↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪辣非道お嬢様配信 ~わたくし、お嬢様道を実践しているだけですの~  作者: 白い鴉


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
33/88

第33話改めまして、悪辣非道のお嬢様ですわ

 拠点の扉を開けると、坂は、何事もなかったような顔をしていた。


 石畳の継ぎ目。軒先の物干し竿。窓辺で丸くなっている猫。見下ろす坂の中ほどまで、屋根という屋根が、行儀よく夕陽に並んでいる。

 昨夜、ずいぶん見晴らしのよくなっていたあたりも、すっかり元どおりだった。


「ごきげんよう、皆様。今宵も参りましょうか」


【コメント】こんばんは

【コメント】きた

【コメント】拠点ある

【コメント】拠点、普通にあるな

【コメント】昨日消えてた説どうなった

【コメント】直った後だから確かめようがない

【コメント】リセットが証拠隠滅してて草

【コメント】お嬢、昨日のこと引きずってる?

【コメント】顔はいつも通り


 わたくしは、日傘を開いて、坂を下りはじめた。

 踵から下ろし、土踏まずで受け、爪先で送る。今日は、いつもの速さで。


 日向雑貨店の軒先では、鉢植えの葉が、つやつやと夕陽を弾いていた。

 小夜さんが、踏み台に乗って、戸口の上の看板を布で拭いていた。


「あ、瑠璃華」


 小夜さんは、踏み台の上から、看板をこつこつと指で叩いてみせた。


「見て。ちゃんと戻ってた。割れ目もないの」

「ようございましたわね」

「……触ったら、継ぎ目が指に引っかかる気がしてさ。何回も確かめちゃった。ないんだけど」


 小夜さんは、布を畳みながら踏み台を下りて、わたくしの顔を、下から覗き込むように眺めた。

 しばらく、黙って。


「……うん。いつもの顔だ」

「わたくしは、いつでもいつものわたくしですわ」

「そうね。そうだった」


【コメント】いつもの顔

【コメント】小夜ちゃん、確認してる

【コメント】昨日のは幻だった

【コメント】戻ってきた(戻ってきてほしくなかった)

【コメント】複雑


「そうだ。今朝ね、あの人が来たよ。ゲイリーさん」

「まあ」

「店には入らなかった。表から、こう、頭だけ下げてって」


 小夜さんは、大きな体を縮めるような仕草を真似してみせた。


「泥のついた靴だったから、入らなかったんだと思う」


【コメント】ゲイリー……

【コメント】泥靴を気にしてる

【コメント】律儀すぎる

【コメント】ゲイリーを救う会です 今朝の目撃情報ありがとうございます


「で、今日はどこ行くの」

「東の歓楽街の、瓦版屋さんへ。次の招待状を、ご相談に参りますの」


 小夜さんの手から、布が落ちた。


「……広場、また消える?」

「お茶会ですわ」

「前もそう言ってた」


【コメント】招待状第二弾

【コメント】歓楽街の人逃げて

【コメント】あの広場、やっと人戻ってきたのに

【コメント】三階です 茶屋の予約、キャンセルしてきます


   *


 歓楽街の瓦版屋は、今宵も同じ場所に店を出していた。

 板壁には、墨の匂いの残る紙が隙間なく貼られている。賭場の番付。どこそこの酒場の喧嘩。行方知れずだった猫、見つかる。


 その真ん中に、見慣れた坂の名が刷られていた。


 ――坂の中ほど、一夜にして平らに。官の見立ては「原因不明の崩落」。


 記事の中身は短かった。夕刻、坂の中ほど一帯が崩落し、居合わせた者の多くが巻き込まれた。衛兵が駆けつけたときには既に静まっており、崩れた理由は分からない。串屋の屋台と、その両隣だけが無事だった。


【コメント】原因不明

【コメント】原因は日傘さしてそこに立ってる

【コメント】浮島のときと同じ書き方

【コメント】この街の役人、目ついてないの?

