承
通帳に刻まれた彼女の名前を指でなぞる。その金額は大しておおきなものではない。三千円。いつもわたしの通帳から不審に引き出される金額。三千円程度で騒ぎ立てるのもなんだか恥ずかしいので、ユウコだとは思ったが、警察には届けなかった。
彼女はあらゆるものをわたしから欲しがった。
「いいな、そのリップどこのブランド?」
「えー、その服かわいい、着なくなったらちょうだい!!」
「このお菓子大好き、また買ってきて」
いつもそれとなく近寄ってきて、わたしの身の回りの品を『欲しい』という言葉を使わずに奪っていった。彼女から何かをもらったことはない。彼女はわたしの真似ばかりするので、わたしが欲しいようなものを彼女が持っていなかったのもあるが、心の底から、浅ましいこの女を軽蔑していた。
軽蔑しながらも、憎みながらも、完全に嫌いになることはできなかった。なぜかはわからない。彼女の純粋なわたしへの好意が心地よかったのかもしれない。ただ、彼女のことは裏切る気持ちになれなかった。
彼女を殺したのはなにが原動力になったのかわからない。絶縁するくらいなら、わたしが殺したいと思った。殺すことでひとつになろうとしていたのかもしれない。絶縁と復縁を繰り返すくらいなら、この手で終わらせようと考えたのだ。きっとそうだ。
あのときのことは何も覚えていない。綿密に計画を立てたのに。なにも、何も覚えていないのは、どうかしている。ノリくん、あなたにそそのかされて、本気で殺す気はなかったのに殺してしまったのか?
けれど、殺した瞬間に、彼女から奪い取った犯罪者という称号に陶酔していたのは事実だ。
彼女から初めてもらったもの。
彼女から初めて奪い取ったもの。
大切にする。わたしは犯罪者として生きる。
彼女の素直な謝罪を思い出す。
周りからの同情は買えても、わたしの赦しは買えなかった謝罪。そのときわたしの中の何かが千切れた。我慢ならなかったのだろう。いまとなっては過去の感情で、セピア色に見える。
彼女は毎夜、わたしに語りかける。
「アタシに会いに来てくれないの? ……寂しいな、寂しいよ」
ユウコはわたしのベッドのへりに腰をかけて、薬指でわたしの唇をなぞった。
その指のゾッとする冷たさに、わたしは恐怖で身を固くした。なにも言えなかった。そのまま気を失ったらしかった。
目を覚ますと、やはりベッドのへりとその床がびっしょり濡れていた。床は水たまりができていた。
そして、その側に丸い小石と、彼女とともに埋めた血の付いたアナベルの花弁が落ちていた。
彼女を埋めた河原の石……。
徐々に濃くなっていくユウコの影が恐ろしかった。
それなのに、どこか嬉しくもあった。わたしに殺されたのに、会いに来てくれることが。生前と変わらず、わたしを想ってくれていることが。
ノリくんには話さなかった。同じ犯罪の片棒を担いだことがわたしとノリくんに新しい絆を生んでしまったことを後悔していた。彼には全く何の感情も抱いていない。彼にはもうなにも頼りたくない。彼からの電話がうざったくなって、着信拒否にしていた。