閑話 魔族の男・3
魔王軍の四天王・グリッジは『聖女』が出現したという街の近くまで転移した。魔王から厳命されたので、ここからは徒歩での移動となる。
もちろん、憐れな魔族の男も同行している。……正確に言えば服の襟を掴まれて半ば引きずられているのだが。
人(魔族)一人引きずっているというのにズンズンと早歩きをするグリッジ。そんな彼は何かを思い出したかのように立ち止まった。
「そういえば、お前の名前は何という?」
今さらか。というツッコミはグッと飲み込む男だ。そもそも四天王が密偵の名前を覚えているはずがないのだから、今さらとはいえ問いかけてくれたことには感謝するべきかもしれない。
「ははっ、ジールでございます」
「ジールか。お前は聖女を見たのだったな? どんな風貌だった?」
「はい。何とも美しい女でした。特にすらっとした立ち姿や、銀色の髪などこの世のものとは思えぬほどで……」
魔族と人間はまるで異なる生き物だ。魔族は人間よりも魔力が高く、寿命も長いのだが……その影響か子供の数は極端に少ない。
人間と猿よりも、さらに遠いはずの存在。
だが、だというのに、人間と魔族は言葉が通じるし、美醜の感覚も一致していた。まるで『同じ世界』で暮らす上で不都合がないように仕組まれたかのように……。
ともあれ、そんなことは疑問にすら思わないグリッジとジールだ。
「そうか。そこまでの美人であるなら殺す前に『楽しむ』のもいいかもしれないな」
グリッジの下卑た笑みを見て、『楽しむ』がどういう意味なのかを察したジールだ。
「あの、相手は聖女ですし、隙を見せるようなことをしては……」
「なぁに、しょせん甘ちゃんの女だ。人質を取れば何もできまい。それに聖女は頑丈だからな。俺が本気で動いてもしばらくは死なんだろう」
「は、はぁ……」
なんとも舐めた態度のグリッジだが、ジールはそれ以上言葉を紡ぐのは諦めた。魔王様の発言すら理解しているのかいないのか分からない男だ、ここでジールが何を言っても無駄だろう。
それに、これ以上のやり取りをしては――嫌悪感が口を突いて出てしまうかもしれなかった。
(あれほど美しい聖女様を、欲望のはけ口にしようなど……)
自分が何を考えているか、自覚しないまま。
ジールはグリッジの後に続いて、子爵家領の領都を目指すのだった。




