5話
『〜〜♪』
「っ!聞こえました!」
「はい、私も聞こえています」
「私も聞こえてます!」
木和の報告に江良と瀬尾は返答し、瀬尾はウィンドウを操作していく。
その様子に木和は何が行われているのか分からないが、この現象を解決しようとしているのは分かる。
『〜〜〜〜♪』
"CITY of WALL"という少しマイナーだけど、彼女が一番好きだと言っていた曲。
その音色に懐かしさを感じながら、瀬尾の作業を見ていく。
サビが終わると共に小さくなっていく音。
もう聞けないであろう彼女の歌声に木和は少し寂しさを感じていた。
「……どう、でしたか?」
「大方分かりましたね」
ちょっと整理するための時間を下さい、と瀬尾は数々のウィンドウを一枚一枚消していく。
江良は部屋を片付けながら、瀬尾の横顔を見る。
その表情は、今までのもやもやが晴れたような顔だったので、もう大丈夫かと江良は判断した。
瀬尾が最後の一枚のウィンドウを消し、顔を上げ、
「それでは今回のバグについて、解説しましょう」
「今回のバグに名前をつけるなら、誤音バグ、ですね」
「誤音バグ?」
「ゲームでいうと間違ったBGMが流れる、と言ったものです」
少し大きめのホワイトボードを取り出して、『誤音バグ』と1番上に書き込んだ瀬尾は、江良からの質問に答える。
「さっき現象が起きた時にも確認しましたが、これは瀬尾さんだけに起こっているものではありません」
「そうですね、私も聞こえてました」
「ってことは、この部屋に来ていれば、ほかの人も聞こえる?」
そういうことですね、と瀬尾は木和の発言に肯定する。
「ここでバグっていたのは、この部屋のベットの真上です」
「だからベットが1番聞こえていた……」
「世界からすれば、このベットの上から音が聞こえるのは常識として認知されているので、木和さんが聞いた音はバグではない、と判断されていました」
瀬尾は誤音バグの下に、場所と書き込み、その隣に木和家のベット上と書き込んだ。
江良は以前に聞いた話と合致する部分があったため、1人納得していた。
「そして調べてみたところ、原因は聞こえる音の元である彼女の方にあります。
彼女の方で何らかのアクションが行われ、その結果ここに間違った音が流れるというバグが起きています」
原因とその隣に、清津さんと書く瀬尾。
「解決するためには、清津さんの住んでいるところに行って、直に調べる必要があります」
「それじゃあ、ここでは解決出来ない?」
「出来ることにはできそうなんですか、やっぱりバグの原因に直接行った方が確実でありますからね」
瀬尾と江良のやりとりに、唖然とする木和。
てっきりここでもう解決だと思っていたのに、またもうひと手間あるだなんて……と思っていたが、
「すいません……それほどまでに世界のバグ、というものは厄介なんです。
どうか、もう少し手伝ってはくれないでしょうか……」
頭を下げる瀬尾に木和は戸惑った。
正直な話、ここで解決すると思っていたのにまだ何かあるのかと思うと、時間も限られている中でそんな……、と木和は思った。
しかし瀬尾の頭を下げる姿を見て、その真剣な瞳を見て、木和は本来ならばこれはお金を払うようなもので、この人達はそれを特別に今回無償でやってくれてる、という事実に気づく。
「すいません、ちょっと自分も考えが浅はかでした……」
「一つ言い訳するとすれば、ここでしっかりと仕事をしないと、最悪の場合木和さんにまた何らかの現象が起きてしまう可能性があるので、ご理解頂けるのは大変助かります」
「自分も、ちょっとこの現象について、軽く考えていました……」
「いえいえ、起こっていることがあまり大事ではないので、仕方が無いことですよ」
「……ところで僕以外にも、バグに困っている人、その現象に関わっている人って、いるんですよね?」
「えぇ、そのような人達が一定数いるのは確かです」
「他に、害のあるようなバグとかあるんですか?」
「うーん、代表的な例で行くと神隠し、ですかね」
「神隠し?」
腕を組んだ瀬尾の口から出たのは、全く関係ないと思っていたものだった。
「今の日本で、行方不明者が絶えないのは知っていますよね」
「まぁ、そういう話はよく聞きますよね」
「もし、自身の存在がバグっていて、それを大勢の人に見られた場合、その記憶を修正するのは世界なんですよ」
「は、はぁ…………」
「それで、世界があまりにもたった一人の人のためにそこまで働きたくないと判断して、切り捨てることがあります」
「…………は?」
「それで起こるのが、神隠しです」
木和はその事実を聞いて、意味がわかったが納得はできなかった。
つまり世界を作ったやつが、面倒という理由で人1人を消す?
「理不尽ですが、世界はそういうものなんです。
そしてそれを直すのが、私達の仕事です」
瀬尾の言葉に、木和の胸中は不安が支配する。
つまり、下手すれば彼女も消されていた……?
そんな不安が募っていく。
「でも、今回はそういう類のものではなくて、安心しました」
「あの…………彼女は……奈緒は、助かりますか?」
「はい、しっかりとした原因究明と、対処さえできれば」
「ちなみに、この人のこの手の依頼成功率は、100パーセントです」
一応、命に関わる可能性のある仕事でもありますので、と江良からの横槍に返している姿に、木和はホットした。
それと同時に、なんでこんな気持ちになるんだろう、という疑問も同時に湧いて出てくる。
彼女のことに関しては、すっぱり諦めたはずなのにこうも感情が荒れてしまうとなると、もしかするともしかするのかもしれない……、木和はそんな思考に沈んでしまいそうになったが、瀬尾たちのことを思い出し、
「と、とりあえず、今度また日を見て彼女の家に行きましょうか」
「そうですね、今日はもう遅いですし色々ありましたから、とりあえず休んでおきましょう」
その後、瀬尾と木和は次にいつ会うのかを決め、瀬尾は自作のクッキーを渡して、別れた。
「ちょっといいですか?」
「いいですよー」
帰り道、瀬尾は助手席に座りながら外から見られない位置でウィンドウを操作していると、江良から声がかかった。
「今までの経験から考えたんですが、次のバグ修正に木和さんっているんですか?」
江良は今まで瀬尾がバグを解決する様を近くで見て、そして記憶している唯一の人物だ。
なので次にバグを修正する時に、木和がいらないことは容易に想像できた。
最初から言っていたように、木和はバグっていない。
逆に言うと、彼自身は修正する意味が無いということも示唆している。
「江良さんの言った通りですよ?」
「は?」
神妙な面持ちで聞いた江良は、さらっと言われた事実に面食らった。
「理由としては、おそらく彼女と接触するかもしれないので、彼を連れていった方がいいという判断と……」
「えっ、待って瀬尾さんあの2人合わせる気でいたの?」
「え?知り合いですし、やりやすくなるんじゃないですか?」
江良は瀬尾の恋愛系の察しの悪さを、今更ながら再認識しながら溜息をつき、
「普通、気まずいものですよ」
「…………なんで?」
「だって別れたってことは、つまり縁を切った、ということですよ。
なのに会ってほしいなんて気まずい以外に何があるんですか……」
一般的な考えを話す江良に対して、瀬尾はしばらく考えてから、
「別れたから、縁を切ったから、不和になったから、会いたくない、というのが分からないですねぇ………」
だって、と一息置いてから、
「覚えてるじゃないですか。
知ってるじゃないですか
直せるじゃないですか。
世界に抗わなくていいんですよ?
なのに会いたくない、ってのはエゴじゃないですかねぇ……」
江良はそういう考えを普通の人はしませんよ、と返しハンドルを右に切った。




