荒井探偵事務所
21 荒井探偵事務所
時は数日流れて。
アタシは色んな人にこっぴどく叱られた。いやー、すげえ叱られた。アラッチは勿論、アオイさんやパンダさん、カナちゃんにも叱られた。うう、まあそれだけのことはしたんですが………。まあ、学校の方には上手くごまかしてくれたのは助かりました。ありがとうございます。はい。ママに知られたらと思うと………うわー………考えたくないっす………。
あの後起きたことをかいつまんで説明すると、アタシ達は、不審者(アタシもまあ不審者で不法侵入者だったんだけど、まあ、はい………)を連れて、家の外へ出た。その前にアタシ達が居た部屋で起こされた火は、アラッチとパンダさんがジャケットを使ったり、アタシが潜んでいたバスルームから調達した水で何とか消化した。アラッチは、
「バスルームがあるんだったら最初から言え!一張羅が台無しじゃねえか!」
って怒ったけど、そんなこと言われても、あの状況ですぐに思いつかないよ!だってアタシは不審者から逃げる気マンマンで、そして扉をえいやっと開け放って突撃したら、不審者は既にパンダさんに確保されていて、アタシが突撃したのはアラッチだったんだもの。拍子が抜けるというか、わけがわかんなくなって当然だと思う。つか、探偵なんだから、アタシのもってたシャンプーとか、家の見取り図とかで把握してろっつーの!アタシのせいじゃないっつーの!あと、一張羅でもねーだろ!
………まあとにかく、火を消化して、家の外に出ると、消防車のサイレンがわんわん鳴ってた。近所の人が、煙を見て通報したらしい。それほど、大きな火ではなかったんだけど、放火事件が続いていてピリピリしてたから、すぐに通報されたんだね、きっと。
で、とりあえず、アタシは無関係を装うようにアラッチに言われて、一人で帰れって言われた。怖い目に遭って、ビクビクしてる、か弱い乙女のアタシにそう言った。はあ?何言ってんの?人の心がわからんのか!とアタシは思ったけど、まあそれが最善の選択だったんだよね。あの場にアタシが居たままだったら、確実に事情聴取の対象になるし。そしたら、アタシは学校から大目玉食らうことになるし、アラッチも立場が悪くなるし。しかも、アタシは不法侵入者なのだ。事情聴取どころか、そっちの門で補導されちゃうと色々困っちゃうしね………。
まあちょっとズルいかな?とは思ったけど、面倒なことにならずに済む方法があるのだからそれに乗らない手はない。なのでアタシは、何とか気を持ち直して、どうにか一人で帰宅した。
まあ、ちょこちょこ、制服に煤が付いてたけど、別にすっごく悪いことをしたわけでもないし、一緒に居た警察官のパンダさんが見逃してくれたのだから、アタシに捜査の手は及ばないでしょう。とはいえ、その日は全く眠れなかったけどね………。
アラッチは、深夜遅くになってようやく帰ってきた。今の今まで警察の事情聴取を受けていたとのことだ。で、アタシに事のあらましを話してくれた。アラッチが描いた絵はこうだ。
『乙種探偵:荒井総二の要請を受け、自治警警部補:笹中透が同行し、桧山明邸の調査にあたった。同邸で調査に入ろうとしたところ、二人は煙が立ち上るのを発見した。その現場である桧山明邸二階寝室に急行したところ、不審人物と、物が燃えているのを確認。笹中透警部補は直ちに、不審人物:長瀬孝一の身柄を確保し、その後、消火活動にあたった。』
ってな感じだ。まあつまり、アタシはそこに居なかったってことになったわけだ。ラッキーな事に不審者の長瀬孝一さんは意識が朦朧としていてアタシの事は覚えてないっぽかったし事はすべてま~るく収まったって感じだ。あ、そうそう。長瀬孝一さんに関しては、ここ最近頻発していた放火事件、ボヤ騒ぎの被疑者として警察が絶賛監視中だそうだ。といっても、何を聞いても上の空で、ちゃんとした事情聴取ができるまでは数日かかるそうだ。
