第2章59話 いったい何の組織なんだ
■総騎士団副長府庁舎・親衛隊室
翌日。
クリスとシエラは、親衛隊室へ来ていた。
公園を見つけた時点で、聞かずにはいられなかった。
聞いたところで納得できるとは限らない。
だが、聞かないまま放置する方が怖い。
部屋の中では、相変わらず親衛隊員たちが動いていた。
町活動の予定表。
会報の束。
姿絵の管理記録。
危険箇所の報告書。
どれが普通で、どれが普通ではないのか、少し分からなくなる。
エゼルが、二人を迎えた。
「クリス様、シエラ様。本日はどうされましたか」
「様はいらん」
クリスはいつものように言った。
シエラは少し頭を下げる。
「確認したいことがありまして」
「確認、ですか」
「ああ」
クリスは単刀直入に言った。
「ロングの町に、LWSS設立記念公園という公園があった」
エゼルは、少しだけ表情を和らげた。
「ああ、あの公園ですか」
「知ってる反応だな」
「もちろんです」
「作ったのか」
「はい」
即答だった。
クリスは目を閉じた。
シエラはすぐに手帳を開いた。
「作ったんですね」
「はい」
「公園を」
「はい」
「親衛隊が」
「はい」
シエラは必死に書き始めた。
クリスは、もう一度聞いた。
「何で公園を作った」
「姫様が望まれたからです」
「リリアが?」
「はい。以前、姫様があの辺りを歩かれた時のことです」
エゼルは、どこか誇らしげに語り始めた。
「姫様は、あの場所をご覧になって、こう仰いました」
エゼルの声が、わずかに丁寧になる。
「ここに公園があったら、素敵だと思いませんか」
シエラの筆が止まりかけた。
だが、すぐにまた動く。
「子供たちが遊べて、大人たちの憩いの場所にもなって。町の中心にも近くて、けれど少し静かで。そういう場所があれば、きっと皆さんも嬉しいと思うんです」
エゼルは静かに目を伏せた。
「姫様は、そう仰いました」
「それで?」
「作りました」
「早いな」
「姫様が望まれましたので」
「いや、待て」
クリスは手を上げた。
「それはお前らの仕事じゃないだろう。行政の仕事じゃないのか」
エゼルは、真面目な顔で答えた。
「我々の仕事です」
「違うだろ」
「姫様が望む世界を作るのが、我々の使命です」
「重いな」
「当然です」
クリスは額を押さえた。
シエラは必死にメモを続けている。
「土地はどうした」
「購入しました」
「買ったのか」
「はい」
「誰が」
「我々が」
「親衛隊全員で?」
「協力しました」
「金は?」
「用意しました」
「どれだけ使った」
「詳細は申し上げられません」
「怖い言い方をするな」
「それほど大変ではありませんでした」
「絶対に大変だっただろ」
「姫様の笑顔に比べれば」
「比べる対象がおかしい」
エゼルは、少しも揺らがない。
「姫様は、完成した公園をご覧になって、とても喜んでくださいました」
その声には、はっきりと誇りがあった。
「子供たちが遊んでいる姿を見て、とてもにこやかなお顔をされていました」
「……そうか」
「我々は、あれだけで幸せです」
クリスは黙った。
シエラも、少しだけ筆を止めた。
言っていることはおかしい。
それもかなりおかしい。
だが、公園そのものは良いものだった。
子供たちは楽しそうに遊んでいた。
大人たちは休んでいた。
町にとって、悪いものではない。
そこがややこしい。
「もう、何の組織なのか分からなくなってきたな」
クリスが呟いた。
すると、エゼルは不思議そうに首を傾げた。
「我々の行動は、いつも一貫しています」
「どこがだ?」
「姫様が望む世界を作ることです」
エゼルは力強く言った。
「姫様が生きやすい世界。姫様が微笑んでくださる世界。姫様が素敵だと思われる場所。それを少しずつ形にしていくことが、我々の目的です」
クリスは、何かを言おうとした。
だが、言葉が出てこなかった。
シエラは必死に書いている。
書きながら、少し顔が引きつっていた。
「じゃあ、リリアが、あの店が欲しいとか、あの山が欲しいとか言ったら、お前らは手に入れてくるのか」
「もちろんです」
「もちろんって言うな」
「実際にできるかどうかは分かりません」
「そこは分かってるのか」
「はい。ですが、不可能に見えることであっても、姫様が望まれるのであれば、我々は何とかしようとします」
「何とかするな」
「姫様が望まれたものを、最初から不可能だと決めつけるわけにはいきません」
