結
車からおりてヨロヨロと川べりに下りていった。
「もう戻れない」
あなた――ノリくんの声が耳の奥に響く。
もう戻れないのはわかってるよ。ユウコを手にかけた瞬間から、もう戻れないってわかってたよ。
でも、でもユウコから奪った犯罪者の称号にわたしは相応しくなかった。ユウコからはなにも貰わないほうがよかったんだ。わたしは彼女に与え続けるだけでよかったんだ。
スマホも財布も車の中に置いてきた。
わたしはただハンカチにくるんだ人形だけを抱いて、川にザブザブと入っていく。
幸い誰もいなくて、見咎められることなく川に入れた。水無月の冷たい川水が足に絡む。足元の石はぬめるので、時折転びそうになるが、ユウコはわたしの手を引いて川の真ん中に進んでいく。
いつの間にか人形がユウコになっていた。金髪の巻き毛を揺らして、ちらちらとこちらを振り返りながら微笑みを湛えてわたしの手を引く。
「ユウコ、わたしのこと恨んでる?」
「チヨちゃんは悪くないよ」
「わたしが殺したんだよ」
「悪いのはノリくん。チヨちゃんに余計なことを吹き込んだノリくん」
ユウコの瞳に怒りが燃えるのを見た。
「チヨちゃんが一緒に来てくれたら、一緒にノリくんのこと苦しめようよ」
ユウコは嬉しそうに言った。わたしもノリくんの押しの強さには正直辟易していたから、ゆっくりと頷く。
「ねえチヨちゃん、気付いてた?」
「なにを?」
ユウコの冷たい指がわたしの頬に添えられる。わたしの短い髪をくしゃりと撫でて、ユウコの顔が近づいた。
「わたしは本当にチヨちゃんが好き」
「知ってたよ」
「知らないでしょ? わたしはチヨちゃんを愛してる。チヨちゃんのことを考えると身体が燃えるように熱くなって、チヨちゃんの指がわたしの指に触れる度に、わたしの身体の芯が疼くの」
「……知ってたよ」
「……このわたしの気持ちの答えが、わたしを殺すことだったなら、わたしは嬉しいの」
「うん」
ユウコはわたしの唇に、ゾッとするほど冷たい唇を重ねた。死臭の香る最期のキスだった。
「チヨちゃんが殺してくれたから、わたしは永久にチヨちゃんのもの……こんなにいいことってないよ」
「……だからユウコもわたしを殺すの?」
ユウコは寂しげに微笑んで頷いた。
ああ。
わたしはため息をついて、諦めたように彼女を抱きしめた。ちゃんと話せていれば、別に殺さなくて済んだ話だった。
「一緒に逝こうチヨちゃん、なんにも怖くないよ」
「ユウコが言うなら、そうなんだろうね」
ユウコはさらに川の深みにわたしを連れて行った。
あと1歩踏み出せばもう足はつかない。
「わたしたち永遠に一緒だからね」
ユウコが言った。
「もう離さないから」
(了)