まあそんなこんなで、とりあえず、アタシは不良少女になることを免れ、今日も今日とて、探偵助手の仕事に励むのでした。つってもパタパタパタパタ、埃を払うくらいしかやることがないんだけどね。アオイさんからの情報待ちなんだってさ。だからアタシもやることがないの。情報ももう十分だってアラッチに言われたしね。ってか余計なことまで調査するんじゃねえってデコピン喰らった。結構痛かったぞ………。
まあ、アタシが悪いんだけどね………。はあーあ。
パタパタパタパタパッタパター。
ため息をつきながら、探偵助手のアタシは掃除に励みます。
パタパタパタパタパッタパター。
◆
警察が捜査に尽力している一方で、荒井探偵事務所では、荒井総二が事件に関する資料を整理していた。乙種探偵免状の権限により閲覧を許可された捜査資料ーーー湊葵の署名が為されているーーーを読みあさり、三上香里が友人の協力を仰いで集めた事件に関する噂との連関性を探る作業をしていた。それと並行して、正規の事件捜査報告書も作成する。〈拝み屋〉としての仕事と〈探偵〉としての仕事の二つを並行して行なっていた。
探偵としての仕事は二つに増えていた。公安部から依頼された〈連続放火事件〉への捜査依頼に加え、刑事部から新たに〈桧山明邸放火死傷事件〉への捜査協力をすることとなった。桧山明邸において、長瀬孝一の身柄を確保したことから、近藤定清警部より捜査協力を依頼されたのだった。近藤定清警部の言によると、
「よりにもよって、面倒な所で連続放火事件の被疑者を確保しやがって。お陰で二班をまた立ち上げねえといけなくなったじゃねえか。クソ。一班の方針で固まってたってのにヨ。ああん!?メンツってのがあるんだヨ!あと、テメエとパンダ野郎のせいだ。だから、この線はテメエラで片つけろ。人員?知らねえヨ!なにか出るか?だあ?出ねえだろうヨ!しかし、二班のメンツを立てる必要上やらにゃあならんのだヨ!コノヤロー!仕事はそっちで仕切れ!こっちの邪魔すんなヨ、阿呆が!」
との事だった。それ故、現在、特殊犯罪課では、笹中透が刑事部の捜査に協力させられ、仕事に忙殺されている。彼は公安部の、特殊犯罪課の仕事どころではなくなっている。荒井総二も例外ではなかったが、笹中透よりはマシであった。結局のところ、刑事部の件については、笹中透から情報が降りて来なければ仕事にならないからだ。とはいえ、仕事が増えたのは事実だ。荒井総二は細々と、刑事部から依頼された案件について、捜査資料閲覧申請書並びに、調査報告書を作成する準備の真っ最中だ。
つけっぱなしのテレビからは未だ続く連続放火事件関連のニュースが流れている。
「火災の認知件数が増えてるな………加えて現場で目撃される緑色の炎………ヒヤマアキラの家で遭遇した餓鬼の形をした〈澱〉も緑色の炎を纏っていたな………大分煮詰まってきた感はあるが、警察の捜査資料の方は………ふむ。まあそうそう俺個人だけで集められる捜査情報なんざ知れてらあなあ………」
と、荒井総二が作業の手を止め、資料閲覧申請書を見やり、続ける。
「一応公式の捜査協力依頼を受けている以上はコイツを出して、調査報告書を作成しねえと………あー、メンドクセ………」
自治警などに所属する司法警察職員が探偵に捜査協力依頼をするのはごく当たり前のことではあるが、それでも、司法警察職員が捜査上知った情報を直接探偵に情報を提供するのは禁止されている。あくまで、依頼を受けた探偵が自主的にその免状のランクに応じて閲覧可能な公的捜査資料の閲覧許可を申請し、その資料を閲覧するというのが建前になっている。
湊葵や近藤定清や笹中透のように、直接、探偵の荒井総二に捜査上知った情報を提供するのは本来禁止されてはいる行為なのではあるが、特にそれを咎められる者がいるわけでもなく、それを証明することも難しいため、そんなことは誰も意に介していない。
