書類仕事はできるが車椅子で、前線には立てない。
俺ももうすぐ代官から引き継ぎ、エベラルド領を統治しなければならない身だ。
白髪の増えた父は俺の勲章を喜んだ。
「勲章を貰う機会はそう多くはない。良くやったな」
「ありがとうございます。しかし、これは――」
俺は黙っていることができず、これまでの経緯を説明した。他の貴族にも黙っていた胸の内を、俺の父は静かに聞いてくれた。
「それは借りというものだ」
「…………」
「人はひとりで何かを成し遂げることはできない。敬意と協力があって初めて、大きなことを実現できる」
「はい……その通りです」
「レオール、お前は実によくできた子だ。我ら夫婦の自慢の子だよ。だがその秀でた能力のために苦労するかもしれない」
確かに俺と同じ年齢で帝国大学の教員になる例はほとんどない。
魔力と学識、魔獣討伐の経験。これらは幼少期からの教育の賜物であるが……。
負担ではないと思いつつも、俺と同じ人間は結局のところいないのだ。
一番近いところにいるのは……コーデリアだろうか。
「今は苦労はしておりませんが、いずれそうなるかもしれません」
「シフォン殿も同様であろう」
「それは――否定できません」
コーデリアの才覚を周囲はきちんと受け止められるのか……。
「その時には助けてやりなさい」
「……いいのですか?」
カリダード帝国とラッセリア公国は枝葉のような関係で、非常に遠くではあるが帝国貴族の何人かは公国の王位継承権も保持している。俺もそのひとりだ。
だからと言って、好きにできるわけではない。
あくまでも公国は独立しており、しかも公国は帝国の介入を嫌っている節がある。
公国としてはやはり帝国は巨大な国であり、影響を受けすぎたくはないのだ。
「それが善であるならば」
俺の父のその言葉はありがたかった。
善、それが重要なのだ。
コーデリアは俺の授与式が終わり、学園に戻ってすぐ帰国することになった。
予定より半月ほど早かったのだが……それは公国からの要請だと知った。
恐らく討伐で前線に出たのが問題になったのだろう。
帝国大学での最後の別れの際、俺は彼女に謝罪した。
「すまない」
「いいのです。公国も心配なのでしょう――私も少し無茶をいたしました」
コーデリアは大学生活を楽しんでいるように見えた。
それが……あの前線に出たことが知られ、帰国を促されてしまうとは。
また彼女にひとつ借りを作ってしまった。
「レオール様もお元気で」
「ああ、それとこれを受け取ってくれ」
俺は一冊の古びた本を手渡した。
最高級の革張りに金糸でタイトルが縫い込まれている。
皇臣問答の最初の版、それを忠実に再現した希少本だった。
「これは……! もしかして、噂の初版復刻本!?」
「噂かどうかはわからんが……」
何せこの本が製作されたのは何十年も前のこと。
皇臣問答の古い資料が相次いで見つかったので、それを組み込んだ本なのだ。
「なぜこれをレオール様が?」
「エベラルド領にも少しだけ資料があり、貸し出した。この本はその返礼だ」
「ええっ!? いいのですか、そんな返礼の本を!」
そうは言っているが、コーデリアの瞳はきらきらとしていた。
「初版は古語で書かれて表現も難しい。俺には読み解けない。それならコーデリアに持っていて欲しい」
「そ、そういうことなら……! ありがたく頂戴しますね!」
コーデリアは本を抱いて、礼をした。
彼女にとってやはり本は大切なのだろう。貴重な本ではあったが、エベラルド家にあるよりは彼女の手元にあるほうがふさわしい。
ひとつ肩の荷が下りた気がして、俺は彼女を見送った。
これにて第3章終了です!
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