「山だぞ」
「山でもです」
「店でもか」
「店でもです」
「土地でも」
「土地でもです」
クリスは、何かを言おうとして、やめた。
言葉を返したところで、たぶん意味がない。
シエラは横で必死に書いていた。
「山でも……店でも……土地でも……」
「書くな、シエラ」
「でも、これは重要発言です」
「重要にするな」
エゼルは、さらに続けた。
「そのためにも、我々はさらに仲間を募っています」
「仲間?」
「はい」
エゼルの表情が引き締まる。
「これまで、他の騎士団からの親衛隊加入は慎重に扱っておりました」
「そうなのか」
「はい。受け入れを断っていた者も多くいます」
「それで?」
「現在、加入受付を一部解禁しています」
クリスは嫌な予感がした。
「まさか」
「これで、一気に人数が増える可能性があります」
「どれくらい」
「倍になるかもしれません」
部屋の空気が、一瞬静かになった。
クリスは無言になった。
シエラの筆だけが動いている。
いや、震えながら動いている。
「倍、ですか」
シエラが小さく言った。
「その辺の騎士団以上の人員になるのでは」
「人数は重要ではありません」
エゼルは即答した。
「重要ではないんですか?」
「大切なのは、気持ちです」
「気持ち」
「姫様に対する忠誠。姫様の理想を支えたいという意志。姫様が笑ってくださる世界を作るために、どれだけ心を尽くせるか」
エゼルの声が強くなる。
「そういう者が増えれば増えるほど、姫様の理想の世界に近づきます」
シエラは必死に記録していた。
クリスは、もうどこから突っ込めばいいのか分からなかった。
「お前ら、本当にどこへ向かってるんだ?」
「姫様の望まれる場所へ」
「場所を聞いたんじゃない」
「道は違っても、目的は一つです」
「会話が成立しているようで成立してないな」
エゼルは真剣だった。
真剣すぎるほど真剣だった。
だからこそ、余計に怖い。
シエラは手帳から顔を上げた。
「クリスさん」
「何だ」
「これは、記録しておいた方がいいと思います」
「してるだろ、さっきから」
「はい。でも、どこまで書けばいいのか分かりません」
「俺も、どこまで聞けばいいのか分からない」
クリスは疲れた顔でエゼルを見た。
「それで、あの公園は完成してるのか?」
「いえ」
「いえ?」
「今後、噴水の改修を予定しています」
「まだ何かやるのか?」
「はい。中央に、姫様の石像を建てる予定です」
クリスは動きを止めた。
シエラの筆も止まった。
「……石像?」
「はい」
「リリアの像か」
「姫様の像です」
「同じだろ」
「我々にとっては違います」
「そこはもういい」
クリスは嫌な予感を覚えながら聞いた。
「どのくらいの大きさだ」
「二、三メートルほどを予定しております」
「十分でかいな」
「公園の景観を損なわないよう、控えめな大きさにしています」
「それを控えめと言うのか」
「はい」
「普通の公園だぞ」
「姫様の公園でもあります」
「設立記念公園だろ」
「はい」
「何で設立を記念した公園に、リリアの石像を置くんだ」
「姫様あっての我々ですので」
「聞いた俺が悪かった」
シエラは震える手で書いている。
「二、三メートル……石像……控えめ……」
「書くな、シエラ」
「記録として必要かもしれません」
「必要になる状況が嫌なんだよ」
エゼルは真剣だった。
「姫様の像を見た人々が、姫様の温かさを知る。そうすれば、町はさらに穏やかになります」
「石像を見ただけでそこまで分かるか?」
「もちろん、威圧的にならないよう、柔らかい表情にします」
「二、三メートルの石像が噴水の真ん中に立ってる時点で目立つだろ」
「そこは設計班とも相談中です」
「設計班がいるのか」
「はい」
「いるなよ」
「必要ですので」
クリスは頭を抱えた。
「どうやって金を手に入れてるんだ」
「詳細は申し上げられません」
「それを言われると余計に怖い」
「寄進も多いです」
「寄進?」
クリスの顔が引きつる。
シエラの筆が、また速く動き始めた。
「はい。姫様の笑顔に救われた方々、姫様の言葉に励まされた方々、姫様の存在に日々感謝している方々から、少しずついただいています」
「宗教なのか?」
「違います」
エゼルは即答した。
「我々は、姫様が望まれる世界を形にしているだけです」
「それが怖いんだよ」
「いただいたものは、町に還元しています」