とはいえ、公式な捜査依頼が出ている以上は、すでに聞き知った捜査情報しか書かれていないとわかってはいても、形式上、捜査資料閲覧申請書を出し、調査報告書にその旨を記載しなければならない。司法警察職員から既に伝聞された情報であっても、あくまで〈伝聞ではなく公式な閲覧許可が降りた資料から得た情報〉であるとしなければならないのだ。法治国家である以上、至極当たり前のことではあるのだが………実際の運用においては捜査資料閲覧許可申請書を作成し、提出する探偵にとっても、それを受理し、捜査資料の閲覧を許可する司法警察員にとっても、面倒な作業である。
何しろ無駄な時間と金と人員が割かれるのだ。国家警察や国家規模の司法機関、もしくは都道府県警察規模ならまだしも、自治体警察などの小規模で、尚且つ第三セクターとして運営されている機関としてはその損失はかなりのものになる。
それ故に、近藤定清を始め、自治体警察に勤める者の中には、探偵を事件捜査に狩りだすことを快く思っていない者が少なくない。末端クラスならまだしも、幹部クラスになれば、その事務仕事に忙殺されてしまうからだ。刑事部から仕事を振られた笹中透は、今まさにそれを実感していることだろう。名護屋市自治体警察刑事部部長の近藤定清警部にいたっては何をか言わんやである。しかしながら、現状では自治体警察内の人材が圧倒的に不足しており、不満はあれども、外部の人間、つまり、探偵に捜査を依頼しなければならないとうのが実情なのだ。
「そもそも、本チャンの〈拝み屋〉の領分から言ったら、意味ねーんだけどなあ。一応、金回してもらう以上は、形だけでも契約を交わさにゃーならんしなあ………慈善事業じゃねえからなあー………しかしメンドクセー………刑事部からの依頼の方はアオイのとこよりもしっかり書かにゃーコンドーさんにぶっ飛ばされそうだしなあ………はあ………」
荒井総二はブツブツと愚痴り、溜息をついた。
「はー………大人って大変ですねえ………」
と、三上香里が、ものすごくどうでもいいといった適当な調子で返した。そして、ハタキをくるくるとまわしながら聞く。
「でー。私の集めた情報はどうですか?役に立ちましたー?」
「んー………今ん所はチトわからん。でもアレだ、過去の連続殺人事件とボヤ騒ぎにまつわる少年の話はかなり良い材料だったぜ。行方不明だとか、どっかの養護施設に引き取られたやら。自殺した工場長の呪いとかはともかく、〈緑色の炎〉の目撃談はなかなかいい線いってるわ。」
「あ、そういえば、桧山明さんの家に居た時もなんか周りが緑色っぽかったですけど、やっぱ関係あるんです?」
三上香里はパタパタとハタキを本棚に叩きつけながら、興味津々と言った様子で聞いた。
「まあ、当たりだろうよ。本丸じゃあなかったが………ーーー連続放火事件と緑色の炎。ヒヤマアキラ邸で身柄を確保したナガセコーイチは、件の連続放火事件の犯人で間違いないだろうしな。つっても、まだ放火事件は続いているがよ。」
「ああ、不思議ですよね。殆ど長瀬孝一さんの犯行だってある程度目星がついているのにまだ続いているなんて。」
長瀬孝一は桧山明邸で身柄を確保された後、警察病院に搬送された。体力の消耗と心神耗弱が見受けられたからだ。本格的な事情聴取は、彼が落ち着いてから行うようにと通達されたが、近藤定清警部は上層部からのそれを無視し、既に彼の病室に部下を送り、ある程度の話を聞き出していた。
それによれば、数件の放火事件の犯人は長瀬孝一でまず間違いないと言う。物的証拠もある程度目星がついているとのことだ。錆びた銅線が、長瀬孝一と放火事件を繋ぐ証拠物件として挙げられている。刑事部はこれで、放火事件が収まると思った。連続放火事件の犯人に限りなく近い人物を確保したのだから。
