第67話どちらも、素敵なお名前ですわ
「号外、号外! 悪辣非道のお嬢、組に付いた! 治安派の若衆、北の長屋で七人まとめて吹っ飛ばされる!」
坂の下の辻で、瓦版売りの少年が声を張り上げていた。
歓楽街の、あの瓦版屋のお孫さんらしい子だ。招待状を刷っていただいたときに、束を抱えて駆けていった子。腕いっぱいに、まだ墨の匂いのする紙を抱えている。
その向かいの角でも、別の瓦版売りが、負けじと声を張っていた。
「号外だよ! お嬢、長屋の母子を救う! 夜討ちの若衆、軒ごと成敗!」
【コメント】おはよう
【コメント】瓦版が二種類出てるw
【コメント】同じ事件で見出しが真逆
【コメント】「組に付いた」と「母子を救う」
【コメント】どっちも半分ずつ合ってて、半分ずつ違う
【コメント】軒ごと成敗は正しい
「まあ。わたくし、二枚も載っておりますのね」
わたくしは、両方の少年から一枚ずつ買い求めた。
隣から、小夜さんが、わたくしの手元の二枚を覗き込んだ。
「……組に付いた、って書かれてるけど」
「付いた覚えは、ございませんわ」
「救った、とも書かれてるけど」
「ええ。そちらは、少し合っておりますわね」
「少しなんだ」
【コメント】少し合ってる
【コメント】本人も半分くらいだと思ってるのか
【コメント】軒が消えたのは救ってないもんな
【コメント】その軒、今夜には戻るけどな
【コメント】若旦那の取り巻き七人も、今夜には戻るらしい
【コメント】戻っても、若旦那は牢の中
*
港の詰所の前は、昨日よりもずっと人が多かった。
そして、昨日とは、並び方が違っていた。
戸口に向かって左手に、仕立ての良い上着の方々と、荷主の旦那衆。右手に、長屋のおかみさん方と、港の日雇いの方々。間に、衛兵の方々が槍を横にして並び、人垣を二つに割っていた。
「若旦那を出せ! 人を捕まえる相手が違うだろう!」
「七人もやられたのは、こっちだぞ!」
「先に戸をこじ開けようとしたのは、そっちじゃないか!」
「子どもが寝てる家だよ!」
声が、槍の柄の上で、ぶつかり合っていた。
【コメント】うわ
【コメント】昨日より割れてる
【コメント】左が治安派、右が和解派
【コメント】衛兵が真ん中で盾になってる
【コメント】昨日は「組の連中を締め出せ」で一致してた人たちが、今日は割れてる
【コメント】お嬢の一発で、線がはっきり引かれた感じ
戸口から、関谷様が出てきた。
目の下の隈が、昨日より、ひとまわり濃くなっていた。
「若旦那は、今夜一晩、牢に入ってもらう。人の戸を破ろうとした。それだけだ」
「旦那は、どっちの味方なんだ!」
左手から、誰かが叫んだ。
関谷様は、槍の列の向こうを、まっすぐに見た。
「衛兵は、どっちの味方もしない。決まりの味方だ」
【コメント】隊長……
【コメント】昨日から一ミリもぶれてない
【コメント】決まりの味方
【コメント】お嬢の「悪い方の敵」と、言ってること似てるのに、全然違う
【コメント】隊長のは、自分で線を引いてる
【コメント】お嬢のは……なんだろうな
なんて筋の通った方だろう、とわたくしは思った。
昨夜も、ご自分を応援していた方を、ご自分の手で捕まえていらした。誰であろうと、という言葉を、少しも違えずに。
わたくしは、人垣の後ろから、日傘を少し持ち上げた。
「関谷様のおっしゃる通りですわ! 誰であろうと、と、昨日からはっきり申し上げていらしたもの!」
左手の人垣が、一斉に、こちらを振り返った。
それから、ゆっくりと、関谷様の方に向き直った。
「……お嬢が、旦那の肩を持ってるぞ」
「昨日の朝も、詰所の前で頷いてたって話だ」
「旦那とお嬢は、つるんでるのか」
【コメント】あ
【コメント】やめろお嬢
【コメント】一番まずい応援
【コメント】隊長の顔
【コメント】味方してるつもりで、隊長の評判を吹っ飛ばしてる
【コメント】今日の爆破はこれか
「つるんでなどおりませんわ。わたくしは、ただ、関谷様のご方針を――」
「お嬢さん」
関谷様が、槍の列の向こうから、低い声で言った。
「頼む。今だけは、黙っていてくれ」
「……まあ」
わたくしは、日傘を下ろした。
小夜さんが、わたくしの袖を、そっと引いた。
【コメント】頼むが戻ってきた
【コメント】今日は「今だけは」
【コメント】範囲がどんどん狭くなっていく
【コメント】隊長、本気で泣きそうな顔してる
*
桟橋の方から、白く細長い艇が、音もなく降りてきたのは、そのときだった。
人垣の声が、少しずつ止んでいった。
艇の腹が開いて、灰色の制服の方々が降りてくる。先頭は、あの背の高い女の方だった。髪をきっちりとひとつにまとめ、手には、薄い硝子の板。
女の方は、左右に割れた人垣の間を、まっすぐに歩いてきた。衛兵の方々が、慌てて槍を立てて道を空ける。
詰所の壁の、黒い板の前で、足を止めた。
硝子の板を、黒い板にかざす。
賞金首の名前が並んでいた白い光の文字が、ふっと消えて、別の文字に組み変わった。
――上層管理局より告示。下町区域に、上層との窓口となる代表一名を置く。選出は、下町区域の住民による投票とする。立候補の受付、ならびに投票は、官庁街・議事堂にて行う。
「以上です」
【コメント】上層の役人だ
【コメント】両替所のときの人
【コメント】「以上です」も同じ
【コメント】選挙!?
【コメント】下町の代表を、投票で
【コメント】官庁街ってどこ?
【コメント】丘の上の、上層の出先が固まってるあたりだろ 下町の人間はほぼ行かない
【コメント】このタイミングで告示って、上も港の騒ぎ見てたってことか
女の方は、それだけ言って、踵を返した。
来たときと同じ速さで、人垣の間を戻っていく。誰とも、目を合わせなかった。わたくしとも。
艇の腹が閉じて、白い影が空へ昇っていった。
あとには、黒い板の上の白い文字と、しんと静まり返った人垣だけが残った。
最初に声を上げたのは、左手の誰かだった。
「……関谷の旦那だ。旦那を出せ」
すぐに、右手から別の声が返った。
「串屋の旦那だよ。港の手打ちをまとめたのは、あの人だ」
左手の声と、右手の声が、槍の柄の上でまたぶつかり始めた。今度は、二つの名前を、互いにかぶせ合うように。
関谷様は、戸口の前で、黒い板の文字を見上げたまま、動かなかった。
わたくしは、日傘をもう一度開いた。
「まあ。どちらも、素敵なお名前ですわ」
「……あなた、今、黙っててって言われたばっかりだよね」
小夜さんが、溜め息まじりに言った。
それから、黒い板の文字を、もう一度見上げた。
「官庁街かあ。わたし、行ったことないや」
【コメント】どちらも素敵(二回目)
【コメント】黙っててって言われて三分も経ってない
【コメント】関谷vs鈴村
【コメント】治安派の隊長と、和解派の串屋
【コメント】昨日まで港の喧嘩だったのが、街全体の喧嘩になった
【コメント】お嬢、どっちに入れるんだろ
【コメント】両方に入れそう
【コメント】両方に入れようとして、投票箱ごと吹き飛ばしそう