「町に?」
「はい。公園もその一つです」
「それで、姫様にも還元していると」
「その通りです」
エゼルは迷いなく頷いた。
「姫様が何気なく仰った言葉で、人は前を向けます。姫様の微笑みで、世界は少し明るくなります。姫様の言動によって、町は変わり、道は整い、人々の暮らしはきらめき始めるのです」
「帰るぞ」
クリスは即座に言った。
「え、でもまだ記録が」
「帰るぞ、シエラ」
「はい」
シエラは慌てて手帳を閉じた。
エゼルは少し不思議そうにする。
「もうよろしいのですか?」
「よくないから帰る」
「必要であれば、石像の設計案もお見せできますが」
「見せるな」
「噴水の改修案もあります」
「見せるな」
「寄進者一覧はさすがにお渡しできませんが、概要でしたら」
「渡すな」
クリスは、もう完全に帰る姿勢になっていた。
シエラも手帳を抱えたまま立ち上がる。
だが、名残惜しそうに少しだけエゼルを見た。
「石像の設計案は、少しだけ気になります」
「気にするな」
「でも、二、三メートルで控えめというのが」
「そこを気にするな」
クリスはシエラの背を軽く押した。
エゼルは丁寧に頭を下げる。
「本日はありがとうございました」
「俺は何もしてない」
「確認に来ていただきました」
「確認した結果、不安が増えた」
「それはよかったです」
「よくない」
クリスは疲れた足取りで部屋を出た。
■総騎士団副長府庁舎・廊下
廊下に出て、しばらく二人は黙って歩いた。
シエラは手帳を抱えている。
クリスは前を向いている。
やがて、シエラが小さく言った。
「立派な公園でしたね」
「ああ」
「町の人たちも喜んでいました」
「ああ」
「子供たちも楽しそうでした」
「ああ」
「でも、理由が」
「言うな」
「リリアさんが、ここに公園があったら素敵だと言ったから」
「言うなと言っただろ」
クリスは深く息を吐いた。
「リリアさんは知ってるんですかね?」
「公園ができたことは知ってるだろうけど、あいつの一言だけで親衛隊がここまでやったとは知らないだろうな」
クリスは呆れて答える。
「でも、悪いことをしているわけじゃない」
「はい」
「むしろ、町には良いことをしている」
「はい」
「だから余計に面倒なんだ」
「分かります」
シエラは真面目に頷いた。
「それに、リリアさんが望めば、山でも店でも土地でも何とかしようとするんですよね」
「やめろ」
「石像も建つんですよね」
「やめろ」
「二、三メートルの」
「やめろ」
「しかもあれで控えめ」
「やめろと言ってるだろ」
クリスは立ち止まり、天井を見た。
「今回も、リリアが『作れ』と言ったわけじゃない。あいつは、そういうことを言う奴じゃない」
クリスはもう一度、深く息を吐いた。
「……それにしても、LWSSっていうか、親衛隊って本当に何なんだ」
答える者はいなかった。
シエラは少しだけ手帳を見る。
そこには、今日聞いた言葉が並んでいる。
姫様が望む世界。
姫様が生きやすい世界。
山でも、店でも、土地でも。
加入受付の解禁。
寄進。
町への還元。
二、三メートルの石像。
控えめ。
シエラは手帳を閉じた。
「クリスさん」
「何だ」
「これ、レオン副長に報告しますか?」
クリスはしばらく黙った。
そして、言った。
「公園ができていたことだけ、そのうち報告する」
「それだけですか?」
「それだけだ」
「山でも何でも、という話は」
「言うな」
「石像は」
「言うな」
「寄進は」
「言うな」
「加入受付の解禁は」
クリスは少し黙った。
「……それは、そのうち分かるだろ」
「報告しないんですか」
「今は公園の話だけでいい」
「分かりました」
シエラは少し困ったように頷いた。
「でも、石像が完成したら、さすがに知られるのでは」
「その時はその時だ」
クリスは歩き出した。
シエラも隣を歩く。
廊下の先では、副長府のいつもの騒がしさが聞こえていた。
親衛隊は、たぶんこれからも大きくなる。
町のためになることもする。
リリアのために、よく分からないこともする。
どこへ向かうのかは分からない。
ただ一つだけ、確かなことがある。
クリスは、もうあの組織を普通の団体として見ることができなくなっていた。
そしてシエラは、そのすべてを記録しようとしていた。
それが良いことなのか悪いことなのか。
二人とも、まだ判断できなかった。