だが、長瀬孝一の身柄を確保した後も放火事件やボヤ騒ぎは続いている。それも、緑色の炎の目撃証言を伴うケースが急増した。以前から、緑色の炎を目撃したと言う話は聞いていた。だが、実際に燃えたケースというものは警察には入って来なかった。噂のレベルだった。探偵から上がっていた調査報告書の備考欄に書かれていた程度のものだった。故に、それには対して気を払ってはいなかった。しかし、今は違う。放火事件と緑色の炎がつながってきているのだ。長瀬孝一は犯人でない?いや、長瀬孝一以外にも犯人が?模倣犯?噂をなぞった?連続放火事件については、今も目下捜査中である。それも、以前より混乱を伴っている。
「まあ、ナガセコーイチに関してはようわからんな。正式な事情聴取をしたわけでもないしな。病室で無理やり聞いたレベルの話だしな。つか、パタパタやめろ。本が傷む。」
「へえ。正式に事情聴取されるのはいつなんです?」
パタパタパタ。
「昨日退院したっつってたから今日じゃねえかなあ?多分、今頃はアオイが刑事部の取り調べに介入してなんとかコッチの事件に関して聞き出そうとかしてんじゃねえの?多分〈緑色の炎〉についてのことだろうな。ヒヤマアキラ邸で焚き火してやがった時にも、錆びた銅線ツッコんで緑色の炎を作ってたしな。ありゃー召喚の儀のつもりだったんだろうよ。故に、一時的に澱が活性化した………ササナカのワードもトリガーとなった………」
そう言うと、荒井総二は下を向き、ブツブツと独り言を言い始めた。三上香里からは何を言っているのかは聞こえない。荒井総二が何か考え事をするときはいつもこうだ。一度しっかり聞いてみようかと三上香里は思って聞き耳を立ててみたが、それでも声は小さく、しかも、わけの分からない単語だらけで聞き取るのを諦めた。面倒だと放り投げた。
とはいえ、話の途中でこのモードに入られても困る。自分だけ蚊帳の外にいる疎外感を感じるからだ。そこで、荒井総二がこのモードに入ったときはこのモードを解除する方向にシフトすることに決めていた。
「で?結局、アタシの集めた情報は役に立ったんですか?ぶつくさ言ってないで答えて下さいよー!」
三上香里は、より激しくハタキを振り、大きな声で尋ねた。と、荒井総二が顔をあげて、面倒くさそうな顔をして答える。
「………通常の事件捜査ならともかく、俺の仕事をするための情報としては、今ん所ケーサツの情報よっかは有益ってとこだろうな………。てか、いつまでホコリ落とししてんだよ。もうホコリなんてねえよ。」
「おお!ってことはワタシ、結構貢献してるじゃないですか!特別ボーナス!特別ボーナスを要求します!」
バシバシとハタキで本棚をより強く叩きながらそう言った。
「はあ?何言ってんだよ。事件も解決してねえのにボーナスも何もありゃしねえよ。てかハタキ………もういい………」
荒井総二は肩肘をつき、がっくりとうなだれた。あきれ果てているようだ。しかし、そんなことなど意に介せず、三上香里は尋ねる。
「えー?なんでですかー?確かに、連続放火事件やボヤ騒ぎはまだまだ続いてるし、解決はしてないですけど、あの事件。〈ヒヤマアキラ事件〉は殆ど解決してるんじゃあないんですか?そっちの報酬は結構貰えるんじゃあないんですか?」
◇
ヒヤマアキラ事件。〈放火死傷事件〉は、ここ数日で進展があった。自治警の殺人課と県警の捜査四課が協力し、実行犯を送り込んだとされるマフィアの末端事務所とフロント企業の産廃業者ーーー桧山明が経営するーーーに家宅捜索に入ったのだ。ある程度犯人の目星がついていたのかは分からないが、実行犯とされる人物も、現在、被疑者として目下捜索中とのことだ。首謀者並びに実行犯特定の非公式な資料として、匿名のタレコミと、天音佳奈がサイコメトリー能力で見た犯人の顔を再現した似顔絵が役に立ったとも言われている。
