6話
短いです
「あんた、私と付き合いなさいよ!」
そんなことを言ってくれた彼女……清津奈緒と別れたのは、何が原因だったかと答えると、自分のせいだと木和は思っていた。
一般的なサラリーマンであり、なおかつ年齢的にもまだ社会人に慣れてきた程度の彼に襲いかかってきたのは、会社からの重荷だ。
生来から気弱な性格ではっきりとものを言えなかった木和は、そのせいで仕事が溜まり、責任が増え、時間が削られて言った。
当然、奈緒にも相談はした。
「だからやめた方がいいって言ってるでしょ!」
「そうすると色々な人に迷惑かけるんだよ!」
「迷惑って何?!そんなもんてあんたが壊れたらどうしようもないでしょ?!」
「そういう問題じゃないんだよ!」
連日続いた喧嘩。
奈緒としては木和を思ってのことだったが、木和は少々有能だったために、自分がいなくなったらどれだけの被害が、責任が、仕事が残された人達に降りかかるのかを理解していた。
確かに辞めることは何度も考えたが、周りも頑張っているのに、自分だけ逃げるようで嫌だったという、実に小学生のような考えを木和は持っていた。
たったそれだけと思われるかもしれないが、木和からしてみればとても重いものだった。
「自分も大事にできないような男の隣にいたくはない」
奈緒の去り際のセリフ。
木和は分かってはいたが、分からないふりをしていた。
自分の置かれている状況は異質で、奈緒の言っていることは正しくて、見捨てるのが正解だと。
分かってはいたが、正解を選べなかった。
「はあ……」
奈緒と別れてから露骨に増えてしまった溜息をつき、木和は仕事……前の職場とは違う仕事場の、休憩スペースで昼飯を食べた。
「こんにちは、何でも屋のものです」
瀬尾が押したインターホンは、ドア越しに瀬尾と隣にいる江良の耳に届いた。
前回から四日後……人気の少ない木曜日の昼に、瀬尾たちは木和のマンションに訪れていた。
「わざわざ来ていただいてありがとうございます」
出てきたのは、スーツ姿ではない木和。
特にダサい訳では無いが、かっこいいとも言えない服装。
木和が多少沈んでいるように見えた瀬尾は、事前に江良から教えてもらった、『木和がどう考えているのか』というのを思い出しながら、
「大丈夫ですか?」
まずは心配する。
幼少期からデバッガーとしての訓練に勤しんでいたため、普通の人とは違う価値観を持つ瀬尾は、確かに他人の感情の機微には疎い。
しかし、別にコミュニケーション能力が低い訳では無いので、事前に他人の感情がどうなっているのだろうか、という点を知っていれば、違和感なく行動はできる。
「いえ、特に問題は無いんですが、今日彼女に会うんですよね?」
「まぁ、出来れば会えた方がいいですね」
「そうしないと……、万が一の自体が起きるんですよね?」
「本当に万が一、ですけどね」
「……そうなるかもしれない、と言うのが聞けただけで十分です。
腹は決まりました、行きましょう」
木和の表情が僅かに変化したのは江良だけが分かった。
江良はその表情を見て、
「じゃあ、向かいましょうか」
「…………はい、そうですね」
瀬尾に対してアイコンタクトを図りながら、声をかけた。
「……………………」
木和は未だに自身の感情が分からないままだった。
けど、奈緒に危害が加わるかもしれないと思うと、動かずにはいられないというのは、本心であった。
「ここでいいですか?」
木和から一言、はいという了承の言葉をもらい、江良は車を止めた。
後部座席に乗っていた木和は、窓から少し新しい雰囲気のする二階建てのアパートを見た。
「ここが、彼女の?」
「そうですね、ここに住んでいるはずです」
なんで知っているのかという質問を、木和は先読みし、
「一応、ここら辺で知っている人が2人ともいなかったので、とりあえず住処だけは教えあって、本当に万が一があったときは、ってことで教えてくれたんですよ」
「まずは……彼女がいるかどうかですかね……」
パンっ
そこで助手席にいる瀬尾が手を叩いた。
2人の視線は瀬尾に集まり、視線を向けられた瀬尾は神妙な顔をして、
「今回の件に関しては、ここまでで本来ならば大丈夫です」
「…………というのは……?」
「本来ならば、既に住所を聞いた時点でここまで来ればここから修正を施すことができます」
その言葉に2人は唖然とした。
根本の話として、それで済むのならば、木和がついてくる必要はひとつもなかったわけで、
「私は……無駄骨ということですか?」
「もし本当私の言った通りならば、その通りです」
木和が項垂れようとした瞬間、瀬尾はしかし、と繋げて、
「今軽く調べてみたところ、本格的にまずい状況になっている事が判明しました」
「まずい状況、というのは?」
「率直にいいます、彼女……清津奈緒さんの存在が消える可能性が高いです」
木和の脳は、突然のことについていけなかった。
人が突然、人が消えるなんて突拍子もないことを言われたら、大体の人がそうなるだろう。
そして嘘や虚構だと言うのだが、目の前の人物を見る限り、そう断じる事も出来ないわけで、
「本当……ですか?」
「本格的に調べなければいけない位には」
その言葉に、木和は絶望の表情を浮かべ、江良は瀬尾を睨みつけた。
江良からの視線に対しては、瀬尾は微笑みで返す。
なにか言えない事情がある。
いつも瀬尾が隠し事をする時の癖で、江良はそれを分かりきっているので、しばらく睨んでから、ため息をついた。
「木和さん、そのために瀬尾さんは木和さんを連れてきたんですよ。
今言ったことにならないためにも、頑張りましょう!」
江良の元気な励ましに、木和は顔を上げた。
その瞳には、だんだんと決意が現れていき、
「そうですね、こうやって打ちひしがれている場合じゃないですよね」
それじゃあ、行ってきますと木和は一言告げ、車を出ていった。
「それで、話してくれるんですか?」
「いやぁ、今回はダメですね」
「今回も、ですよね?」
「…………ははは……」
苦笑いを浮かべる瀬尾に、江良は年甲斐もなくふくれっ面を見せ、今度なんか奢らせてやると呟いた瞬間。
突如、瀬尾は助手席で悔しそうに涙を流していた。
ここからお話は動きます。




