併走
「やっぱりね、空からの景色が見たいの。絶対騒いだりしないし、おとなしく座っておくから。行きは問題無かったのだし、いいでしょ?お願い!」
領主さんもジェロームさんもちょっと興味があったみたいで、結局馬車の窓からならOKということになった。
「絶対に大きな声を出さないでくださいね。びっくりして魔法が解けるかもしれないですからね。」
みんな頷いていたので大丈夫だろう。ランドールさんとマルゴさんも少し嬉しそうな顔をしている。みんな行きが無事だったから警戒心が緩んだようだ。
私は御者台に座り魔法をかけた。空に浮かびミーヤに向けて加速する。夕暮れから夜にかけての景色はみんな喜んでくれるだろう。声を我慢しながら興奮するみんなの様子を想像して私はちょっとにやけた。
行きが大丈夫だったから帰りも大丈夫というわけではないのだな。馬車の隣りを併走してらっしゃるのは巨大な竜のように私にはみえる。こちらの姿は見えないはずなのに明らかに併走している。
《レン、あれ大きいね~》
「水丸、あれ怖くないの?」
《うん、嫌な感じしないよ~》
このままだとミーヤに付いて来てしまいそうだ。それは絶対マズい。私は一旦空中で止まって姿を見れるように魔法を変更した。竜も隣りで浮いている。竜は大きな指を一本上に向けて指先に何かを浮かび出させた。よく見ると文字だった。しかも日本語だ。〈あなたは日本人ですか?〉と書かれている。私はめっちゃ驚いたがゆっくりと頷いた。竜の指先の文字が変化した。〈私に名前をつけて下さい〉いや、そんな事突然言われましてもパッと思いつかないんだが。うーん…
「じゃあ、ヨゾラで。夜の空で会ったから。」
竜が白く淡く光った。
《はあ~、やっと会話できるようになったな。お嬢ちゃん、名前は?》
「私はレン、このこが水丸だよ。」
《レン、日本人てことは、霜降り肉を知ってるよな?》
私が頷くとヨゾラはそれを聞いた人全てが死を覚悟するのではないかというような声で叫んだ。
「ちょっと!うるさいよ!近所迷惑でしょ!」
《ごめん、ごめん。いや、マジで嬉しくてさ。なあ、俺レンに付いて行っていい?霜降り肉のためなら何でも手伝うからさ。頼むよ》
いや、色々訊きたい事や言いたい事があるんだが、とりあえず。
「こんな巨大な魔物を街に連れていけるわけないでしょ?」
ヨゾラは小さくなる事ができるとのことなので片手に乗る程度まで縮んでもらった上で馬車に付いてきて貰うことにした。身体の大きさと速度に関係は無いらしい。他の詳しい事は帰ってからだ。私は再び姿を消しミーヤの街へ急いだ。
「旦那様!奥様!ジェローム様!早くテントの中へ
!」
ランドールは悲鳴を上げそうになるのを必死でこらえて皆を避難させようとした。しかし皆移動する様子が無い。窓の外を見ると馬車は動きを止めレンお嬢様が竜と話をしているように見える。
「ランドール、大丈夫よ~。レンがあんなに落ち着いて対応してるんだからどうにかなるわよ~」
旦那様とジェローム様も頷く。
奥様がそう仰った直後竜が物凄い叫び声をあげた。私は死を覚悟した。マルゴは気絶しているようだ。旦那様とジェローム様もさすがに顔が青ざめている。
「あら、レンが竜を叱りつけているようだわ。まあ、竜が小さくなったわよ!ちょっとかわいいわね~」
奥様だけがいつも通りだ。
馬車が再び動きだした。ランドールは皆無事だった事に心底安堵しどんな時もぶれないアンジェリカに改めて尊敬の念を抱いた。