この事件で、奇跡的に一命を取り留めた桧山明の証言によると、この事件は、刑事部が最初に踏んだように、マフィアによる見せしめ殺人であることがわかった。桧山明は自身が経営している産廃業の売上をごまかし、売上のパーセンテージによって算出される上部組織への上納金の額をごまかしていた。
話によると、かなりの長い期間にわたって、着服していたらしい。産廃業の売上をごまかすことで、その差額を懐に入れていた桧山明は、そのことがバレると、開き直り、まだ警察に確認されていないマフィアのフロント企業とその系列の一覧という資料を手に入れ、着服のペナルティをチャラにしないと、タレ込むと逆に恫喝した。
一度は、その条件を飲み、桧山明の着服をチャラにした組織ではあったが、その後も桧山明は着服を再開しはじめた。
そのことが、組織の上層部の逆鱗に触れ、他の準構成員への見せしめとして、酷く、派手なやり方で桧山明を殺すことにしたのだろう。刑事部はそう考えている。
桧山明の証言によると、実行犯は、桧山明の妻子の殺害の様子をビデオカメラで撮影し、その様子を縛り上げられ、椅子に固定された桧山明に見せつけたという。そのビデオデータは、マフィアの事務所から押収済みだ。他に、同じような殺害シーンを収めたと思われるビデオデータが複数押収された。これについては目下サルベージ中であるとのことだ。
刑事部の見解によれば、このマフィアの末端事務所の構成員は、裏切り者を処分する際、その苦悶の表情を別のビデオカメラで撮影し、組織の上層部に報告する材料兼報復の記録として残すことにより、組織の構成員に裏切りの代償が、いかに大きいものか理解させる教育材料にしたのではないかということだ。
名護屋自治警察刑事部殺人課課長近藤定清警部は、荒井総二にボヤいた。
「組織の目星は付いている。しかし、残念かな、青年。俺らにゃそこまで踏み込めるほどの証拠は掴めなかった。所詮は末端よ。奴ら即座に切りおったわ。俺らはそれに追いつけなんだ。実行犯は複数。分業制だ。おそらく、全員既に国外に出ているだろう。仮に一人ヘマこいたやつを引っ張れても、実行犯同士にゃあ面識なんぞ無いだろう。ましてや大本の組織になんぞつながりもしねえだろう。そういった、始末屋を複数雇える組織だ。世界規模よ。大量の金も動いとる。桧山明の着服した金額なんぞ端金と思えるくらいの金が今頃色んな所で動いとるだろうよ。哀しいかな、青年。人は金で動く。コイツは真理だ。つまるところ、この事件も迷宮入りよ。既に政治の領域だ。直に俺らの手を離れっちまう。そんな事件だ。けったクソの悪い事件だ。人が無残に殺されて、なのにもう何もできやしねえ。悔しいかな、青年。コイツはそういう事件だ。実に見事だ。末端のミスーーー桧山明を確実に殺さなかったことーーーに気づいた後、即座に対応しやがった。タレ込みも恐らくは上級組織がやったんだろう。事件が起こった直後に、既に大本の組織は桧山明を殺そうとした末端組織を処分する算段をしはじめてたんだ。追いつけるわけがねえ。ハンデがありすぎた。畜生め。ミナトのネーチャンからの非公式資料も、結局は無駄にかき回すだけのものになったわ。超能力だか知らねえが、似顔絵などありえん。しかし、その面はアンダーグラウンドではそこそこ有名な奴だったよ。それが更に追い打ちをかけた。上層部はその面を見ると、非公式資料にも関わらず重要視し、手を引くようにそれとなく言ってきやがった。つまるところ、そういうことだ。組織の業に関わる事案だ。どうしようもねえ。オメエもさっさと手を引け。明日は我が身だ。くわばらくわばら。命を大事にしろ。悔しいが、そういうレベルの事件だ。」
言い終わると、舌打ちをしながら、くるりと椅子を回し、背を向けた。
◇