【コメント】見えてても書けない何かがあるんだろ

【コメント】屋台と両隣だけ無事、は書くんだ


 そして、その隣。

 ひときわ大きな紙が、板壁の半分を占めていた。刷りたてで、まだ端が少し反っている。見出しの文字は、拳ほどもあった。


 ――悪辣非道のお嬢様、坂の中ほどにて賞金稼ぎの一団を一掃。


 わたくしは、その一行の前で、足を止めた。


 悪辣非道。

 広場の夜、皆様がこぞって書き込んでいらした言葉だ。人から奪い、脅し、取り立てる方々を指して。


 その四文字のあとに、「の」。それから、「お嬢様」。


 見出しというものは、字数を切り詰めるものだ。一枚の板壁に、言いたいことを全部並べるわけにはいかない。

 本当は、こう書きたかったのだろう。悪辣非道な方々を討つ、お嬢様。

 それでは長すぎるから、真ん中を落とした。


 昨日の賞金稼ぎの方々は、小夜さんを突き飛ばした。お店の棚を倒し、看板を割った。悪辣非道と呼ばれて、何の不足もない方々だった。


【コメント】お嬢、止まった

【コメント】読んでる

【コメント】まずい

【コメント】自分のあだ名見ちゃった

【コメント】古着屋の二階です それ、被害者の会で注文して刷ってもらったやつです

【コメント】お前らかよ

【コメント】会報を街に貼るな

【コメント】会費、茶葉じゃ刷り代足りなくない?


 瓦版屋の老人が、眼鏡をずらして、わたくしを見上げた。

 それから板壁の大きな紙を見て、もう一度わたくしを見た。


「……その紙はな、注文で刷ったもんだ。なんとかの会、って人らが持ち込んでね。わしが書いたんじゃない」

「存じておりますわ。よく刷れておりますこと」

「……そうかい」


 わたくしは、日傘を閉じた。

 板壁に背を向けて、視界の端を流れる文字の方へ、まっすぐに向き直る。


 二つ名というものは、自分で名乗るものではない。人が呼び、それが街に貼り出されて、初めて本物になる。

 それなら、これはもう、わたくしのものだ。


「改めまして」


 スカートの裾をつまんで、膝を折る。


「悪辣非道のお嬢様、九条院瑠璃華ですわ」


【コメント】

【コメント】名乗った

【コメント】自分で名乗った!?

【コメント】受け入れた

【コメント】意味分かって言ってる?

【コメント】絶対分かってない

【コメント】分かってないのが分かる顔してる

【コメント】古着屋の二階です 会報、増刷します

【コメント】するな

【コメント】お嬢の中で何がどう変換されたのか知りたい

【コメント】知らない方が幸せだぞ


 老人が、深い溜め息をついた。

 筆と紙を、黙って台の上に出してくれる。


「で。今日は、何を刷るんだい」

「次の招待状ですわ。今度は、もう少し早めにお出ししようと思いまして」

「……四倍いただきます」

「まあ。お安いものですわ」


【コメント】値上がりしてる

【コメント】前回三倍だったよな

【コメント】じいちゃん、危険手当

【コメント】即答するな


 筆を取って、紙の上に最初の一行を書きかけたときだった。

 板壁の隅の、小さな一枚が、目に入った。


 ――港の荷揚げ場で小競り合い。黒鴉組(くろがらすぐみ)とカルティエ・ノワール、縄張りを巡り睨み合いか。


 墨が、まだ乾ききっていなかった。


 わたくしは、筆を置いた。

 書きかけの招待状を、半分に折る。


「……刷らなくていいのかい」

「ええ。今宵は、お招きするまでもなさそうですもの」


 老人は、ほっとしたような、かえって嫌な予感がしたような顔で、わたくしの手元の折った紙を見ていた。


【コメント】あ

【コメント】港

【コメント】黒鴉組って、あの組?

【コメント】港の組とマフィアが揉めてるって前から噂あったぞ

【コメント】お嬢の目が、完全に獲物見つけた目

【コメント】港の人逃げて

【コメント】歓楽街は助かった

【コメント】港は助からない


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。