「おめえ、あの事件はあくまで発端であって、その事件が解決に向かおうがどうだろうが俺の担当している事件には関係ねえよ。」
「えっ?でも関連性があるから調べてたんですよね?え?事件が解決に向かっているのに関係がないってどういうことですか?」
「オマエなあ………俺がどういう仕事をしてんのか未だにわかってないのかよ。………呆れたもんだな………はじめてってわけでもなかろうに。今までどんな仕事だと思ってやってきたんだよ………?」
荒井総二は、はあーあっと溜息をつき、頭を掻きながら言った。
「うーん………桧山明さんのところの放火死傷事件の犯人探し?いや………連続放火事件の捜査依頼を受けたんでしたっけ?だったら放火犯探し?いや?だったら放火刺傷事件まで探る意味がわかんないし………だって共通点が〈放火〉しかないし………うーん………よくわかんないっす☆」
三上香里は頭をコツンと拳で叩き、舌をぺろっと出しておどけて言った。
「おま………あとその仕草かわいくねーし」
「ちょ!可愛くないってなんですかー!ってかアラッチの使う言葉は専門的すぎてわからないんですよ!〈澱〉とか〈嘘憑き〉とか、さっぱりわからないですよ!全然説明してくれないし!聞く機会もなかったし!」
「………説明してなかったっけか?」
「全ッ然!」
「ううむ………」
荒井総二は頭を掻いた。三上香里はこれまで何度か、荒井総二の〈拝み屋〉としての仕事に立ち会っている。しかし、未だに〈澱〉や〈嘘憑き〉についてわかってなかったとは………。
(まあ、率先して知るべき事柄でもないんだよなあ………物騒な世界の話だし。でも既に片足どころかずっぽしこの世界に嵌ってる感は否めないし………ミサトさんの娘だしなあ………どうしたもんかなあ………)
ううむううむと唸った後、
「あー、しゃあねえ、説明するわ。一回しか言わないから耳かっぽじって聞きやがれ。」
荒井総二は、〈澱〉と〈嘘憑き〉のことをかいつまんで話した。そして、自身の祓いの道具であり、事件解決の道具である〈摂理の鍵〉のことも。
………
「ふえー………」
説明を聞いた三上香里は目をまんまるにして声を上げた。
「なんかスゴイっすね、〈摂理の鍵〉って。でたらめだ。でたらめすぎるわそれ。」
「でたらめじゃねえぞおい、これはだな、発動においては然るべき論理構築が必要であってだなあ………とある高名な魔術師から無理やり押し付けられた代物であってだなあ………」
荒井総二はとうとうと〈摂理の鍵〉について語るが、三上香里は既に聞いていない。もう別の事を考えているようだ。
「そんなことよりも」
「そんなことってなんだよおい」
荒井総二の抗議などまるで無視して続ける。
「〈澱〉と〈嘘憑き〉って密接な関係があるんですね。ええと、簡単に言ったら、土地とか家屋とか動かないものに溜まってるなんか霊的なパワーが〈澱〉で、その霊的なパワーが土地でなく人に宿ったら〈嘘憑き〉ってことでいいんですかね?」
「んー………まあ、色々細かいつっこみどころはあるが、概ねそんな感じで合ってるっちゃあ合ってる。」
「ふむふむ。んで、その〈澱〉を作る霊的なエネルギーは人の願望とか恨みとかでできていると?特に後者で。」
「そだな。大概そんな感じ」
「んで、アラッチとアオイさん達が捜査する特殊犯罪ってのはこの〈澱〉が原因ってことでオーケー?」
「オッケーオッケー。」
「んでんで、大概は人間の負の感情でできているから、そういったものをつくりだすきっかけになりやすいのは犯罪であることが多いと?」
「そう。だから俺とアオイは、そのきっかけとなる犯罪を調べてんの。でもそれはきっかけにすぎねえの、それが生み出す〈澱〉が問題だから。」
「ああー!やっと理解した!事件は発端にすぎねえ!問題はそれによって活動的になっちゃった〈澱〉ってやつかー!」
「おう、そうだよ。って、今頃かよ!理解おせえよ!」
………
ひと通り、荒井総二の説明を聞いて、三上香里は自分なりに咀嚼し、理解に至ったようだ。荒井総二からすれば、今の今までよく知らないままで助手をやってきたなあ………と呆れてしまうのであるが、説明を対してしてなかった自分にも落ち度はあるかと少し反省をした。
(まあ、言わなくてもわかるかと思ったけど、やっぱ無理か。血筋的にはアイツも俺と同じ〈こっち側の人間〉なんだけども………ま、いいか………に、してもあっさり受け入れすぎなきもするが………普通は信じねえと思うんだが、まあ、コイツの性格か………)
三上香里は、ひとり、「そっかそっかー」と呟き納得しつつ、もぐもぐとおやつのケーキを食べている。そして思い出したかのように、荒井総二に、尋ねる。
「そういえば、〈嘘憑き〉って、要は超能力者なんですよね?人の願望が 空を飛びたーいとか、物を手を使わずに動かしたーいとかーーー人に取り憑いて、現実化しちゃったみたいな?」
「まあ、概ねそうだわな。言い換えれば、超常的な力を行使する迷惑極まりない〈悪魔憑き〉とか、奇跡を起こす〈聖人〉とか。」
「現実では考えられない超常的な力を持ってるってことですよね?じゃあ、アラッチも〈嘘憑き〉ってわけ?さっき聞いたアラッチの事件解決能力の〈摂理の鍵〉って、なんかそれっぽいけど?」
「はあ?俺は〈嘘憑き〉じゃあねーよ。」
そう言って、荒井総二は、三上香里が取っておいた最後のケーキの一欠片をひょいと取り上げて食べた。
「あー!なにするんですかー!?アタシ、まだ食べてる途中ですよ!残したわけじゃないのに勝手に食べるなんて酷いじゃないですかー!」
プンスカと怒り、叩こうとする三上香里の頭を片手で抑え、空いた手で、紅茶を飲み干しながら荒井総二は続ける。
「さっきも言ったが、俺は〈魔法使い〉なの。正確には〈魔術師〉だけどな。超常的な能力でも〈嘘憑き〉とは事象を起こすための根拠となるエネルギーと制御の仕方が違うんだよ。さっき教えたろ、〈嘘憑き〉は〈澱〉と密接な関係があるって。あいつらは〈人の悪意〉でできた〈澱〉を制御下に置いているの。〈嘘憑き〉の名前があらわすように、文字通り〈憑かれている〉奴もいればーーーこれは俺の対処事案に関わってくるなーーー人工レンズを用いて収束し、制御下においた奴もいる………」
三上香里は混乱している。一見、超常的な能力を有しているのは同じなのに、根拠が違う、制御の仕方が違うとは?それに〈レンズ〉とは?新しい用語も出てきてちんぷんかんぷんといった様子だ。荒井総二は、そんな様子を見て、
「あー………まあこのへんの細かいところはオマエが知らなくていいよ。当事者にならないとわかんねえよ。兎に角、色々と細かいところが違うの。」
と言った。三上香里は頭を抱えながら必死に考えている。
「うーん………なんか、感覚的にはアラッチは〈いいもん〉で、〈嘘憑き〉は〈わるもん〉ってかんじ?力の根っこになっているものが禍々しいっていうか?」
それを聞いて、荒井総二は、あっはっはっはと笑った。ちょっとーなにがおかしいんですかー!と、やいやい言う三上香里に向かって言った。
「その言葉、オマエの友達の〈嘘憑き〉に聞かせてやりたいわ。面食らうんじゃね?」
「友達?アタシの友達の中に〈嘘憑き〉っているの!?えっ?えっ?」
「おま………今さら何を言って………本人から聞いて………まあ、率先して言うようなもんでもねーか。」
そんなやり取りをしていると、事務所の玄関チャイムが鳴った。
荒井総二がモニタを確認すると、
「噂をすれば、なんとやらだ、オマエのお友達の〈嘘憑き〉の登場だ。」
そう言って、荒井総二は三上香里を手招きし、モニタを見せた。モニタの向こうの人物が快活な声で言う。
『ども。アマネです♪アオイさんの代わりに情報をお持ちしました〜。』




